第6話 セレンの末裔
更新が遅くて申し訳ないです。これでも精一杯です。
燈華と賢太郎は自衛隊や米軍に発見されることを警戒して身動きが取れなかった。だが、宇宙からの飛来物についての観測データはしっかりと集めていた。
「ジェイスン、ある程度のデータは取れたかい? 」
「不可解な観測データです。」
全天周モニターの画面の一部を切り替えて飛来物のデータを表示。サーモセンサーの数値が突出していた。
「なんだ? 異常に温度が低い。海水がシャーベットみたいになってるぞ。」
「あの落下物体はほぼ球体。直径千六百ミリメートル前後。」
ジェイスンが補足すると賢太郎は余計に驚いた。思ったよりもずっと小さい。人一人が入れるくらいの大きさだ。
「こんな物がどうして燃え尽きないで落下してきたんだ!? 」
宇宙空間から地球に向かって落下して行く物体は、音速をはるかに超える時速3万km以上に達する。そして、その落下物には落下速度を減速するための落下傘などは付いていない。数千度以上の熱に晒されるはず。特別な熱防御技術があるのだろう。
勿論、組成や密度、突入角と速度などの条件によるが、隕石などは二十から三十メートルほどのサイズの物ならば大気との摩擦熱で地表に辿り着くことなく燃え尽きてしまう。隕鉄ならば五メートルらいの大きさでも落下するだろうが、大抵は彗星の成れの果てのように流星にしかならない。途中爆発すれば火球だ。
この小さな物体は、自らを冷やしながら落下して来たとでもいうのだろうか。それならば、どんな仕組みか? 熱交換なら何処か別のところが高熱になっているはず。セレンの科学技術は地球とは比べ物にならない高度なものだが、クルズも想像を絶するものらしい。超光速通信によって宇宙に上がった兵衛や三爺の情報も共有しているジェイスンだが、クルズについては敵にまわしてはいけないということだけにしか考えが至らない。
「アウトオブデータ。もう少し詳細な情報が必要です。」
クルズの宇宙船ユーモレスクから射出された物が地球の洋上に落下したこと、それを数か国の軍や民間組織が回収したこと、賢太郎と燈華が手を出せずにいたことも兵衛には伝えられたが、兵衛はむしろ好意的に捉えた。
(ふむ。地上でなく洋上に落下させたのか。地上ならば大きな被害が出ていただろうな。洋上ならば、船舶か海底ケーブル等の施設さえなければ問題にはならない。まして彼らのテクノロジーなら、それらを避けるのも簡単だったろう。)
地球に対して害意がないと判断した。バイレットが共通の敵ならば、味方に引き込むほうが良いだろう。兵衛は、まずは、相手の言い分や質問に耳を傾けようと決めた。
クルズの代表の二人、おそらくは男女のうちの一人、女性と思われるスメタナが話し始めた。AIの翻訳を通した声のセレンの言葉で、この艦の艦長だという。そして男性の方を紹介した。艦長は女性だが、この艦に乗る一番身分の高い者はこの男性であるそうだ。
「この天の川銀河は棒渦巻銀河で、直径は10万光年ほど。4本の大きな渦状腕があるが、この地球・太陽系があるのは比較的小さな渦状腕・オリオン腕。我々はクルズと称するが、サジタリウス腕の銀河系の反対側から来ました。いや、逃げて来た、というのが正しい。」
銀河の中心はとんでもなく質量の大きいブラックホールとされているが、それを挟んだ銀河の反対側は、詳細な構造が不明な領域だ。まさに未知との遭遇。
「逃げて来た? 詳細を伺いたい。」
兵衛はテーブル越し身を乗り出して訊こうとした。バイレットから逃げて来たのだとしたら、自分たちと身の上が似ていると思ったのだ。
「先程、戦った相手。『バイレット』と名乗る異星人です。1年前に母星が一方的に攻撃を受けました。おそらく科学技術は互角。ただし戦術面はあちらが上でしょう。痛いところを突いてきます。なんというか、戦い馴れていますね。」
それからは、ジェイム・フラド・ギーバと名乗るクルズ人の男性が話した。クルズは王政で治められる単独民族の惑星で、数回の宇宙戦争を経験したため軍事力・防衛力を持っている。これは他にも宇宙人・高知能の生命体に接触しているという事だが、ここでは問題にしない。ここ百年くらいは概ね平和に過ごしていたが、地球時間で一年前に「バイレット」が侵攻して来た。当然バイレットに対抗して戦ったが敵わない。今頃、母星は滅びているのではないかとの恐れがある。
クルズの王家には、国防のために兵役があり、そのまま軍の幹部に成る者も多い。この駆逐艦『ユーモレスク』にも4名の王族が乗り込んでおり、哨戒任務のために外宇宙にいた『ユーモレスク』はクルズ星系を離れるよう命令を受けた。
クルズとバイレットは科学技術は同レベルだとはいえ、バラつきはある。超光速航行DSドライブ(亜空間飛行)に関してはクルズが優れているとの検証結果があった。
そこで、過去に宇宙戦争をしたかつての敵の天体にバイレットの存在を知らせに行った。
クルズに地球との間には関係性はなかったが、コンピューターの予想ではバイレットの今後の移動コースの上に地球があった。
バイレットの先遣部隊が追い着き、先程の戦闘になったことは想定外だったが、過去にクルズと戦争をした天体を廻っていたユーモレスクに対して、それを無視し、真っ直ぐに地球に向かってきたことも考えられる。ただ、DSドライブ中にDS(亜空間)での戦闘・DSファイトにならなかった事は幸いだった。DSファイトで艦体に大きなダメージを負うと通常空間に戻れなくなる可能性がある。宇宙の藻屑だ。
「そこで、我々から地球人に大事なメッセージがあります。地球人の代表の方に会わせていただきたいのです。」
兵衛は驚いた。話が本当ならば、自分たち『セレン』の敵、『バイレット』は彼ら『クルズ』にとっても敵だ。母星を一方的に攻められ、今は滅ぼされているかもしれない。命令を受け、仲間を見捨てるようにして、未知の銀河の反対側に旅して来た。シンパシー、同情すらも感じる。しかし、兵衛も一族の命運を預かる長老。AIジェイスンに助言を求めた。
兵衛の宇宙服やポケットの中のガジェットは絶えず作動して、様々な情報を拾っている。ジェイスンは、ひとまずセレンの常識・価値観であるとの前置きをしつつ応えた。
「相手の心音や体温などをモニターしていますが、ポリグラフの数値には異常ありません。嘘をついているとは考えにくい。」
「スメタナ艦長、艦載機を帰艦させましょう。ドヴォルザークは警戒されています。信頼していただくためには、やるべきことをやらなければ。」
「艦載機、あのヒト型と輸送機らしい大型機が動き始めました。」ジェイスンが兵衛に伝えた。
「長さん、奴さんが動く。」
「いや、引き返していくんじゃないかしら。こっちとは戦う気ないみたい。」
「ああ、油断だけはしねえようにな。」
ライコーの三人の高齢者が身構えるものの、スヴァルガンも2機のドヴォルザークもユーモレスクに引き返して行った。ライコーにも武装や防御のためのタルケンシールドがある。最悪の場合でも、自分が死ぬだけだと腹を括った兵衛は、クルズはある程度信用できるものとして、こちらの情報を与えても大丈夫。いや、共通の敵であるバイレットと戦うための戦力として味方に付けようと考えた。
「地球人は一枚岩ではなく、纏まりがありません。二百二十もの国家があり、とくに大国は密に覇権を争っています。私も一つの勢力、一族の長に過ぎません。しかも、実は私たちは純粋な地球人ではない。
ジェイスン、セレン語で訳せ。」
暫くしてジェイム・フラド・ギーバから返答があった。半分興奮した様子で。
「やはり! あなたたちはセレンの末裔なのですね。ならば、想像できるはずだ!
あなたたち同様、我々もバイレットに母星に攻め込まれた。そして次は、この地球だ。」
「何故、セレンがバイレットに攻められたことを知っている? そして、次は,この地球だとは?」
また暫しの沈黙があって、ジェイムが答えた。今度は言葉を選びながら答えているようだ。
「我らの母星は数回の宇宙戦争を経験しているが、直近では約500年前。そのときに二つの勢力の間に立ち仲介して終戦に導いてくれた異星人がいるのです。」
「500年前ですと!? 」
兵衛は考え込んでしまった。これはセレンの、自分たちの先祖かどうかは分からない。直接の先祖ではなくとも、同胞か? それならば辻褄が合う。兵衛たちセレン人の一族の先祖が地球に来たのは、丁度その頃だ。
「我々がセレン語を学ぶ機会となりました。」
「そ、そのセレン人は、その後どうなりましたでしょうか? 」
「分かりません。DSドライブを使って去ったそうです。行先は不明です。」
「それは私たちではありません。同胞かもしれませんが。」
「どちらにしろ、セレン人に出会えたのは、幸いです。500年前の礼を述べるチャンスですから。」
「いえいえ、それには及びません。我々の直接の先祖ではないでしょうからな。それで、バイレットに攻め込まれた貴方方の母星はどうなっているのでしょうか? 」
「いや、それは・・・。」
ジェイムとスメタナの表情がくもった。兵衛も気まずくなった。
次回は、過去、というか、背景についての話にする予定。