【25】ペントハウスに集う、馬鹿と天才と神の伝書鳩―悪魔の俺様作戦始動―
――その頃。
五つ星ホテル、最上階ペントハウス。
シャンパンの泡が光を散らし、歓声が小さな嵐を作っていた。
「乾杯ーー!」
ロクシーの声に合わせ、五人がグラスを掲げる。
リオ、アーチボルト、ロクシー、ルシアン、そして何故かルチアーノ――笑い声が夜景に溶けた。
「やっぱりロクシーは頭が良いね!
車椅子の使い道がすぐ分かったんだから!」
リオが感心すると、ロクシーはぐふふと笑った。
「簡単な算数よ。
このメンバーで車椅子に座って得するのは誰?
警察で“大男”って呼ばれてるリオしかいないじゃん。
それに、そのダサい眼鏡と縛った髪の毛のカツラにダサいスーツ――
いかにも研究しか興味のない、若き天才教授って感じ!」
リオはアハハと笑う。
「まあね!
それにロクシーの金髪も新鮮だし、アップにまとめてると“教授の出来る秘書”って感じだよ。
パンツスーツも似合ってるし!」
ロクシーはくるりと一回転して見せた。
「でしょ?
金髪に染めるの、結構葛藤したんだから!
世間知らずの天才教授を支える敏腕秘書に見えるように、メイクも変えたしね! ……っていうか」
そう言って吹き出す。
「一番変身したのはアーチボルトでしょ!
髪をブラウンに染めて、髭を整えて、髪色に合わせてマスカラで少し色を足すだけで、天才教授の良き父親に見えるんだから!」
はしゃぐ二人を前に、アーチボルトは渋い顔をする。
「まあ、変装は仕方ない。髪を染めるのも良い。
だがこの“ウォータープルーフのマスカラ”とかいうやつは、落とすのにメイクリムーバーが要るだろう? 面倒でたまらん!」
その時、高慢な声が響いた。
「変装が上手くいったくらいで、よくそんなに喜べるな?」
ルチアーノだ。
「イレイナの屋敷にイーサン・クロフォードが現れたそうだぞ。
キャデラックをイレイナに渡したことは、もうバレてる」
「マジ!?」とリオとロクシーが同時に叫ぶ。
「この俺様が、この期に及んで嘘をつくと思うか?」とルチアーノ。
「で、イレイナは!?」とリオ。
慌てて立ち上がるリオの胸を、ルチアーノが軽く突いた。
「あのイレイナだぞ? ドジを踏む訳ないだろう。
執事が玄関で話して煙に巻いたそうだ。
イーサンは館に一歩も入れず、十五分ほど玄関先で立ち話をして帰ったとさ」
ロクシーはにっこり笑ってウィンクする。
「さすが、イレイナね! でも、どうして秘書に車を渡したのがバレたんだろ?」
ルチアーノはわざとらしくため息をついた。
「イレイナはドジを踏まないが、お前達はドジの連発だろ? 事務所の裏口に防犯カメラは無かったのか?」
「問題無い」とアーチボルトが即答する。
「裏口のカメラは出入り口しか映さない。あの高性能な360度カメラとは違う。キャデラックを渡した場所までは撮れていない」
「じゃあ、なんでイーサンにバレた?」とルチアーノが肩をすくめ、続ける。
「まあ、起こったことは仕方ない。 それより――ノアの行方は?」
リオは小さく息を吐いた。
「……分からない。
俺が入院してる時も同室じゃなかったし、退院の時に刑事に訊いても“知らない”と断言された。
俺達や女の子達はあの病院に運ばれたけど、ノアは別の病院かもしれない」
ロクシーが頷く。
「そうね。
リオはまだ余力があったけど、女の子達は血を抜かれて感染症まで抱えてた。危なかったはず。
だから最初の逃亡者を治療していた病院に運ばれたんだと思う。
でもノアは違う。……暴行されてたでしょ? ああいう被害者はプライバシーを守られる。ニュースにすら流れていないのはそのせいよ。
それにノアは犯人を見たかもしれない。証人保護プログラムで匿われてる可能性があるわ」
リオがはっと息を呑む。
「ノアが証人保護プログラム!? あのノアが大人しくそんな所にいると思う? 警察の保護下にあっても、必ず俺に知らせる方法を見付ける。絶対に!」
「ところが今は連絡どころか、生きてるのかどうかも分からん」
ルチアーノの言葉にリオがぐっと詰まる。
その時、ルシアンが静かに口を開いた。
「ルチアーノ、君は忘れたのか?
私はイレイナの言葉を一言一句覚えている。
“神はノアの命を救う命令を出している。だからセレニス州では、絶対にノアの命は脅かされない”と。
ノアは生きている」
一同に静寂が落ちる。ラップトップを叩いていたロクシーが顔を上げ、声を張る。
「あるわ! ノアは生きてる!」
「本当に!?」とリオ。
リオがラップトップに手を伸ばすが、ロクシーは肘で押し戻し、奪い返す。
「セレニス・ベイ署の検視局にハッキングしたの。リオが病院に運ばれてから、身元不明の男性遺体は一件も無い。つまりノアは生きてるのよ!」
「生きてるなら、なぜ連絡がこない?」とルシアンが呟く。
その瞬間、ロクシーが即答する。
「きっとノアでも連絡出来ない所にいるんじゃないかな。
でも見つける方法が無い訳じゃないわ!」
「え!? そうなのか、ロクシー!」
ルチアーノが勢いよく叫んだ瞬間、ロクシーは無言でシュッとイレイナ特製の悪魔退治スプレーを吹きかけた。
「……ぐおっ……」
呻き声をあげたルチアーノは、そのまま床にバタンと倒れる。
ロクシーは転がる彼を無視して、真剣な表情で皆に顔を向ける。
「みんな、落ち着いて聞いて。いい? 冷静に考えて」
声が引き締まると、リオたちは自然と姿勢を正した。
「可哀想だけど、ノアが暴行されていたのは事実よ。
でもそれ以外、怪我はしていないはず。だってリオという人質がいて、血を抜かれていると知っているノアが逆らうとは思えない。
あの変質者は確かに狂ってるけど、ノアを傷つけたいわけじゃない。欲しくてたまらないから、事件まで起こしたのよ。――つまり、ノアに危害を加える理由がない」
ロクシーの声は冷静だが、その瞳は鋭く光っていた。
「でも警察は暴行の被害者を見つけたら、必ず検査を行う。男だって例外じゃないわ。だからノアは絶対に病院に運ばれている。そして医者は必ず痕跡を見つけてるはず」
リオが眉を寄せる。
「でも、ノアが今どこにいるかなんて――」
「そこよ」ロクシーが力強く遮る。
「ノアが匿われて今日で六日。そろそろ再検査の時期か、もう結果が出てる頃よ。だからリオが運ばれた病院“以外”を探すの。クラブ・ジョーに近くて、警察から被害者を頻繁に受け入れている救急病院。――イーサン・クロフォードだって、一人で匿うのは無理。絶対に口の固い協力者が必要だわ」
説得力ある言葉に一同がうなずく。
だがリオはなおも不安げに口を開く。
「でも……ノアが診察された病院が分かったとして、どうやって“今”の居場所を突き止めるんだ?」
ロクシーは咳払いをひとつして、重々しく宣言した。
「そこで天才教授の登場よ。さあ、気合い入れて偽造書類と身分証を作るわよ! イーサンにご対面する前に全部終わらせるの!」
「そうだね! 俺も手伝う!」
リオも勢いよくパソコンに向かった――その時。
床に転がったままのルチアーノが、呆れ顔で口を開く。
「リオを何の教授に仕立てる気だ? どうせ心理学者とか、そんなとこだろ?」
「そうよ!」とロクシーが胸を張る。
「やめとけ」ルチアーノは薄笑いを浮かべ、皮肉たっぷりに言葉を続けた。
「イーサン・クロフォードには通用しない。相手はS.A.G.E.特務解析庁の主任捜査分析官だぞ? セレニス州どころか全国区で名が知れ渡ってる事件だ。口の固い協力者なんて存在しない。せいぜい受付が同情して話を聞いてくれるくらいだな。だが――警察は必ず裏を取る。イーサンなら尚更だ」
ルチアーノはグラスを指先でくるくる回しながら、芝居がかった口調で畳みかける。
「大学名、功績、著作、論文、サイト……天才教授リオの肩書を名乗るなら全部調べ尽くされる。『先生の書籍のタイトルは?』って聞かれたらどうする? イーサンは入手して読み込むぞ。学術誌も掘られるし、サイトも隅々までチェックだ。お前らの偽造じゃ持たん!」
静まり返る一同。リオとロクシーは手を止め、アーチボルトすら口を閉ざしてルチアーノを見ている。
「……そこまで考えてなかった……」ロクシーが小さく呟く。
ルチアーノは高らかに笑い声を上げる。
「だろうな〜! あのイレイナが言ったんだぞ。『法的に正当な手続きを踏まなければノアは取り戻せない』ってな! お前らの作戦は百パー失敗だ! この新作香水を賭けてもいい! 結果? 俺様以外全員、イーサンに捕まる! 部下に録画させておいてやるよん♪」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」リオが怒鳴り、頭を抱える。
ルチアーノは横になったまま器用にシャンパンを飲み干し、にやりと笑った。
「天才教授路線は諦めろ!――それより俺様の考えた何百倍もマシな作戦がある!」
高らかに宣言するその顔は、誰よりも自信に満ちていた。
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明日も17時更新です☆
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