第7話 古代の地球
一万二千年前。地球では氷河期が終わり、気候が暖かくなり生態系に変化が見られる。ナウマン像やマストドンのような大きな動物がいなくなり、小さな動物が栄えるように。打製石器から磨製石器へと移行する旧石器時代の終わりから新石器時代の始まりの頃。日本では縄文時代の初期、草創期だ。
かつてアトランティス、ムー、レムリアといった高度な文明を誇る大陸が存在し、この時代に地震や洪水で沈んだという伝説があるが、それは間違いである。大陸が存在したという根拠はない。あったとしても大陸ではなく、島であろう。さらに数万年遡れば、大西洋上に陸地だった部分もあるにはあるようだ。
そして、伝説の文明を持った大陸の代わりと云ってはおかしいが、この時代、地球外生物の来訪があった。その地球外生物を『バイレット』と呼ぶ。天の川銀河の中心近くに生まれ、進化を重ねて、天文学・宇宙生物学上で生命住居可能領域と呼ばれる位置にある天体を巡っていた。銀河系で文明文化を持つ生物を探していたのである。黎明期であるとみれば僅かな痕跡をそこに残し、また別の天体を目指す。
そのバイレットは四つ足の獣が寝そべったような外見の宇宙船を駆り、アフリカ大陸の北東、現在のエジプトに降り立った。この時代のエジプトは湿潤期であり、砂漠ではなく緑に覆われていたため、大袈裟に砂を巻き上げるようなこともなく、無難にフワリと着地した。やっと磨製石器を使うようになり始めた程度の文明の地球人にとっては、当然ながら衝撃的な出来事だった。いや、この当時のエジプトでは、まだ打製石器の旧石器時代の末期だったか。
四つ足の宇宙船は生き物にしては大き過ぎる。表面は毛皮や鱗でもなく、怪しい光沢を放ち、自然界にはおおよそ存在しない直線的な造形をも備えている。当時の地球人類の宗教、信仰がどのようなものかも分からないが、神か悪魔が降臨したとでも思っただろう。
「リヴィアタンはどうだ? 」
「はっ、問題なく稼働中です。水質や海洋生物のデータを送ってきております。すぐに外洋へ出るでしょう。」
リヴィアタンは、ここへ来るまでに北側の海、地中海に投下した海洋兵器。地球の様々なデータを観測、収集している。
「では、ハルピュイアとガルラ。それからセルベロスとウォームも出せ。」
四つ足の獣型の宇宙船『スピンクス』の背中から、次々と航空兵器が飛び立つ。前面の胸が開くと三つ頸の狼と大蛇のような地上兵器も出動していく。
旧石器時代から新石器時代への過渡期の地球人からしたら、とんでもないバケモノだろう。まず大きい。『スピンクス』は全長四キロ。全身が白く、陽光をはね返すと眩しい。『ハルピュイア』と『ガルラ』は半人半鳥。『セルベロス』は頭が三つの金属の獣。『ウォーム』は二本の角が生えた大蛇。
バイレットの兵器群は、地球人たちには大いに畏怖と恐怖を与えた。雷雲に飛び込み突っ切って出てくる、巨木をなぎ倒し、岩を砕き、山に穴を穿って進んで、疲れた様子もない。巨大兵器の常軌を逸した動き。地球人類には遺伝子レベルで危険信号が刻まれた。それだけではなく、バイレット、宇宙人そのものが宇宙船スピンクスの外に出て、直接地球人と接触した。
驚いたことに直立二足歩行で、身長は二メートル弱。皮膚の色は緑だが、着込めば怪しまれずに地球人類と関われないこともない。それなりの違和感、警戒感は持たれたが。
しかし、それは地球人に危害を加えることはなかった。むしろ友好的ですらあった。逃げ出せば後を追うことはない。優れた科学力で言語も理解した。彼らバイレットの目的は調査である。調査内容は多岐にわたるが、地球人の身体的特徴、身体能力、文明の成熟度を調べている。
「天候が不安定のためか、まだ農耕もほとんど行われていないようです。狩猟が中心の生活です。」
「一部の地域では、土器を作ろうとしております。」
「一方では、三万年以上も前に壁画を描いてもいるようです。」
「ふむ。土器に壁画か。面白そうだ。しかし、当然言語もバラバラだな。バイレンはなんと? 」
バイレンとは彼らの宇宙船スピンクスの制御を行う人工知能。バイレットの行動指針そのものをも仕切っている。
「調査はまだ済んでいませんが、今のところ、まだ手を出す必要はない、と。要監察だそうです。」
「そうか。御苦労。」
指揮官らしい大男は玉座から立ち上がり「中央作戦指令室」へと向かう。バイレンと直接話すため。
艦載兵器セルベロスやガルラから送られてくる情報を処理、分析していたバイレンだが、指揮官が入室すると即座に応えた。
「地球人類の言語の分析翻訳がまだ半分ほどしかできていないが、大まかな事は分かった。十万年以上前から火を使ってはいるが、他の動物を追い払うか、灯りとするか、暖を取るか、この用途がほとんどだ。肉を焼くようになってからは、まだそう長くない。やっと土器を作って食糧を煮炊きする者がチラホラと現れたようだ。
気候が安定せず農耕をやっていない狩猟生活という事は、定住せず、蓄えもなく、戦争もない。戦争がなければ文明・技術も発展しないだろう。統一された言語も文字もない。
いずれは、我らの脅威となるかもしれぬが、まだ先の事であろう。気には留めなければならないが、ひとまず一万年くらいは放って置いて良い。」
「では、あとの分析は移動しながらで宜しいのでしょうか?」
「そうだ。やるべきことをやって、次の監察目的の天体へ向けて出発する。資源を回収したら連絡用のユニット数体を残し移動だ。」
「次は第六惑星の衛星でございますね。」
「それも同じようなものだと予想はされているが。確認は必要だ。」
「では、人工冬眠の点検作業を進めます。亜空間航法を使う距離でもありませんので。」
この後、各種艦載兵器や資源を回収したスピンクスは、代わりに別のユニット数体を残し、土星の衛星エンケラドスを目指し飛び去った。木星の衛星イオなども調査の対象となっている。
この時に地球人類が目撃したバイレットの偵察や哨戒を行うスピンクス、ハルピュイアやガルラ、セルベロスにウォーム、リヴィアタンといった獣のような造形を持った兵器群は深く地球人類の記憶に残り、後々に神話などの伝説、空想上の生物として語られていく。スフィンクス、ハーピー、ガルーダ、ケルベロス、ワーム、リバイアサンである。
そして、連絡用に地球上に置いて行かれたユニットは海に巨大魚、地上に巨人、飛行可能な竜、それによく似た姿の水龍。それぞれ同様にバハムート、ギガント、ドラゴン、ガルグイユとなった。一万年以上も経つと、人間の曖昧な記憶と想像力から、ヘルカイト、サイクロプスやらガーゴイルと派生して想像上の生物が増えていくが、全て元は地球を訪れた外宇宙生物バイレットが古代の地球に残した痕跡によるものである。
これらの空想上の生物が伝承、文献や絵画・彫刻などで広まっていくのと同時に地球人類の文明、文化、技術が発展。またある面では退化し、人類は地球を支配する王として振舞うようになった。バイレットに二度目の接触を果たしたときに、人類は己の幼さを思い知ることとなる。