【2】真紅の枷と純白の部屋――最強捜査官の推理
その部屋は、ステージのある部屋の突き当たりの壁が入口になっていた。
電子ロックキーが掛けられ、さらに鍵が三つ取り付けられている。
イーサンが電子ロックキーの蓋をスパナで叩き割る。
「解除しないの?」と、ヴィヴィアンが問う。
「被害者と遺体を見ただろう。
一刻の猶予もならない。
ショートさせる」
「じゃあこれを」
ヴィヴィアンがペンチを渡す。
イーサンが二本の配線を切ると、青い火花が散り、煙が上がった。
「電子ロックキーはこれでいい。
ヴィヴィアン、鍵を頼む。
大至急だ」
「了解!」
「カリスタ、何か見つけたか?」
「防犯カメラを見つけたわ。
でも変なのよね」
「あれか?」
イーサンが、ステージ近くの天井に取り付けられたカメラを見上げる。
「そう。
この部屋には、このカメラしか無いの。
普通、防犯カメラは出入口や室内全体を監視するもの。
なのにステージ“だけ”を監視している」
「確かに妙だな」
その時、「チーフ、鍵が開いたわよ!」と、ヴィヴィアンの声がした。
そして、この店に突入した時と同様の光景が繰り返された。
イーサンの合図で、まずSWATが突入し、イーサンとカリスタ、ヴィヴィアンも銃を構えて続く。
そこは前室のクラブのような部屋に比べれば小さいが、狭いというほどではない。
特徴的なのは、天井も床もすべて真っ白であること。
突き当たりにあるダブルベッドも、シーツや枕、ベッド本体に至るまで真っ白だ。
白い冷蔵庫や、ガラス張りのバスルームにバスタブもある。
だが部屋の中央には、この空間にそぐわない真っ黒な椅子があった。
それはまるで、産婦人科の検診台のような形。
男が一人、足を大きく開かされて座らされていた。
両手も左右それぞれ、椅子に固定されている。
前室の被害者達のように、ただ鉄の枷で拘束されているのではない。
真っ赤な皮の手枷と足枷で、椅子に固定されているのだ。
首にも同じ素材らしい真っ赤な首輪が装着され、ステンレス製と思われる鎖で、椅子の頭部の頂点にある輪へ繋がれている。
そして足の間には、様々な器具が装着されていた。
低い唸り声のような音が、断続的に響いている。
「SWATは撤収だ!」
イーサンが大声で指示を出す。
SWAT達が素早く部屋から出て行く。
イーサンは、拘束されている男に視線を戻す。
すぐに手袋をした指で首筋から脈を取った。
彼は生きていた。
「生存者一名発見!
早く担架を!」
そう叫び、イーサン自ら、この男の手足と首の拘束を解いた。
救急隊員が到着するまでに、拘束されていた男から最低限の証拠を採取すると、次に捜査官全員で、この部屋の証拠採取に取り掛かった。
「ねえ、ちょっとこれ見て」
カリスタの声に、イーサンとヴィヴィアンが彼女の元へ向かう。
そこには、ステンレスのカートに、綺麗に磨き上げられた医療機器と思われる道具が、整然と並んでいた。
そして下段には、医療機器とは無関係の異物が、やはり綺麗に整頓されている。
カリスタが顔を顰めて言う。
「スキンがある。
彼は酷い目に遭ってたのね」
「そうだ。
そして今も続いている。
だから、取り外しは医者に任せることにした」
イーサンの怒りを帯びた声に、部屋の空気が一瞬、静まり返る。
その静寂を破ったのは、ヴィヴィアンだった。
「これを見て。
この椅子の側にモニターがある。
このモニターは、あのステージを映す監視カメラの映像を流してる」
イーサンがモニターに視線を向ける。
そこには、今もステージ周辺で作業をする警察官達の姿が映っていた。
イーサンが首を傾げる。
「つまりあの監視カメラは、ここに拘束されていた男に見せていたということか。
だが、何のために…?」
「それに、この椅子からは血液反応が出なかった。
彼は、ステージで血を抜かれていた被害者達とは犯人の目的が違うのよ」
「暴力は受けていた。
だが、彼は大切にされていた…そうだろ?」
イーサンの言葉に、ヴィヴィアンが頷く。
「この部屋を見ただけでも分かる。
彼は犯人に大切にされていた。
暴力を除いて」
カリスタが「でも…」と腕を組み、考え込む。
イーサンが「何でもいい。考えを聞かせてくれ」と促すと、カリスタは口を開いた。
「彼に暴力を振るいたいだけなら、こんな部屋を作るくらいだし、拉致して好きなだけすればいい。
でも、それじゃあステージで血を抜かれていた被害者達は、何のために集められたの?
そして、その映像を彼に見せる必要がある?」
「彼が怯えるのを楽しんでいたとか?
次はお前だ、なんて脅して」
「ヴィヴィアン、それは違う」
「なぜ?」
ヴィヴィアンの視線が、イーサンに向けられる。
「私が脈を確認し、救急隊員を呼んだ時、彼は言った。
──好きなだけやれ。
だけど弟の血抜きを止めてからだ、と」
「それじゃあ、あの吊るされていた男は、ここで拘束されていた男の弟ってこと…?」
カリスタが呟く。
「分からん。
まずベックに裏を取らせてから、君達に話すつもりだった」
その時、イーサンのスマホが鳴った。
彼は即座に電話に出る。
「どうした?
……そうか、それは残念だ。
では後で」
電話を切ると、捜査官達を見渡して言った。
「ここから脱走した女性が死んだ。
出血性ショックで不整脈を起こし、心不全で亡くなった。
病院に着くと直ぐに集中治療室に入り、ベックは何も聞き出せなかったそうだ。
他の被害者達も、いつ死んでもおかしくない状態だ。
いいか。
シンクレアの解剖結果を待っている時間は無い。
ここの二つの隠し部屋にある証拠が全てだ。
徹底的に証拠を集めろ」
「はい!」
全員が声を揃え、持ち場へ散っていった。
作業を終えてセレニス・ベイ署に戻ると、ミーティングルームに集まった面々は浮かない表情をしていた。
「何か収穫のあった者はいるか?」
イーサンの問いに、まずヴィヴィアンがやや早口で答える。
「赤い絨毯の部屋には、被害者達の痕跡以外、何も無かったわ。
冷蔵庫に2パックずつ備蓄されてた血液も、被害者達の物だった。
加害者や部屋に出入りしていた人間の痕跡は皆無。
指紋や髪の毛どころか、繊維一本見つからない。
足跡はあったけど、あの毛足の長い赤い絨毯のせいで不鮮明なものばかり。採取は無理だった」
「では視点を変えてみよう。
被害者の血の分布から分かることは?」
「そうね」
カリスタがパソコンを操作すると、大きなパネルに赤い絨毯の部屋の見取り図と、赤い印が広がる画像が映し出される。
「全ての椅子やテーブルに、被害者達の血痕が見られるわ。
誰かがテーブルに、被害者から抜き取った血液を運んだのね。
でも、さっきヴィヴィアンが言ったように、それ以外の証拠は出なかった。
椅子からもテーブルからも、被害者以外の痕跡は全く無いの」
「そうか。
バレスはどうだ?
白い部屋には何かあったか?」
バレスが悔しそうに首を振る。
「あの拘束されていた青年以外の痕跡はありません。
ダブルベッドもシーツや枕カバーに至るまで新品でした。
ゴミ箱は空で、ご丁寧に内側まで清掃され、アルコール消毒までされています。
赤い絨毯の部屋と同じで、被害者以外の髪も指紋も糸くずさえ無い」
「では暴行は拘束台で行われた可能性が高いな。
もしダブルベッドで暴力を振るったとしても、そいつは1回ごとに徹底的に掃除し、シーツや枕カバーを新品に替えていたことになる」
「俺もそう思う。
極度の潔癖症なのかもしれない」
鑑識課のルーク・マドックスが口を挟む。
その時、イーサンのスマホが再び鳴った。
「失礼」
電話に出ると、相手はベックだった。
二言三言やり取りし、「直ぐに行く」と言って電話を切る。
「皆、私はこれから病院に行く。
白い部屋で監禁されていた彼が目覚めた。
だが検査を拒み、自殺を計ろうとしている」
「えぇ!?」
驚きの声が上がる。
「理由は分からんが、私を呼べと言っている。
では後で。朗報を待っていてくれ」
そう言い残し、イーサンは足早にミーティングルームを後にした
「イーサン!ここだ!」
ベックが、病院の受付に走り寄ってくる。
「ベック、歩きながら話そう。
彼はどこだ?」
「屋上だ。
柵を乗り越えてしまっている」
ベックがエレベーターのボタンを押す。
「柵を?
この病院は転落防止用に、高さ3メートルの金網に有刺鉄線まである。
どうやって越えた?」
「看護師によると、するすると登り、もう柵の外に居たそうだ。
あの細い身体付きからは考えられんが、軍人かもしれん」
エレベーターが到着し、二人は乗り込む。
「イーサン、彼が柵の外にいるのは大問題だが、もっと問題がある」
「何だ?」
「彼が余りに検査を嫌がるので、点滴で鎮静剤を打たれた。
三分の一程度しか体内に入っていないが、もし効いて眠ったら…」
「真っ逆さまだな」
「そうなんだ!
彼は検査が嫌で逃げ出しただけで、死ぬつもりじゃないのかもしれない。
あれだけの目に遭ったのだから、正常な精神状態じゃないのは当然だ。
それと消防が、落下に備えて反動吸収用のクッションマットを地上にセットしている」
「ベック、この病院は15階建てだ」
「そりゃあそうだが…無いよりマシだろう」
エレベーターが最上階に到着する。
二人が降りる。
「イーサン、どうする!?」
「彼を、助ける」
そう言い、イーサンは屋上に続くドアを警備する警官達の前を通り過ぎた。
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