【8】弁護士を試す金と、断罪の眼差し
テイラーは額に手を当て、ひと撫でした。
そして諦めたように口を開く。
「…ええ、捜査官の仰る通りです。
実は今朝、銀行が開いてすぐ、私の口座がある支店の支店長から電話があったんです。
多額の送金があり、無事に口座に振り込まれたと。
支店長の声は震えていました。
しかも、その口座は家族用の口座なんです。
支店長もそれを分かっていたから、わざわざ電話をくれたのだと思います」
「振込額は?」
「100万ドル」
トリップが「100万ドル!?誰からですか?」と声を上げる。
「…クラブ・ジョーのオーナーからです。
私は頭が真っ白になりました。
なぜなら振り込まれたのが家族用の口座だったからです。
あのオーナーが、私の家族用口座番号を知っているはずがない。
それよりも、犯罪の容疑者から振り込まれた金は1セントたりとも下ろせません。
もし使ってしまえば、私も家族も犯罪に巻き込まれてしまう。
これは、警察に協力するなというオーナーからの脅しだと考えました」
「だが、テイラーさんは脅しに屈しなかった」
イーサンの低く凄みのある声。
そして、ゆるやかな微笑み。
「あなたは正しい選択をした。
そして、一流の弁護士として、この事態を乗り切る術を知っている」
「クロフォード捜査官…」
フィリップが深く頷く。
「ではオーナーの書類を見せて下さい。
全てを」
イーサンがミーティングルームにいると、コンコンとノックの音がした。
顔を上げるとベックが立っている。
「ちょっといいか?」
「ああ、勿論」
ベックが、どかっとデスクを挟んでイーサンの前に座る。
「オーナーの契約書を見たか?」
「今も見ている」
「不審な点は?」
「無い」
イーサンが契約書のファイルをベックに向ける。
「うちの法務コンサルの弁護士にも見てもらったが、普通の契約書以外の何物でもないそうだ。
俺もそう思う。
収穫があるとすれば、オーナーの名前と住所が割れた。
スティーブン・マーシーだ。
見つけて出して欲しい。
会計士のティモシー・ローランも」
「分かった。任せろ。
こっちはスザンヌの宿泊先で、ヴィヴィアンと鑑識が変わった物を見つけた。
まだ詳細は分からんが」
「ヴィヴィアンから報告はあった。
まだ分析中だ。
カリスタとバレスとマドックスは、テイラーの事務所で鑑識作業中だ」
そう言ってイーサンは立ち上がり、ラックのジャケットを羽織った。
「どこかに行くのか?」と、ベックも立ち上がる。
「昼メシだ」
ベックがニヤッと笑う。
「ノアによろしく」
イーサンは小さく笑みを浮かべ、無言でオフィスを出て行った。
イーサンが玄関の鍵を開けると、ドタドタと走ってくる足音。
「イーサン!
お帰り!」
「やあ、ジニー。
良い匂いだな」
「ノアの好物を色々聞き出したんだ!
それで昼ごはんは、ホットドッグのチーズとチリビーンズ掛けにした!
そのソースを煮込んでたから。
なあイーサン、ノアは凄いんだ!」
「何が?」
イーサンがリビングへ歩きながら尋ねる。
「僕が階段の手摺りをダスターで拭いてたら、ノアが『こうすれば?』って言って、ダスターに座って滑り台みたいに一気に滑り下りたんだ!
それも三回も!」
イーサンがフフッと笑う。
「そりゃあ良い。
だが危険だ。ジニーは真似するなよ」
「うん!僕は手で拭くよ!
ノアにも危ないよって言ったんだけど…」
「ジニーは悪くない。気にするな。
それでノアはどこだ?」
「二階の寝室にいる。
もうすぐ薬の時間だって言って、急に元気が無くなっちゃったんだ」
「…そうか。
じゃあ俺はノアに薬を飲ませてくるから、ジニーはノアの昼食を準備してやってくれ。
ただノアは1時間は安静にしなくてはならない。
食べるのは1時間後だ」
「分かってる!
昨日のメールで読んだから!
イーサンは食べて行く?」
「時間があれば」
「了解!」
イーサンはジニーの肩を軽く叩き、「ありがとう」と言って二階へ向かった。
ドアをノックすると、「開いてる」というくぐもった声。
「俺だ。調子はどうだ?」
イーサンが部屋に入ると、ノアは頭からすっぽりブランケットを被っていた。
「それで隠れているつもりか?」
イーサンがゆっくりとブランケットをめくる。
ノアは背を向け、横向きに丸まっていた。
「…ノア」
静かに呼びかける。
「どうした?
午前中は元気だったみたいじゃないか」
「…う、うん…」
伏せた長い睫毛から、ぽろりと涙が落ちる。
そんなに苦しかったのか、とイーサンは思う。
――恐怖と苦痛に苛まれ、あの部屋に何日も繋がれていたのだから。
「ノア、もう終わったんだ。
俺が必ずノアを守る」
「…イーサン…!」
ノアがくるりと振り返り、イーサンの腕に縋りつく。
その肩を、イーサンは静かに抱き止めた。
やがてノアの体から力が抜け、イーサンはそっと頭を枕に乗せる。
「守るべき証人が安らげるなら、それで十分だ」
その低い声に、ノアは安心しきったように瞼を閉じた。
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