【17】黒きベンチコート、湿地帯に現る
翌朝。
イーサンがセレニス・ベイ署のミーティングルームのある階でエレベーターを降りると、ベックが笑顔で片手を上げた。
「よう、イーサン」
イーサンも片手を上げ、言う。
「その顔は何か掴んだな、ベック」
「俺のオフィスで話せるか? ちょっと込み入っててな」
「ああ、勿論」
ベックのオフィスに二人で入ると、ベックは落ち着かない様子で立ったまま話し出した。
「病院で『リオ・ゴードン』とその連れが、何かを破裂させただろう?」
イーサンが「ああ」と頷く。
「それで俺が、オンボロでツギハギだらけの車が駐車場から逃げるように去って行くのを見た。
その車の件なんだが……」
「見つかったのか?」
「昨夜、夜番の刑事の情報屋で、車の解体屋をやってるヤツからその刑事に情報が入った。
あのツギハギだらけの車に似た車が、解体屋に運び込まれたという情報だ。
それで俺に報告が来た。
何でもその車の第一発見者の仕事は、放置されている車……つまり廃車するのが面倒で置き去りにされた車を回収して、解体屋に持って行き、部品を売ってるんだそうだ」
「廃車の回収屋ってことだな?」
ベックが頷く。
「簡単に言うとそうだ。
まあ車が正常に走るなら、解体屋が引き取って、点検を済ませてから中古車販売店に売る。
解体屋だが修理屋でもあるからな。
そして、その売り上げの何パーセントかを回収屋が貰う仕組みだ。
その廃車の回収屋は、昨夜もいつものように廃車が無いか街をレッカー車で流していた。
だが街では思うような結果は得られず、グレイタウンまで行ってみた」
「グレイタウン……あの湿地帯か」
「そうだ。街で車を置き去りにするところを見られたく無い連中は、グレイタウンまで行くらしい。
そして五分程走ると、白っぽい車が停まっていて、帽子を被ったTシャツにジーンズ姿の髭面の年配の男と……これがちょっと信じられないんだが……襟元をぴっちり閉めてフードまで被った、足元まである真っ黒なベンチコートを着た三十代ぐらいの男が車を川に向かって押していた」
イーサンの眉が寄る。
「ベンチコート?」
ベックが困ったように苦笑いを浮かべる。
「回収屋も、セレニスでベンチコートなんてと思って、印象に残ったらしい。
それで回収屋はチャンスだと思った。
グレイタウンのたった五分しか走ってない場所で車を沈めようだなんて、土地勘が無い上に訳アリに決まってる。
それに二人がマフィア絡みで無いのは見るからに明らかだ。
そこで回収屋が車から降りて声を掛けた。
『お困りですか?』ってな。
そしたら回収屋のレッカー車を見た二人は全てを察したらしい。
帽子の男が『この車を解体屋に持って行ってくれ』と言った。
キャッシュで500ドル支払うからと。
回収屋は即OKして車を引き上げた。
車はボンネットの三分の一も川に浸かってなかったってさ。
それで回収屋は、一応解体屋に車を持って行った。
見た目はオンボロだがエンジンも壊れていないし、転売出来ると思って。
そこで解体屋は、夜番の刑事から聞かされていた病院の破裂に加わった一味の車と特徴が一致していたので、刑事に連絡したってとこだ。
車は誰も手を付けないように言ってある。
ただ、ナンバープレートは外されている。どうする?」
「どうするもこうするもない」
イーサンが立ち上がる。
「証拠を採取する」
その車は厳重に密閉され、S.A.G.E.のラボの地下駐車場に運び込まれた。
シートを全て外し終わると、ヴィヴィアンが苦笑する。
「オンボロのツギハギって聞いてたけど予想以上ね」
カリスタも笑う。
「ホント! 小学一年生の頃の私のパッチワークみたいだわ」
「薄いオレンジにベージュの組み合わせとはな。
確か“ヤツ”は元教師なんだろ? もっとマシな車くらい持っていそうなのに」
腕を組んでそう言うバレスの肩を、マドックスがポンと叩く。
「“ヤツ”の物とは限らない。先入観は捨てて証拠を当たろうぜ」
「じゃあ私、後部座席」
カリスタがライト片手に言って、後部座席のドアを開ける。
「じゃあ私は運転席と助手席をやるわ」
ヴィヴィアンも運転席側のドアを開けた。
次にバレスが言う。
「じゃあ俺はトランクを見たら下に潜る。
マドックス、ボンネットと車の外側を見てくれ」
「了解」
マドックスがボンネットを開けた。
そして三時間後。
レイアウトルームでイーサンを始め、カリスタとバレスとマドックスが集合した。
レイアウトルームには、車をつぶさに撮った写真が壁に貼られている。
「分かったことは?」
イーサンの問いに、まずカリスタが口を開いた。
「私とヴィヴィアンがボンネットとトランク以外の車の内部を調べたけど、徹底的に掃除されてたわ。
ゴミも無いし髪の毛一本落ちていなかった。
掃除機をかけたのね。
それと指紋は解体屋と回収屋以外一つも出なかった。
グローブボックスも空で指紋無し。
シートベルトも指紋無し。
匂いからして洗剤を使って拭き掃除したのね。
それも強力なやつ。
ただ……血液は見えないだけで、そこら中にあったわ!
ヴィヴィアンが鑑定中だけど、人間の物だけじゃ無いみたい。
あと数時間はかかるそうよ」
次にマドックスが口を開く。
「ボンネットに異常は無かった。見た目程酷くない。長距離の運転にも耐えられる。
車の外側も綺麗に清掃されていて、内側と同じく解体屋と回収屋以外の指紋は出てないけど、血液反応が有った。
人間と人間以外の物で、車の内部と同じ。
こちらもヴィヴィアンの結果待ちだ。
それから車体番号は完璧に削り取られていて復元は出来ない。
痕跡から何年も前から削り取ってあったことが分かった」
イーサンが頷く。
「バレスはどうだ?」
「トランクの内部と車の下部の部品を調べました。
トランクの内部も徹底的に掃除されていますが、車の内部と外部同様、人間と人間以外の血液がそこかしこで出ました。
これもヴィヴィアンの鑑定待ちです。
車の下部はマドックスの言う様に、見た目程酷くありません。
何処にも故障は無いし、それこそピカピカに拭き取られています。
解体屋と回収屋以外に検索に掛けられるような指紋は有りません。
それと血液反応が少し有りましたが、ヴィヴィアンによれば劣化が酷く、DNA鑑定出来るかは幾つか試してみないと分からないそうです」
イーサンがフフっと冷たく笑う。
「学習したという訳か。
だが初心者には見落としが有るものだ。必ず」
「と、言うと?」
「車に戻ろう」
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