【30】最強捜査官、首なき死体に挑む
そして夜が明けた。
イーサンはいつもと同じように午前六時に起床し、シャワーを浴びて身支度を整える。
ジニーが用意してくれていた朝食を淡々と済ませると、黒のSUVに乗り込み出発した。
セレニス・ベイ署。
S.A.G.E.の捜査官たちと地元警察が、ローラー作戦の準備で慌ただしく動き回っている。
署内に足を踏み入れたイーサンに、カリスタが「おはよう」と声をかけた。
イーサンは足を止めずに「ああ。おはよう」と返す。
彼女はすぐ隣に並び、歩調を合わせた。
「出動の準備は?」
「ええ、抜かりはないわ。
今日こそ『リオ・ゴードン』一味を捕まえる」
カリスタの声は力強い。だが次の瞬間、少し柔らかい声音に変わる。
「でもチーフは、全ユニットに号令をかけるだけでいいの。――分かってるでしょう?」
イーサンは短く息を吐いた。
「……カリスタ」
「ノアは、チーフの仕事を理解してる。
それでも――昨日も襲われたばかりで、不安でいっぱいなはずよ」
カリスタの眼差しはまっすぐだった。
「私たちはチーフの部下。
立てた計画に従って動くし、どんな小さな手がかりも逐一報告する。
だから今日は――ノアを家まで送ってあげて。
後はジニーが支えるわ」
イーサンはしばし沈黙したのち、静かに頷いた。
「……ありがとう、カリスタ。そうさせてもらう」
午前八時五十五分。
レイアウトルームの巨大スクリーンには、各ユニットが配置についた映像が次々と映し出されていた。
そして午前九時きっかり。
イーサンは無線を握り、低く、しかし揺るぎない声で命じた。
「――作戦開始だ」
病室のドアを開けると、ノアが嬉しそうに振り返った。
「イーサン!」
「やあ、ノア。退院おめでとう」
イーサンが柔らかく微笑む。
「主治医から聞いた。どこも異常はなかったそうだな」
「うん! 家に帰っていいって!」
ノアの声は明るく弾んでいた。
イーサンは微笑み、紙袋を差し出す。
「着替えてこい。ジニーが家で待ってる」
「サンキュ!」
ノアは嬉々として袋を受け取り、カーテンの向こうへ消える。
着替えながら声が響いた。
「イーサン、仕事は?」
「今の俺の最優先は、ノアを家に連れて帰ることだ」
「……仕事あるのに来てくれたんだ」
「言っただろう。最優先事項だって」
カーテンが開く。
ノアの笑顔が眩しくて、イーサンは思わず息を呑んだ。
「早く帰ろう!」と拗ねるように腕を引くノアに、イーサンは苦笑しながら歩み出す。
特別に許可された地下駐車場を抜け、SUVは静かに病院を後にする。
助手席のノアは何度も同じことを繰り返した。
「なあイーサン。今日からずっと一緒に暮らせるんだよな?」
イーサンが「そうだ」と答えるたび、ノアは無邪気に笑う。
だが、十分も走らぬうちにイーサンの表情が鋭く変わった。
無線を取り、冷たい声で告げる。
「こちらイーサン・クロフォード主任分析官。
黒のSUVに尾行されている。ナンバーは外されている。
私の位置情報を使って追跡、確保しろ。――私はこのまま振り切る」
『了解!』
「ノア、運転が荒くなる。手摺に掴まれ」
ノアは蒼白になりながらも「うん」と答えた。
次の瞬間、SUVはタイヤを鳴らして急加速した。
ガレージのシャッターが閉まり、車は静止した。
イーサンは震えるノアのシートベルトを外し、肩を支える。
「もう大丈夫だ、ノア。よく頑張った」
「尾行してきた車は……?」
「乗り捨てられていた。徒歩での追尾も不可能だ。――心配するな」
「……家に入りたい」
「もちろんだ」
イーサンはノアを支えながら、共に玄関をくぐった。
ドアを開けると、ジニーが笑顔で迎えてくれた。
「車から荷物を運ぶ。ノアを頼む」
「了解!」
ジニーはノアの隣に腰を下ろし、真剣な瞳で見つめる。
「ノア、僕が守るよ」
「……ジニー?」
「だって友達だもん!」
ノアの瞳が揺れ、唇が震える。
「……ジニー……」
「友達は助け合うんだ。イーサンが僕に教えてくれたんだよ」
ジニーは胸を張った。
「ノアは昨日まで病気だったんだから、無理しちゃだめ。だから僕が守る!」
「……うん……うん……」
しゃくり上げるノアの頭を、ジニーが優しく撫でる。
その光景を、イーサンはドアの影から静かに見守っていた。
ノアが家に戻って十五分も経たないうちに――。
穏やかな時間は、一本の無線で唐突に破られた。
『兎に角すぐ来てくれ! 殺人だ!
ホテル・ハバズのペントハウスで大変なことが起こった!』
ベックの切迫した声。
イーサンの表情が一変する。
「ジニー、俺が出たらレベル3の防御体制を取れ。
これからの連絡はすべて無線電話を通す。それ以外は無視だ。――頼んだぞ」
「分かった!」
イーサンはノアを見据えた。
「ジニーの言う通りにして待ってろ。何も心配はいらない」
そう言い残し、ガレージへ向かう。
ノアが咄嗟にドアを開け、叫んだ。
「イーサン! 気を付けろよ! 待ってるから!」
SUVに乗り込んだイーサンは片手を挙げて応えると、そのまま闇を裂くように走り去った。
黄色い規制線をくぐると、ベックが駆け寄ってきた。
「イーサン! 早かったな。病院から尾行されたって!?」
「後で話す。状況を報告しろ」
歩きながらベックが早口に説明する。
「バレスの班が、車椅子を使う若い大学教授がここに宿泊していると突き止めた。
連れは金髪の若い秘書と、髭を生やした父親。
宿泊はペントハウス。しかも一か月分をキャッシュ前払い。
ただし支払ったのは本人たちじゃない――“ジョン・ラウラー”と名乗る背の高い白人男だ。
教授親子と秘書は昨日の午後から戻っていない。怪しいと思ったら……やはりだ」
「イーサン! こっちよ!」
奥からシンクレアの声が響く。
部屋に足を踏み入れると、証拠採取に当たるカリスタ、ヴィヴィアン、マドックスの顔に安堵の色が浮かんだ。
シンクレアの前には――胴体だけの死体が無造作に転がっていた。
「シンクレア、頭は?」
「そこ」
指差す先、わずか二メートル先に首だけが転がっている。
バレスが淡々と写真を撮っていた。
さらに奥では救急隊員がストレッチャーを囲んでいる。
「あれは?」
「奥のラウンジで倒れていた男。
大量の麻酔薬を点滴されて、瀕死よ」
「麻酔薬?」
「全身麻酔に使う強力な薬。
点滴パックを移し替え、十リットルのキャンプ用容器で延々流し込まれてた。
空パックは二十以上。首筋にも別の注射痕。
血圧は低下、脈も弱い――辛うじて生きてる状態」
イーサンは頷いた。
「では、この切断死体の死因は?」
「そこが奇妙なの。肝臓の温度が十度しかないのよ」
「十度? ……だが硬直と腐敗具合から見れば十八時間以内だろう」
「ええ。でも冷却の痕跡はない。こんな死体、初めてよ」
イーサンが死体を見下ろす。
「スパッと切られているな」
「そう。刃物に慣れた手口……いえ、“やり慣れている”と言うべきね。
拘束痕も防御創も無い。顔見知りか、不意を突かれて、一撃で仕留められたんでしょう」
さらにシンクレアが続ける。
「二人とも財布も身分証もない。しかも――ここは犯行現場じゃないわ」
「やはりな」
「首を切られたのに、カーペットはほとんど汚れてない。
どこか別の場所で殺され、ここへ運ばれたのよ」
「分かった。調査を続けてくれ、シンクレア」
イーサンは鋭い眼光を光らせ、さらに奥へと歩みを進めた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
体調不良により、更新が途絶え大幅に遅れてしまって申し訳ございませんm(_ _)m
これからもよろしくお願いします!!
明日も17時更新です☆
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