【31】レベル3防御体制――最強捜査官、動く
数時間後、セレニス・ベイ署のレイアウトルーム。
壁には新たに貼られた証拠写真がずらりと並び、緊張した空気が漂っていた。
口火を切ったのはバレスだった。
「ペントハウスは二日前の午前中に、一ヶ月分を現金で前払いされていました。
契約を交わしたのは『ジョン・ラウラー』と名乗る三十代半ばから後半の男性で、白人・身長百九十センチ前後、引き締まった体型にダークスーツ姿という以外、詳細は不明です」
バレスは視線をファイルに落とし、続けた。
「部屋は今もチェックアウトされていません。
そして現場からは『リオ・ゴードン』、アーチボルト・サーストン、ロクシー・フーバー、通称“柄物スーツの男”の指紋や毛髪が検出されました。
四名すべて、モーテル・シップスに残されていた指紋・DNAと一致しています」
一呼吸おいて――。
「さらに、新たに男性一人の指紋とDNAが見つかりましたが、データベースには該当がありません。
つまり、彼らの背後に“パトロン”がいた可能性が高いと考えられます」
イーサンの瞳が冷たく光る。
「やっと核心に近づいたな。――死体の身元は?」
「はい。
首を切断されていたのはクラブ・ジョーの会計士ティモシー・ローラン。
そして点滴を受けていたのはオーナーのスティーブン・マーシーだと判明しました」
「……そうか」
イーサンは短く答え、次を促した。
カリスタが前に出る。
「ソファからは軍用品の繊維が検出されたわ。
薄いグリーンで血痕付き。
DNAは女性と判明したけど、人間の配列とは微妙に違っていて――以前、アーチボルトの車から見つかった“限りなく人間に近い異常DNA”と一致しているの」
彼女は少し首を傾げる。
「それに、ソファには大型ライフルの形跡がくっきり残っていたの。
高性能ライフルなのに、袋の底に無造作に押し込まれていたらしい。
暴発の危険を考えれば、常識ではありえない扱い方よ」
イーサンが冷ややかに口角を上げた。
「常識の通じない連中だ。想像を超えている」
そこでマドックスが口を開く。
「ホテルの防犯カメラも確認した。
だけど二日前の午前0時から昨日の午前0時まで、丸二日分が丸ごと消されてた。
受付の小型カメラまで全部だ」
「外部からのハッキングだな」
イーサンの声は冷たく鋭い。
「ああ、間違いないね」とマドックスが即答する。
続いてヴィヴィアンが報告に加わった。
「私はDNA鑑定のあと、ふと思ったの。
五つ星ホテルに泊まったなら、どんな車で来たのかしらって。
アーチボルトのオンボロ車は押収済み、キャデラックは解体済み。
残る古びた車では怪しまれるはず。
そこで駐車係に聞いてみたら――」
彼女は目を見開く。
「『リオ・ゴードン』一味はポルシェで来ていたそうよ!
しかも三十五万ドル以上するモデル!
ツギハギの車やクラシックカーに乗っていた連中が、今度は高級ポルシェ……一体何者なの!?」
イーサンはフッと鼻で笑った。
「驚くな。
あの連中は最初から常軌を逸している。
……その情報はベックに伝えて、車種を緊急手配させただろうな?」
「ええ、もちろん!」
ヴィヴィアンが力強く頷く。
「よくやった」
イーサンが短く称え、手にした検死ファイルを開いたその時――。
テーブルに置かれた無線電話が、けたたましく鳴り響く。
室内の緊張はさらに高まった。
イーサンは素早く無線電話を掴んだ。
『イーサン!僕だよ!』
「ジニー、何があった!?」
レイアウトルームの全員の視線が、一斉にイーサンへと集まる。
『イーサンの言う通り、レベル3の防御体制を取った!
だから窓もドアも全部、内側から鉄板で覆われてる!
でもさっきから何か撃ち込まれてるんだ!』
「撃ち込まれてる?銃じゃないのか!?」
『違う!
前にイーサンに銃の音を聞かせてもらっただろ?
今の音は九ミリでも二十二口径でも四十五口径でも、ライフルやマシンガンでもない!
僕は一度聞いた音は絶対忘れない!
もっと軽くて、大きな音だ!』
「ありがとう、ジニー。よく分かった。
警備会社はもう向かっているはずだ。
これから警官とSWATを大至急向かわせる。
ジニーとノアは今すぐパニックルームに避難しろ。
俺が戻るまで絶対に出るな!」
『分かった!』
プツッと無線が切れる。
イーサンは即座に警察無線を握った。
「こちらイーサン・クロフォード。
自宅が襲撃を受けている。
家の中には重要証人一名、民間人一名がいる。
至急、警官とSWATを向かわせろ」
『了解!』
短い応答を受け、イーサンは無線を切り、電話をテーブルに置いた。
「俺も行きます!」
慌てて立ち上がるバレスを、イーサンが鋭く制した。
「まだ話は終わっていない。
二人はパニックルームに避難している。
必ず持ちこたえる。――そこで、だ」
イーサンは低く、冷徹な声で続ける。
「医師の見立てでは、点滴を受けていたスティーブン・マーシーの回復は極めて難しい。
あと二、三時間が限界だろう。
そしてシンクレアの検死報告によれば、ティモシーの首は“垂直の姿勢で”水平に切断されていた。
殺すだけなら寝かせて切れば済む。
それをわざわざ立たせたまま、あるいは座らせたままで一刀のもとに斬った。
つまり――『首を切断して殺す』こと自体が目的だった」
沈黙が落ちる。
「一方でスティーブンは軽い麻酔を注射された後、強力な全身麻酔薬を大量に点滴されていた。
首を落とせば即死なのに、時間をかけて苦しめている。なぜだ?」
カリスタが真剣な眼差しで答える。
「最初は弱く打って、致死量に達する前に答えろと――拷問したのね」
「その可能性が高い。だが疑問は残る」
イーサンの声はさらに鋭さを増した。
「ティモシーとスティーブンは二人で“事業”という名の犯罪を続けてきた。
ならば両方から情報を得るのが当然だ。
なのにティモシーには一切問わず、即座に首を切断した。
つまり、この集団には“利益よりも殺人を選ぶ者”がいて、それを止める者もいない。
――強い絆で結ばれた危険な集団、いや狂気の集団だと推測できる」
ヴィヴィアンが真っ青になり、呟く。
「じゃあ……ノアはやっぱり、その集団から逃げたくて……リンチや拷問を受け、流血したまま……アーチボルト・サーストンのツギハギ車に飛び乗ったのね……」
「現状の証拠から見れば、その通りだろう」
イーサンの声が一層冷徹になる。
「ノアは記憶を失っているが、明るく誠実で、人を楽しませ、自分も楽しむ。少し子供っぽいが、人懐っこくて……そして何より、追われることに心底怯えている。
そんなノアが、あの狂気の集団に馴染めるはずがない。
恐らく弟のリオを介して引き込まれたのだろう。
ノアの容姿は“武器”になるからな。
――最大の問題は、ヤツらがまだノアを諦めていないということだ」
部屋の空気が張り詰める。
「スティーブンはノアの拉致に成功していた。
つまり、クラブ・ジョーが潰れた後もノアを執拗に追っていた可能性が高い。
多分『リオ・ゴードン』一味は、スティーブンから“今のノアの居場所”を吐かせようとして、麻酔薬を用いた拷問を行ったのだろう」
イーサンは言い切ると、全員を見渡した。
「――カリスタ、ヴィヴィアン。
麻酔薬の出処を洗え。
あれは大手術が可能な病院の医師しか入手できない。
ヤツらの行動範囲を絞れるはずだ」
「了解!」
二人が即座に応じ、部屋を出て行く。
「バレス、マドックス。
ティモシーの死体とスティーブンをどうやってペントハウスに運び込んだのか調べろ。
特にティモシーだ。
殺すだけなら死体を隠すはずだ。
わざわざ運び込んだ理由を突き止めろ」
「了解です!」
二人も駆け足で部屋を去る。
レイアウトルームにはイーサン一人が残された。
彼は無線電話を手に取る。
――今、ノアと自分を繋ぐものは、この一本の無線だけだ。
レベル3の防御体制が作動すれば、家中の窓もドアも内側から鉄板で覆われる。
四十五口径の銃弾も、マシンガンの掃射も通さない。
だがイーサンの脳裏に蘇ったのは、あの声だった。
『イーサン!気を付けろよ!待ってるから!』
イーサンは無線電話を強く握りしめ、歩き出した。
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