【9】全てを知る者は、すでに決まっている
イーサンがS.A.G.E.の自分のオフィスがあるフロアに戻ると、エレベーターを降りた所でカリスタと鉢合わせた。
カリスタは美しい微笑みを浮かべて言う。
「丁度良かったわ。
チーフに見せたい物があるの」
そして、イーサンを上から下まで眺めると、悪戯っぽく笑った。
「あら、スーツどうかした?
今朝着ていたのに似てるけど、違う物ね」
「昼に一度自宅へ戻ったのでね。
ジニーの昼メシが美味すぎて零した」
イーサンはポーカーフェイスのまま答える。
カリスタはパッと笑顔になった。
「ジニー!暫く会ってないわ。
彼は元気?」
「ああ。
それで、見せたい物とは…君と鑑識がモーテルで見つけた物か?」
「そうよ。分析が終わったの。
分析室に行きましょ」
二人は並んで歩き出した。
分析室では、ヴィヴィアンが顕微鏡を覗いていた。
「ヴィヴィアン、何を見つけた?」
イーサンの声に、ヴィヴィアンが顕微鏡から顔を上げ、証拠袋を掴んで渡す。
「あの白い羽みたいな物を見つけた場所を、カリスタとバレス達が徹底的に調べてくれたの。
そしたら僅かだけど、毛糸のような物を発見したのよ」
イーサンが証拠袋の中を覗き込む。
「確かに毛糸のようだな。
赤と緑と白か?」
「そう!
顕微鏡を覗いてみて」
イーサンが顕微鏡を覗き込む。
「間違いない、赤と緑と白だ。
素材は?」
「100%ウールよ」
イーサンは顕微鏡から顔を上げる。
「100%ウールか…。
このセレニス・ベイで、それにしては変わった配色だな」
カリスタがテーブルの反対側から話し出す。
「私達もそう思ったの。
それでサンドラが倒れた場所ももう一度調べたけど、そこには何も無かった。
きっと風で飛ばされたのね。
この毛糸は生け垣に引っ掛かっていたの。ラッキーだったわ。
それに配色が変わっているだけじゃなく、断面がスパッと切られていた。
まるでハサミで切ったみたいに」
イーサンは再び顕微鏡を覗き、頷く。
「確かに。やはり洋服ではなさそうだ」
「それで私、思い出したの!」
カリスタがニッコリと笑う。
「高校時代の友人が、大学で獣医医学部に進んだのね。
ある日、久々に会って近況を話したら、彼女が研究室に入ったって言うの。
それで“新人ドクターの卵は何するの?”って訊いたら、笑いながら研究室に誘ってくれた。
勿論、私は行ったわ。
そしたら男女四人がテーブルに座って、真剣に毛糸を切っていたの」
イーサンが「…毛糸?吹き矢か?」と問うと、カリスタが頷いた。
「そうなの!
私、思わず笑っちゃった。
ドクターと毛糸に何の関係があるの?って思って。
そしたら彼女が教えてくれたの。
これは吹き矢の麻酔の端に着ける物なんだって。
フサフサを着けて方向を定めるらしいの。
でも、彼女も笑ってたわ。“そんな物なくても、吹き矢の距離なら関係ないでしょ”って。
それに、ウールよりポリエステルの方が安いし、濡れてもすぐ乾くのに…って。
でも教授の拘りだから仕方ないって」
ヴィヴィアンもクスクスと笑い出だす。
「教授は動物の生態調査で、数年間アフリカ奥地に滞在してたんですって。
そこで宿を取った部族が手製の吹き矢の麻酔を使っていて、ポリエステルなんて無いからウールの房を使っていた。
それが百発百中だったから、教授は感動して帰国後も同じ作りにしたそうよ」
カリスタがファイルを差し出す。
「それで調べたら、三年前にセレニス州立大学で吹き矢と麻酔薬が全て盗まれて、盗難届が出ていたの」
「三年前…クラブのオーナーが代わった頃だな。
偶然にしては出来すぎている。
捜査状況は?」
イーサンは素早くファイルを開く。
「保管庫のカードキーと暗証番号、二重の鍵を突破し侵入。
犯人の痕跡は一切なし…。
コンピューターに強く、痕跡を残さない――今回の犯人像に当てはまるな。
それに吹き矢なら、吊られていた大男も簡単に倒せる。近付く必要がない」
ヴィヴィアンが別のファイルを差し出す。
「シンクレアに被害者を再調査してもらったら、吹き矢の痕跡があったわ。
ただ首を狙ったのに頭に刺さったり、髪に隠れた場合もあった。
運良く首に刺さった場合は、その上から点滴の針を打たれていた。
自然治癒していた痕跡もあって、所見で見逃したみたい」
「そうだな。シンクレアのミスじゃない。
それに麻酔成分は体内でとっくに分解されてるだろう。
盗まれた物と照合は無理だ。
だが、もっと大きな疑問がある」
「何?」
二人が同時にイーサンを見る。
「若い女性ばかり狙って血を抜いていた犯人が、なぜ大男の血を抜いたのか。
そして、監禁していた彼の血をなぜ抜かなかったのか。
暴行目的だけだとしても、あれだけ執着していたのに。
健康を損なわない程度なら血を抜いても良かったはずだ」
カリスタが頷く。
「そうね…。
方向転換はあり得ない。
それに、彼には傷一つ無かった。なぜかしら?」
ヴィヴィアンも言葉を継ぐ。
「しかも被害者が逃げたせいで、犯人は彼を置き去りにして逃げざるを得なかった。
でも生きていることは知ってる。
取り返しに来る可能性は高い」
イーサンの声が低く落ちる。
「だが――全てを知る者はもう決まっている」
イーサンのアイスブルーの瞳が鋭く光った。
「あの大男だ」
その言葉が落ちた瞬間、分析室全体の空気が一気に凍りついた。
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