【33】最強捜査官、狂気の正義を暴く
イーサンは眠るノアをジニーに託し、主治医にノアの状況を詳しく説明した。
医師はすぐに診察できる準備を整えると約束し、イーサンは安心して署へ戻ることができた。
セレニス・ベイ署に戻ると、バレスが勢いよく駆け寄ってくる。
「チーフ! もう戻られたんですか? 早かったですね!」
「用は済んだ。状況は?」
バレスは手にしたファイルを開きながら答えた。
「はい。あの麻酔薬ですが、セレニス・ベイで取り扱っている病院は二件だけです。
購入できる医師も、それぞれの病院の二人に限られています。
ですが盗難の報告は一切ありません。
在庫もデータと実物を照合し、間違いなく揃っていました。
セレニス州全土まで範囲を広げて調べましたが、盗難届は出ておらず、実際に盗難された事実もありません。
つまり、あの麻酔薬は州外から持ち込まれたものです。
それと──」
「それと?」
「はい。あの麻酔薬は確かに強力な全身麻酔薬ですが、型が古いんです。
名前は同じでも、ロットナンバーから約五年前に型落ちした製品だと判明しました。
セレニス・ベイで使用許可を持つ医師によると、メーカーが最新型を発売した際に交換したとのことです。
精度を考えると、五年前の型落ちを今さら使う麻酔医はいないだろう、と断言していました。
つまり──『リオ・ゴードン』一味は、古い型とはいえ強力な麻酔薬を大量に溜め込んでいる可能性が高い、ということです」
イーサンは静かに頷いた。
「今回の拷問で、それが証明された。
やつらは実力不足を補うために、武器になるものは何でも集める主義らしい」
その時、カリスタが駆け寄ってきた。
「チーフ!」
「どうした?」
「たった今、スティーブン・マーシーが死亡したわ。
一度も昏睡から目覚めなかったそうよ。
遺体はS.A.G.E.の検視局に運ばれ、シンクレアが検死を行うわ」
「分かった。カリスタ、お前も検死に立ち会え」
「了解!」
カリスタは踵を返し、足早に去っていく。
イーサンはバレスに向き直る。
「バレス、お前はヴィヴィアンと交代しろ。
ヴィヴィアンにはティモシーのDNA検査に専念してもらう必要がある」
「了解です! すぐにヴィヴィアンに伝えて交代します!」
「ああ、そうしてくれ」
「はい!」
バレスがエレベーターへ向かう。
ちょうどその時、扉が開き、ベックが一枚の紙を手に降りてきた。
「イーサン! 大変だ!
『リオ・ゴードン』一味が犯行声明と犯罪予告を出した!」
振り返ったバレスの目が見開かれる。
イーサンが頷いて合図すると、バレスはそのままエレベーターに乗り込んだ。
ベックは気に留めることなく声を荒げる。
「これをセレニス中のマスコミに送り付けやがった!
ヤツらはマヌケだが、本物の気狂いだ!
そのうえ──テロリストだ!」
ベックが差し出す紙を、イーサンは冷ややかな瞳で受け取った。
『マスコミ各位
セレニスの皆さんに真実を伝えたく、ここに声明する。
本日、ホテル・ハバズで発見された死体は、クラブ・ジョーの実際のオーナーのスティーブン・マーシーと会計士のティモシー・ローランだ。
この二人組は若く未来のある女性を何百人と殺してきた。
セレニス・ベイ署より先にこの二人組を見つけ出した我々は、正義の鉄槌を下した。
この二人組は裁判にかけられる事が無いと分かっていたからだ。
警察にも捕まらない、ましてや起訴も出来ない犯罪者に、誰かが正義を貫かねばならない事を我々は知っている。
そしてセレニス・ベイ署は重要証人という名のもとに、我々の血を分けた兄弟を警察の権力を使い、私的な理由から匿っている。
兄弟は今はただの民間人だ。
兄弟を返さなければ、我々はまた正義を果たすしか無い。
セレニス州の全ての法執行機関に告ぐ。
セレニス・ベイ署で匿う兄弟を解放せよ。
明日の正午に兄弟の解放を、S.A.G.E.特務解析庁、特務科学捜査官、主任捜査分析官イーサン・クロフォードが記者会見で宣言しろ。
そして兄弟の引渡し方法の連絡を待て。
拒否するならば、ホテル・ハバズ以上の死体を目にするだろう。
そしてそれは目に見える犯罪者だけとは限らない。
人間には必ず人に言えない悪い秘密がある。
子供にも老人にも母親にも父親にも病人にも学生にも教師にも車のセールスマンにも警察官にも裁判長にも軍人にも。
我々は何処にでもいる。
悪い秘密の有る者は
滴に気をつけろ。
風に気をつけろ。
灰に気をつけろ。
銃やナイフなどは遊びに過ぎない。
我々は兄弟を奪還するまで正義の鉄槌を下し続けるだろう。
RIの息子より』
レイアウトルームに映し出された犯行声明文を前に、空気は凍りついたままだった。
イーサンが静かに口を開く。
「どう思う?」
カリスタは瞬きもせず画面を凝視し、落ち着いた声で分析を始めた。
「これは周到に計算された犯行声明であり、同時に犯行予告よ。
まず、ホテル・ハバズの事件はまだ正式発表されていないのに、その詳細が書かれている。
これだけでマスコミは飛びつく。
しかも氏名まで記載されているとなれば、ニュースで報じない理由は無いわ。
それに『重要証人』──つまりノアを必ず取り戻すという執念を示している。
『滴』──これは液体の毒物を意味している可能性が高い。
『風』──恐らくは毒ガスね。
ノアの検査の際に撒かれたガスは、ただの脅しだった。
次は本気だと暗に告げている。
そして最後の『灰』。
『死の灰』を連想させる言葉。
放射能を示唆していると考える科学者は多いでしょう。
もし一般市民、特に学校やSNSで化学に詳しい者が口にしたら……
セレニス州に原子力発電所がある以上、大パニックは避けられないわ」
イーサンが低く唸るように頷いた。
カリスタは今度は彼に視線を向ける。
「そして署名。『RIの息子』。
──これは『サムの息子』をもじっている。
1976年から77年にかけて、6人を殺害し6人に重傷を負わせた連続殺人犯、デイビッド・バーコウィッツの異名よ。
つまり『自分はリオ・ゴードンだ』と暗示していると考えるのが自然ね。
けれど……この声明と予告には重大な間違いがあるわ」
イーサンが薄く笑みを浮かべ、頷いた。
「矛盾、だろ?」
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