第8話 五百年前 セレン滅亡
第2章は、過去に何があったかの回想です。
まだ第2章は続きますが、背景を話すので、結構作者としては重要です。
14世紀。地球では中世。日本は室町時代の後期。セレン人の先祖たちの故郷の星では大変なことが起きていた。セレンは単一民族の惑星。戦乱の時代はあったが、それを乗り越え比較的平和に過ごしていた。治安維持のためには、多少の兵器や軍隊を持ってはいたが、大きく依存はしていない。突然に外敵から侵略を受ければ、蹂躙に堪えるしかない。そして、その懸念は現実のものとなってしまった。迂闊だと言えなくもないが、それまで外交的に上手くやってきた。ところが、外交で、コミュニケーションを執ることで、どうにかできない相手から侵略をうけたのだ。
セレンは三つの衛生を持つ惑星。夜空に映える三つの月が何時の間にやら一つ増え、初めはうっすらと小さく見えていた四つ目の月が段々とハッキリ、正八面体のピラミッドを二つ組み合わせたような形状が大きく目視できるようになってくる。そして四つ目の月の周囲に蜂の群のような影が確認された。
その影はバイレットの侵略軍。メカニカルビースト「ビランビー」。全長14メートル程。メカニカルビーストとしては小型だが、対人攻撃機としてはハイスペック。蜂のように針で攻撃するだけでなく、全身に飛び道具を持ち、内蔵した毒を撒いたりもする。それが無数に押しかけた。パニックになり逃げ回る人々。逃げ遅れた人々は無惨な姿に変わり果てる。平和に暮らしているセレン人の市民には災害に備える設備や避難所はあっても侵略に対しての迎撃設備はない。まして攻撃を避けるジャミングもない。無誘導の単純な爆弾さえもライフラインや数少ない軍事施設をピンポイントに狙い撃ち大きな被害を出す。警報の大きな音を背景に火柱が立つ。火災旋風で益々被害は広がり死屍累々だ。
対応が後手にはなったが、防衛軍が動き始めた。時の宰相の指示のもと、使節団の編成と防衛軍の活動・自衛権の行使が始まった。科学力そのものは地球よりもずっと先にいるセレン人はそれなりに抵抗してみせた。しかし、攻撃目標にされた首都を急襲したメカニカルビーストは無人機である。メカニカルビーストを破壊したからといってバイレット側には人的被害はない。
セレンの防衛軍は首都に隣接する衛星都市に迫撃砲や対空砲を装備した陸上部隊を展開し包囲。直接交戦するためにはライコーの原型ともなった航空宇宙戦闘機「ゲッコー」で迎撃した。高性能なミサイルに30ミリ機関砲でビランビー相手によく戦った。対するビランビーは対人には毒を撒くテロのような活動と、通常兵器には飛道具。さらには自爆ドローンのような機能まで持ち、自らの消耗を厭わず物量で攻めるバイレットに次第に追い詰められていく。
ライコーの原型であるゲッコーは、暗黒物質の幕を張りスペースデブリから機体を護るタルケンシールドを持つ。DSドライブとも違い通常宇宙空間を亜光速で飛行する航空宇宙機であれば、機体の前面だけをガードすれば事は足りる。地表の超音速飛行での騒音などの細かなことを無視すれば。しかし、戦闘となれば死角を、後ろからも狙われるのだ。ただ、そんなことは当たり前の話である。対人用兵器としてもチューンされ、無人であるが故、重力・遠心力などのGに耐え小回りの効くビランビー。災害対策や治安維持などの性格が強い汎用の戦闘機ゲッコーでは、どちらに軍配が上がるか明白である。その上にバイレットにはまだ戦力・軍事力が残っている。月のごとく見えるのは、バイレットの宇宙船の艦隊の旗艦であり、もう数隻の宇宙船が控えている。
それでも、人の頭脳には限りない可能性があるものだ。戦闘中にある事実、偶然に気が付いた。暗黒物質タルケンを利用した自衛装備タルケンシールドに予想外の使い方があったのだ。バイレットのメカニカルビーストや宇宙船にはマキシンガル装甲と呼ばれる外装材が使用されている。モース硬度6以上の頑強な素材であり、地球の鉱石、宝石ならば、トルコ石やクオーツに匹敵する。そのマキシンガル装甲がタルケンシールドに弱いのだ。
周辺の都市から地上部隊での狙撃での包囲網の中、混戦状態で接触事故を起こす機体もでてきた。そして二つ三つと繰り返すうち、おかしな状況が観測された。質量としてはゲッコーもビランビーもそう変わらない。タルケンシールドで衝突の衝撃を防ぐにはビランビーは大き過ぎる。それなのにビランビーのみが崩れ去り爆発四散する。とくに真正面から衝突したものは、タルケンシールドの円錐の形にひしゃげる。ビランビーの胴体に楔を打ちこんだようにアリジゴクの巣穴のようにすり鉢状の大穴が開いた。
「こ、これは! タルケンシールドの効果か!? こうなれば!!」
「お、おい! よせ! やめろ! 地上部隊は前進だ。射程範囲に入るよう近づけ。今すぐ射撃を始めろ。蜂を堕とせ。」
「このままではジリ貧だ! やってやる!」
「司令官! 私の機体はもう残弾がありません! 逃げるくらいならやってやります!」
「駄目だ!ゲッコーの第2陣部隊はすぐに離陸。上空の敵の母艦を目指せ! 本隊を叩くんだ!」
ゲッコーの操縦をするセレン防衛軍のパイロットたちは、誰に命令されるでもなくバイレットのメカニカルビーストへ体当たり攻撃を始めた。太平洋戦争の旧日本軍の“BAKA Bomb”のごとくの特攻だった。悲しいかな、ビランビーには、元々使い捨てのユニットとしての設計思想があり、自爆ドローンとしての役割がある。多少高額なミサイルとして一機のビランビーで一機のゲッコーを撃墜できれば十分なのである。おまけにセレンの惑星の地上にも被害をもたらし、内蔵の毒をも撒き散らす。現代の戦争での勝敗の決定要因の一つである「交換率」で、圧倒的な差を出した。物質的な費用だけでなく、人的なリソースでも。
宇宙でのバイレットの母艦を攻撃に向かったゲッコー第2陣の部隊も同様であった。いや、もっと酷い。バイレットの宇宙船の外装・マキシンガル装甲も装甲の厚さが違う。メカニカルビーストや寮艦の対空攻撃を耐えて特攻しても致命傷を与えるには至らず。言葉は悪いが、セレンの戦死者は犬死にでしかなかった。
セレンの惑星上空、宇宙にいた僅かな宇宙防衛軍、民間の宇宙船の乗員は絶望に襲われていた。宇宙防衛軍には「御三家」と呼ばれる軍人の名家がいたが、その男たちは勇猛で知られ、地上の人々に知らせることなくセレンの衛星軌道上のバイレットと戦い散っていた。地上の防衛軍と同様、亜光速航行・防衛装備のタルケンシールドを攻撃手段として利用し体当たりを敢行。敵母艦の僚艦一隻を道連れとした。多くの犠牲を払いつつも一矢報いる形となった。
しかし、その支族のリーダー格の一人、イザナワが退役軍人として、セレンの惑星の裏側、攻められている首都から見てもう一方の半球に住んでいた。現役時代には宇宙軍提督であり、退役後も相当な影響力を持っている。かつて指揮していた防衛艦群を招集した。
従軍前の孫の世代、現役軍人の夫人や子供が中心となり、軍艦を動かした。元提督の退役軍人が指示したのは撤退だった。
「何故ですか?納得できません。」
「いや、戦いましょう!」
身内からも反対意は多かった。だが、イザナワは冷静だった。
「我々では太刀打ちできない。敵の兵器に対して我が軍の通常兵器はほとんど効果なく、タルケンシールドを活かしての特攻しかない。皆死んでしまう! 逃げるんだ。」
イザナワたちが乗り込んだ軍艦「ウミサチヒコ」はセレンの防衛軍の旗艦の同型艦。仕様もほとんど同様、DSドライブ(亜空間航行)の性能も高い。逃げれば逃げ切れると考えられた。セレンの衛星軌道上に現れたバイレットの移動速度からはDSドライブの技術はセレンの方が上だと思われたからだ。
そして、ウミサチヒコの近くには民間のフェリー船「ヤマサチヒコ」がいた。惑星セレンと三つの月を結ぶ連絡船だ。イザナワとしては、民間船を護ることも考えなければならない。イザナワはウミサチヒコの乗員を説得しようとし、時間が経つうちに結局追い詰められて逃げるしかなくなった。ウミサチヒコはDSドライブの亜空間の結界にヤマサチヒコを巻き込むようにDSドライブを敢行。民間の連絡船ウミサチヒコを道連れに遠く銀河系を彷徨う逃避行に旅立った。
セレンの惑星上はバイレットに蹂躙され焼野原になった。不思議な事にバイレットはセレン人を捕虜や奴隷にするでもなく、虐殺した。何の感情もないように淡々と殺戮を繰り返し、徹底していた。セレンを根絶やしにすることを目的にしているようだった。セレンの文化財、工業施設なども壊して周った。奪って利用するのは資源のみ。バイレットの旗艦は艦内工廠であらゆる物を生産できる。利用できる資源だけを収容し、やがてセレンから去って行った。
ゲッコー(月光)はライコー(頼光)の原型となった航空宇宙戦闘機。セレンでは唯一バイレットに対抗できる防衛兵器。
兵衛たちセレンの勢力の兵器は、武士や日本神話など和風文化にちなんだネーミング。