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令嬢騎士は不敵に嗤う  作者: 夏野 零音


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第三話『悪役令息』


「ディオン様――!」


 とっぷりと日もくれた夜半、松明の明かりが灯る戦場でティアーナ公爵令嬢は、魔法で男装しディオンとなり、細身の剣に魔法を乗せ 迫り来る魔獣達を一掃していた。その戦闘力は圧倒的で、後方に控える兵士達には観ている事しか出来ない程だった。こんな戦いが1週間続き、負傷していたロヴィーノ伯爵の戦力も ディオンが連れて来た医師団により回復し、ディオンを疑いの目で見ていた者達は 今やひとりも居らず、皆、ジゼル同様の『英雄』として称えている。

 ディオンとしても、ずっと『深窓の令嬢』として大人しく過ごしていたのに婚約者にアッサリ振られ、その憤りをぶつけるのにこの戦闘は大変、愉しかった。生きるか死ぬかのこの瀬戸際で、実際に多くの人々が命を散らしているのに、不謹慎だとは思いつつも 溢れ出る嗤いを抑える事は難しい。今夜も声高に嗤いながらディオンは剣を振り回していた。

「ディオン!」

 最後の一体を切り捨てるとラファが側へと駆け付けてきた。

「ディオン様!やり過ぎですよッ…それかせめて、笑うのは止めて下さい!せっかく『英雄』と呼ばれ出したのに、これでは『魔王』と言われてしまいます!」

「…僕は、また嗤っていたのか…? 我慢してた筈だが…」

「無自覚ですか?! 本当に『悪役』にピッタリなお人ですねぇ…」

 気まずそうな顔で答えるディオンに、ラファが心底呆れた顔で言う。実際ディオン、ティアーナ公爵令嬢は『悪役令嬢』として生まれているので、ラファの言も間違いでは無い。二人がそんなやり取りをしていると、わあぁ!と後ろから歓声が上がる。兵士達が走って来てディオンを称え始めた。もう今夜は魔獣が出て来る様子は無い、ディオンは兵士達と共に陣地へと戻る事にした。生命線である防波堤まで来ると瞳をキラキラと輝かせた『黒髪の英雄』ジゼルの姿があった。

「ディオン!凄い!凄い!」

 と、はやし立てている。ジゼルの怪我もすっかり癒え、戦闘に加わるのに何の問題もないのだが、ディオンによって決して防波堤を越えてはならない、と命令されていた。今までどんなに怪我をしても戦場に出されていたジゼルは、不思議そうな瞳でディオンを見ていたが、特に嫌は無かった。ジゼルは「命令」に対して「拒否権」を持っていないからかも知れない。それでも真近で神のごとき戦いを連日魅せられては、ジゼルもうずうずしてくる。

「ディオン!俺も、俺も、戦う!」

 キラキラした瞳で真っ直ぐ見つめてくるジゼル。このやり取りも三回目だ。

「ダメだ、ジゼル。言っただろう?ここはもう、僕の独壇場になったと!」

 バッと両手を広げ、悪辣な微笑みを向けるディオン。これに対してジゼルは「うぅーん」と引き下がるしかない。『反抗』を知らないジゼルは、こうして何度もディオンに頼み、ディオンが了承するのを待つしかない。朝から晩まで戦場で過ごして来たジゼルは、戦闘以外でどうやって一日を過ごせば良いのか分からないのだ。今夜もディオンに断られ、ショボンと肩を落とし トボトボ後をついて歩いてくる姿は可哀想にも見える。兵士達はディオンに進言した事もあったが、ことごとく拒否された。そもそもディオンはここへ、ロヴィーノ伯爵の威光を潰しに来たのだ。『黒髪の英雄』であるジゼルが戦場に出ていては、レノックス公爵家の力を知らしめられない。

 なによりショボンとしたジゼルを観るのがディオンは大好きだった。背が高く、ムキムキの筋力、整った顔に黒髪は映え、立っているだけでも「英雄」と呼ばれそうなジゼルが、ショボンと肩を落とし、ディオンの服の裾を摘んで歩いてくる姿は、何物にも変えられぬほど可愛かった。


 そんな日々を送っていたある日、寝ようとテントに入ったディオンにリフが声をかけて来た。

「ディオン様、お疲れのところ 申し訳ありません。折り入ってお話があります。」

 神妙な様子のリフにディオンが片眉を上げる。

「なんだ?言ってみろ。」

「ジゼル様の事なのですが――、このまま戦場に出さないおつもりですか?」

「当面はな、今は押し寄せる魔獣達を切り伏せているが、大元を絶たねば意味があるまい。もっと状況が分かれば本拠地に攻め込む時はジゼルも連れて行くつもりだ。」

「なるほど…では、その間、ジゼル様に文字を教えて差し上げても 構いませんか?」

「…文字、だと? まさか、ジゼルは文字を書けないのか?」

 予想外の事を聞かされ、ディオンの顔から色が消える。

「書けないどころか、読む事も出来ません。それ故、歴史もマナーも、どんな教育もされておりません。」

「…馬鹿なッ…仮にも『伯爵令息』だろう?!」

 驚いて声を荒らげるディオンに、リフが淡々と告げる。

「ジゼル様は戦死を望まれておりました。それ故、いかなる教育も不要――と…」

「…確かに、この戦場に繰り返し出ていればいずれは戦死しただろうな――良いだろう。リフ、ジゼルにあらゆる教育とマナーを身につけさせろ。ロヴィーノ伯爵の鼻っ柱を折ってやる!」

 クククッと悪辣な微笑みを浮かべるディオンに、リフが頬を赤らめて頷く。

「ありがとうございます!ディオン様ッ」

「気にするな、()()は僕の計画にも一役買っているからな。必要な物は何でも言え!レノックス公爵家が全て取り寄せてやろう!」

 ハハハッ!とまるで悪代官のようなやり取りを、側で聞き耳を立てていた者があった。そう、この地の管理を任されていたデバ・フライ子爵だ。ディオンが来て支援して貰えると喜んだのも束の間、あっという間に主導権を奪われ、今や やる事もなく、日がな彷徨うだけの日々を送っている。ロヴィーノ伯爵からジゼルを()()()()と云うのに、未だジゼルは健在で、ディオンのせいで怪我も治るし、艶々の健康体にまでなってしまった。このままでは伯爵の怒りを買ってしまう、かと言ってディオンが幅を利かせているこの地では、出来る事などろくに無い。その上、ディオンはジゼルに教育まで施そうとしている。デバ子爵は頭を抱えた。


 昼間に寝て、夜中に魔獣と戦う日々もすっかり慣れた頃、ディオンに手紙が届いた。

「兄上からか…」

 妹であるティアーナを溺愛し、王家であっても喧嘩を売る程シスコンな兄は、本来なら自分が行くべきだった戦地にディオンが向かった事を酷く心配していた。バッカ強いディオンが怪我をする事を心配しているのでは無く、魔法を使って『大魔法使い』である事が露見してしまうのを恐れていた。ティアーナよりも『聖女』を選んだ王家であるが、ティアーナが『大魔法使い』である事がバレれば、聖女よりもティアーナを選ぶに決まっている。もしそんな事になったら兄であるディアゼルは憤死してしまうかも知れない。その為、手紙にはくれぐれも魔法を使うな、と書かれていたが、既にディオンは幾つかの魔法を使ってしまっていた。ひとつは先頭に立つディオンをすり抜けて魔獣が流れてしまった時、ひとつは愉しくなり過ぎたディオンが無意識で使った時。どれもディオンの側には兵士達が居なかった為、遠くからでは良く見えなかったに違いないが、後からラファにクドクドもお小言を貰った。それでも『黒髪の英雄』も軽度の魔法を使う為、それ程ディオンの動きが不自然に映らなかったのは幸いだ。


 手紙をじっくり読んだディオンは、改めて反省した。鬱憤を晴らせる相手がいるのは、大変に良い事で、ついつい気持ちが高揚してしまう。今まではセーブしてしか魔法の鍛錬が出来なかったし、そもそも ディオンになる事が少なかった。母の遺言に従い、素晴らしい淑女として王妃になる事が目標だったティアーナは、沢山のストレスを抱えていた。それが今や、男子として振る舞い、好きなだけ戦場で剣を振るえる。ディオンは、ティアーナに戻る気が段々 無くなっているのを感じていた。しかし、兄しかり、父しかり、なにより亡き母が、素敵な淑女となり結婚する事をティアーナに望んでいる。この前、王子に振られる前までは、確かにティナーナも()()が自身の目標だった。

「ここから戻ったら――」

 しかし今では『自由』を知ってしまった。今更、ティナーナとして淑女をやれるだろうか?ディオンは愛する兄からの手紙をみつめながら、肩を落とした。そこへ、


「ディオン!ディオン!」

 ジゼルが躊躇いなくテントの入口の布を開け、入ってくる。その瞳はいつだってキラキラと輝いている。

「なんだ、ジゼル。勝手に入るなと言ってるだろう。」

 無駄だと思いつつジゼルを叱る。ジゼルの教育はまだ始まったばかりだ。

「みて!これ!」

 バッとジゼルが羊紙に書かれた文字を見せてくる。えらくくねった文字だが、ディオンと書いてあるのが分かる。

「…ふ、ディオン、だな。僕の名前だ。」

「んだ!ディオンて、俺が書いた!」

 褒めてくれと言わんばかりにキラキラの笑顔を向けてくる。幻覚か シッポが激しく振られている様子まで見える。

「偉いぞ!ジゼル。一番に僕の名前を選ぶなんて、お前は見所があるな!」

 なんて可愛いんだ、と思いながらジゼルの頭をワシャワシャと撫で回すディオン。キャッキャと喜ぶジゼル。


 辺境の地、死地の街と呼ばれるこの地で、今日も平和な一日が始まりそうだ――――。

 

 

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