第2話『黒髪の英雄』
ギルティナ王国に魔法使いはほとんど居ない。
しかし ギルティナ王国は元々、魔法使いの国だった。だが 彼らは強大な力を持つが故に、他人と協力する事を良しとせず、自身の魔術を高める事のみを至高とした。子を成す事も疎かにした為、その数は年々少なくなり、やがて国は移民によって統治されるようになった。魔法使い マギアの力を恐れた時の王は『魔法使い狩り』を行い、特に強大な力を持つ『大魔法使い』を魔法具で拘束し、地下牢へと幽閉する事に成功した。この地を離れた魔法使いも多く居たが、殆どは王家によって滅ぼされた。
それが千年前の創火の戦いだ。
その後、マギアは迫害の対象となり、見つかれば殺された。そうして旧社会の支配者であるマギアが居なくなると、王国は魔獣の侵略に怯えるようになる。マギアが居なくなったギルティア王国は近隣諸国との戦争に負け、その領土を減らして行く中、死海から突如として魔獣が現れ襲われるようになった。人々はマギアの呪いだとして震え上がった。そして今では魔法使いの再来を望んでいる。勝手な話だ。
マギア達が去った後も、魔法使いの子が産まれる事は何度もあった。しかし多くの者は命を守る為にその身を隠し、口を噤んだ。そうして長い長い時間が過ぎ、情勢が変わった事で、ようやく”魔法使い”は聖なる者として受け入れられるようになったのだ。ティアーナも、生まれが公爵家で無ければ、エリシアのように『聖女』として脚光を浴びていたかも知れない。
「着いたか」
ティアーナの男装姿、ディオンが馬に乗ったまま目線を前に向けた。王都から一週間、夜営を繰り返しながら魔獣と交戦している辺境伯の地へとたどり着いた。華やかな城下町を出発し、街や村、のどかな景色が過ぎ去り、いつの間にか北風が吹き付ける寂しい場所に変わっていた。木々は枯れ、路こそ馬車が通れるように舗装してあるが、辺りには民家も見当たらない。そこからまたしばらく馬を走らせると、ようやくテントが幾つも張られている場所に到着した。ここが王家の剣と呼ばれるロヴィーノ伯爵家の拠点なのだろう。
「これはこれは、ようこそおいで下さいました。」
ディオン達一行を認めた兵士たちが、奥から貴族然とした男を呼び出し共に眼前に現れ、挨拶をして来た。こちらが何であるか分かっているのだろう。と言うことは、このデップリと太った男はここの管理者、つまりロヴィーノ伯爵家の者だろうか?黒髪でも無いし とても前線で武功を立てているようにも見えない。
「私はディオン、ディオン・レノックスだ。お前が責任者か?」
馬の上から見下ろしてそう問いかけると、デップリ男は少し考えるような顔をしながら言った。
「ええ…、私はここを管理しております デバ・フライ。ロヴィーノ伯爵の親戚になります。…ところで、ディオン様?…レノックス公爵家からは ディアゼル・レノックス様がいらっしゃると報告を受けて居ますが…」
そうだろう。本来ならばディアゼルが来る事になっていた。
「少し事情があってな。なんだ?私では不満だとでも?」
「いえいえ、決してそんな事は…、しかしレノックス公爵家に二人の息子がいらっしゃるとは存じませんでしたので…息子さんで良いのですよね?」
慌てて答えるも、高圧的な僕が公爵家の人間では無く、ただの騎士の可能性を感じ、下手に出るのを止めようとしている。貴族と言うものは階級に酷く拘る。
「ああ、そうだ。私はディアゼル兄上の弟!ディオン・レノックスだ!」
声を張って応えてやると、ヒャッ と言ってデップリ男は深々と頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました!公爵様の支援を受けられる事を神に感謝致します!」
「うむ。連れて来た騎士達を休ませたい。私達が駐屯する場所への案内と、これまでの戦況を詳しく知りたい。」
そう聞くと、直ぐに空いている場所へ案内され、騎士達はテントを貼り始めた。大きなテントの中で椅子に腰掛け 一息ついているとラファがやって来た。
「ディオン達、連れて来た医師達に ここの負傷兵達の治療を開始させて構いませんか?」
「ああ、『圧倒的支援』の開始だ。出し惜しまずいくらでも使え!必要な物があれば言え、父上に手紙を書く。レノックス公爵家の名にひれ伏すだろう。」
承知しました、とラファが引っ込む。それと入れ違いに汚れた兵士が報告を持って来た。
「入室失礼します。私は補佐官をしておりますリフと申します。戦況をご説明させて頂きます。」
「ああ。お前はロヴィーノ伯爵騎士団の者か?」
椅子に座って足を組むディオンが、片膝をついた補佐官と名乗った男に問いかける。
「…大まかに言えば、そうなると思います。私からの報告では納得されませんか?」
特に落胆した様子も無く、淡々とリフが聞く。
「いや、構わん。僕は正確な戦況が知りたいんだ。まあ、お前達が 僕を年端もいかぬ若輩者として甘く見ているのなら、代価を支払って貰う事になるがな。」
綺麗な顔に、良く馴染んだ邪悪な微笑みをのせるディオン。貴族以外とは話したくないと言う者も多い、下がれと言われるのかと思っていたリフは、少し驚いて顔を上げた。
「レノックス公爵様、そう言った意図はございません。…正直に申し上げますと、今 この地を支配しているロヴィーノ伯爵勢力は二分しておりまして」
「ほう?」
「元々、この地を治めていた領主は既に戦死しております。長らく魔獣と相対しておりましたが、その甲斐虚しく、湧き出る魔獣を殲滅する事は出来ませんでした。そして、ロヴィーノ伯爵騎士団が派遣されましたが、その多くも死傷者が絶えず、今、前線に出るのは剣に覚えのある平民です。貴族籍の者もおりますが、後方支援や物資の調達が主な仕事となっております。」
「ふぅん。あのデップリ男がその代表か。だが、黒髪の英雄が居るんじゃ無かったか?彼は次期ロヴィーノ伯爵になるんだろう?」
「ええ、その方は『ジゼル・ロヴィーノ』様です。素晴らしい身体能力に、彼は軽度の魔法も使う事が出来ます。しかし、無敵という訳では無く、連日の戦いで疲弊し大怪我を負って尚、戦い続けています。次期当主は……どうでしょう。ご当主はジゼル様のご帰還を望んでは居られないかも知れません。」
リフが貴族では無いからか、それともずっと燻っていたのか、普通なら漏らさぬような話をしだした。
「それはどう言う事だ?まあ、魔獣が殲滅出来ねば帰るのは難しいかもしれんが…」
「ジゼル様は五歳の頃からコチラで過ごして居られます。勿論、当主教育も受けておられません。」
リフの澄んだ瞳がディオンを真っ直ぐ射抜く。
「…ジゼルとやらは、嫡男では無いのだな。養子か、または腹違いか、どちらにせよ、ここで戦死するのを望まれたのだろう。だが予想外に強く、名を轟かす英雄となってしまったのか…」
「ジゼル様は前線に出る事をデバ・フライ子爵に強要されています。そのせいで中々 怪我が治りません。彼が倒れれば、私共もタダでは済まないと言うのに…」
グッとリフの眉間にシワがよる。ここを支配しているのは、あのデップリ男に違いない。大人しくしていれば良いが、歯向かうようなら始末するかとディオンが片眉を上げる。
「後で案内して貰うが、ジゼルはしばらく休ませるつもりだ。その間に怪我も癒えるだろう。医者も薬も、充分に持って来たからな。」
ディオンの言葉にリフの顔が明るくなる。ジゼルに心酔してるようだ。
「では、戦況ですが…。日中は殆ど襲ってきません。向こうも狩られ過ぎて慎重になっているようです。火を焚き、交代で見張りと戦闘を行っていますが、何分 夜目が効きにくく夜半の戦闘は不利で、多くの負傷兵が出ます。どうにかここを死守しているだけで、殲滅には程遠い状況です。四足歩行の獣が殆どですが、中には二足歩行の角のある人型の獣も居ます。どの個体に対してもそうですが、身体が非常に強く、首を落とさなければ動きは止まりません。」
「ほお、前は日中にも出ていたのか。なら太陽光が苦手と言う事では無く、勝率が高い夜に集中してるのか。なら、奴らは夜目が効くのだろう。無能では無く、考えて戦争をしている――向こうに大将となるモノは居るのか?」
「彼らは言葉を話しませんから確実では無いのですが、奥には魔王が居て、指示を出しているのではないか、と言う噂もあります。」
「魔王…ね。ふうん、他には何かあるか?」
ディオンは鼻を鳴らした。そこへ、ガサガサと足音をたてデップリ男がまた現れた。
「レノックス公爵様!医者と食糧をありがとうございます!助かります。何かご用は御座いませんか?」
ニコニコと声を張り上げるが、リフがそこにいた事に気付き、首を傾げる。
「お前はどうしてここにいるんだ?ここは尊いお方が居られる場所だぞ!」
「…公爵様に戦況をご報告しておりました。」
ぺこりと頭を下げるリフ。
「戦況だと?公爵様にそんな報告をしてどうする!公爵様、ご気分を害したら申し訳ありません!」
「何故、謝る?僕は言ったはずだぞ、戦況を聞かせろと。」
そこでデップリ男がハッとする。そう言えば、馬の上から高圧的に色々言っていたではないか。ディオンの目が眇められる。
「あ…、いえ、公爵様はご支援をしてくださるだけかと…ここは危険な場所ですから…」
「そうだ、ここは危険な場所だ。だから僕が来たんだろう?」
しどろもどろなデップリ男ににじり寄るディオン。
「と、言うと…?まさか、戦闘に加わるおつもりですか?危険ですよ!ここには黒髪が居るんですから、アレに任せればそれで良いんです!」
「黒髪だと?」
「ええ、他所では英雄とか何とか言われておりますが、半分魔獣の血が流れているような者です。あの者は魔力を使うのですよ!戦闘は全てアレに任せておけば良いのです。」
熱弁するデップリ男に、眉間にシワがよるリフ。
「ほほーう、魔力ね…。だが彼はロヴィーノ伯爵家の者だろう?そんな扱いをして大丈夫なのか?」
「コレは、ご当主直々の命令なんですよ!」
薄気味悪い微笑みを浮かべるデップリ男。ディオンの目の端でリフが拳を握るのが見えた。
「それはいい事を聞いた。」
ディオンの言葉に、デップリ男はホッとしたように胸を撫で下ろす。リフがチラリとディオンを見る。
「おい、デップリ男!しばらく黒髪は戦場には出さん。この僕が出る。」
「は、はあぁぁぁぁ?! ほ、本気ですかッ?! 相手は四足のケダモノですよ!危険です!そ、それにコレはご当主様の……!」
「だから、だ!僕はロヴィーノ伯爵家の威光を壊しに来たのだからなっ!これより先は僕に従えッ、出来ぬのならここから立ち去れ!」
バッ!と椅子から立ち上がり大声で宣言する。二人とも唖然としたが、リフは直ぐに我に返り、頭を下げた。
「こ、こんな…こんな事……!」
ワナワナと震えていたが、公爵家の者に抗議も出来ず デップリ男は慌ててテントの外へと逃げ出した。その姿を見ながらリフが言った。
「ジゼル様の所へお連れ致します。」
◇◇◇◇◇
王侯貴族達は金髪や銀髪も見られるが、この国では茶髪の者が多く、その中で黒髪は珍しい。居ない事は無いが差別を恐れて髪の色を抜く事もある。何故なら黒髪はかつてこの地を支配していた魔法使いマギアの特徴のひとつだからだ。恐らくジゼルも黒髪で生まれたことから不吉とされ、直ぐに辺境へ送られたのだろう。そして死ぬ事を望まれた。
だが、黒髪はひとつの特徴であり、マギアの全てでは無い。何故なら、ディオンは素晴らしい銀髪だが、強大な魔力を持つ大魔法使いなのだから。
ジゼルのテントは拠点の一番前、前は戦場と言う場所にあった。いつでも飛び出していける距離だ。軽く辺りを見回すと、幾度も板を継ぎたされた塀がずっと向こうまで広がっている。これが防波堤であり、死と生を隔てる境界線なのだろう。砂埃が飛び、至る所に血が飛び散っている。
「公爵様」
キョロキョロと見回しているとリフから声をかけられた。テントの入り口を押さえている。ディオンは頷いて、中へと入った。
「…んだ、おめ…」
横になっていた黒髪が起き上がった。逞しい筋肉に幾つも包帯が巻かれ、血が滲んでいる。切り傷擦り傷も多い。上着は着て居らず、下は麻の軽いスボンだ。それも薄汚れ、ここが戦場だとしても、とても伯爵家のなりでは無い。繰り返し繰り返し、戦闘に放り込まれているのが良く分かった。ディオンのテントと違い、寝床はゴザだけで その上で寝起きしているようだ。他には戦闘で使うだろう大剣が、明り取りのランプを置く木箱に、無造作に立てかけられている。
「ジゼル様、こちらは支援に来てくださったレノックス公爵様です。公爵様、こちらがジゼル様です。」
リフが互いを紹介してくれる。ジゼルは頭まで包帯でぐるぐる巻きだったが、汚れた顔とは裏腹に瞳は澄んでいた。
「君がジゼルか、フン、体は一端のようだな。まあ、コレからは僕が出るから君の出番は無いよ。」
腕を組んで見下ろすディオンに、ジゼルがキョトンとする。
「…俺、出番ねぇ?」
「そうだよ、そこで指を咥えて見てな。」
ハンッと意地悪く言うディオンに、キョトンとしたジゼルは素直に指を咥えた。
「!」
指を咥えたまま、ディオンを見上げる。
(オイオイ…可愛いカヨ……)
てっきり反抗してくると思ったのに、これはどうした事か。困ってリフを見るディオン。
「…ジゼル様は乳母と二人きりで育ち…大変に純粋なお方なんです。」
言いにくそうにリフが言う。その間にもジゼルはジロジロとディオンを遠慮なく観察している。
「純粋、ね…」
なら訛りも乳母譲りなのだろうか。これならあのデップリ男に良いように使われていても不思議では無い。
「…傷、痛くないか?」
ディオンはジゼルの前に座り、肩辺りを指さした。報告によれば、そこを怪我してからロヴィーノ伯爵騎士団は威勢を失った。どう見ても、ジゼルがひとりで多くの敵を引き受けていたに違いない。ジゼルの体は傷だらけだった。
「…いだく、ねぇ」
ギュッと目を細めてジゼルが言う。誰かに何か言われて居るのかもしれない。デップリ男とかに、「痛いとか言うな」とか…。
「そうか、なら良いが。僕の前で嘘をつくと酷い目にあうぞ。」
邪悪な微笑みを向けると、ジゼルは困ったようにウロウロと視線を彷徨わせ、ポツリと言った。
「…肩、いでぇ…」
「最初からそう言えば良いんだよ。リフ、食糧を持って来てくれるか、外にいる奴に言えばラファが手配してくれるはずだ。」
承知しました、と言ってリフがテントの外へ消える。気配が消えたところで、ディオンはジゼルの肩にソッと触れる。
「素直に言ったご褒美だ。だが、この事は誰にも内緒だぞ。」
短い詠唱の後、ディオンの手が光り、ジゼルの肩を柔らかく包む。するとジゼルの傷は塞がったようだ。痛みが消えた事に驚いてジゼルがディオンを食い入るように見る。
「…治癒魔法はあんまり得意じゃないんだ。攻撃魔法なら誰にも負けないんだがな。」
ウィンクするディオンに、ジゼルがたどたどしくお礼を言う。
「あ…あの、ありあと…」
ディオンより遥かに大きな体で、ムキムキの男が頬を紅くしてか細い声で礼を言う。ディオンは撃ち抜かれたような痛みが心臓を貫いたのを感じた。
(だから…! 可愛いカヨ……!!!)




