【21】証人の涙、最強捜査官の不滅の約束
どれほどの時間が過ぎただろう。
言葉を探す沈黙の中、時計の音だけがやけに鮮明に響いていた。
「なあ、ノア」
イーサンがやさしくノアの横顔に語り掛ける。
「今日、何があった?」
ノアは俯いたまま、何も答えない。
「ノア、教えてくれ」
再び問うイーサンの声は、静かだが揺るぎなかった。
やがてノアが、諦めたようにポツリと呟く。
「……階段で……転んだ……」
「階段?」
イーサンの眉が僅かに動く。
「ジニーはそんなこと、一言も言っていなかったぞ。
ノアに何かあれば、俺に報告するのはジニーの仕事の範疇だ。
……ジニーが責任を問われることになる。それでも、隠すのか?」
「ち、違う! ジニーは仕事をサボるようなヤツじゃないっ!」
「じゃあ、なぜだ? ノア」
イーサンの静かな問いに、ノアがゆっくりと身体ごと振り返り、
その胸に縋りついた。
「ジニーは止めたんだ!
でも、プール掃除がどうしてもやりたくて!
それで……勝手にやって……尻もち着いただけ……」
イーサンがフウッと息を吐く。
「ノア。君は狙われている。
しかも、二つのグループに狙われている可能性が高い。
俺が言ったことを忘れたか? 家から一歩も出るなと」
「……ご、ごめん……でも……プール掃除がしたくて……。
裏庭なら安心かと思ったんだ……」
イーサンがそっとノアの顔を両手で包む。
「どうして? なぜそんなに、プール掃除なんてしたかったんだ?」
ノアは黙りこくってイーサンを見つめた。
そして突然、ポロポロと大粒の涙を零し出した。
「ノア? どうした?」
「……明日で薬の注入が終わる。
明後日の午前中に病院検査を受けて……完治だって言われたら……
この家から出て行かなきゃいけないんだろ?」
「ノア! そんなことは――」
「分かってる!」
ノアがイーサンを遮った。
「俺は犯人を見たかもしれない。
記憶さえ戻れば証人になれる。
そういう人間は、警察に証人プログラムで保護されるんだろ?
本当は今だって、この家にいちゃいけないんだ。
イーサンがこの家に俺が居られるように、力を貸してくれたのは分かってる」
「……ノア……」
「だからさ……」
ノアが涙を零しながら笑顔になろうとして、果たせず睫毛を伏せた。
「……明後日……イーサンとジニーと別れても……。
イーサンが帰って来て、プールが綺麗になって、水がいっぱいになってて……
それを見て、俺を思い出してくれたら……。
それが、俺の願い……」
ノアはそこまで言うと、唇を噛みしめ、静かに涙を流した。
イーサンがノアを強く抱きしめる。
そしてノアの頬に、自分の頬をピタリと寄せて言った。
「済まない、ノア。
こんな訊き方をして。
だが、こうでもしなければ君は理由を言わないと思った」
「……イーサン……」
「なあ、ノア。
君と病院の屋上で会った時、俺が言ったことを覚えているか?」
「……屋上……」
「そうだ。
俺は君の手を握って言った。
『私は何があっても君を離さない。君も離すな』と」
イーサンの声は、夜の静けさに溶けるように穏やかだった。
「今も同じだ、ノア。
俺は君の手を絶対に離さない。
だから君も離すな。
……心配しなくていい。
俺の傍にいてくれ。」
「……イーサン……!」
ノアがイーサンの腕の中で、子供のようにわあわあと泣いた。
イーサンはただ強く、ノアを抱きしめていた。
ノアが壊れてしまうほど、強く。
……それでも、彼の腕の中にあるのは、守りたかった“命”そのものだった。
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