第5話 狂気
兵衛と与志江は宇宙服を着込んで『エンマテン』に移動していた。「エンマテン」は「カンギテン」に並ぶ彼ら「セレン」の主戦力。先祖から受け継ぎ改良を重ねてきた万能宇宙船。カンギテンが司令船としての面が強く、サーバーとして情報処理に優れるが、エンマテンは天体の調査や他の宇宙船の支援機能などを重視している。このエンマテンで宇宙に上がろうというのである。
予備の「ライコー」を駆り、兵衛単独で宇宙へということも考えたが、三爺の3機のライコーで集められない「クルズ」の情報を掴むのを期待して観測機器の優れたエンマテンの出番となった。
「クルズ」が「バイレット」を「敵」と呼び、実際の戦闘で、共通の敵であることが判明したが、それだけではクルズが味方だとも言えない。確かめる必要がある。だが、クルズが大きな軍事力を持っているのは、どう考えれば良いか。現在戦争をしているのでもなければ過剰な戦力だ。そこで兵衛が単独で乗り込むことを決意した。最悪のケースを想定しても、死ぬのは兵衛一人で良い。いざとなれば三爺のライコーはそのまま交戦するが。
AIジェイスンの手助けで与志江が操艦し、エンマテンをユーモレスクに接舷。セレンとクルズが互いに生存・活動ができる大気のデータ等をやり取り。念のため宇宙服を着たままでユーモレスク内で会談することとなった。
セレンの長老である兵衛と、クルズの代表であるジェイム・フラド・ギーバとユーモレスク艦長の女性、スメタナ。ベタではあるが、兵衛は宇宙人と言えばタコのような外見をしたものと思い込んでいたため、まずはチューブ状の艀を渡って見た宇宙人の姿が二本脚の直立歩行であることに安堵した。それはクルズ側にもそうなのだが。
(なんだ。ビビッて損したわい。地球人と大してかわらんなあ。)
クルズの二人は、姿を見せたかと思えば、すぐにヘルメットのフェイスガードを上げた。頭部の中央に目鼻口があり、しかも男女であり、笑顔のような表情に思える。よく観察すると欧米人にそっくりだ。身の丈も兵衛より十センチほど高い。そしてスピーカー越しに『声』を発した。勿論何を話しているのか分からない。数秒のズレを起こしながらも完璧な発音、しかしながら抑揚のない発声でAIの翻訳が入る。
「お会いできて光栄です。」
セレンの言語だった。AIだとはいえ、セレン語を操るのは、兵衛の勢力の先祖たちと接点があったという事だ。兵衛たちセレン人が地球に来たのは約五百年前。ハッとして挨拶を返す。
「こちらこそ。会談の機会をいただき感謝します。私は、あれらの航空宇宙機を操る一族の長老で三好兵衛。残念ながら、地球の代表という訳ではありませんが、それなりの知識・情報は持っております。」
これからは腹の探り合いだ。兵衛は自分たちと地球の情報は与えずに、クルズを追い返す方法を必死に考えていた。
東北地方にいる燈華と賢太郎は、メカニカルビースト・ギギャントの残骸を回収し、祖母・桜子の待つカンギテンに運び込んだが、すぐにまた出動して行った。そのすぐ後、母・与志江も兵衛とともにエンマテンで出動したのだが。ユーモレスクが射出した小さな物体の幾つか、地球の洋上に降り注いだ物を調査するため。地上ではなく洋上に降下したせいで地球側に大した被害は出ていないが、見つけにくい。海底に沈んだ物もあるだろう。
この降下物体については、世界各国の軍や宇宙開発機関、気象観測機関でも、ある程度の情報を掌握した。各国の空軍・海軍や航空自衛隊のスクランブルを促し、それが燈華と賢太郎の活動を難しくしていた。地球人類に秘密裏に暮らしている彼らセレン人は表立っては活動したがらない。
「燈華、タルケンシールドの出力を上げろ。海に潜るぞ。」
「なーるほど。ブツの回収をするだけじゃなく身を隠すのね。さすが兄貴。」
タルケンシールドは、元々彼らセレン人の宇宙での高速航行のための技術。宇宙では真空と思われるかもしれないが、実際には、ガスや宇宙塵がある。高速航行でそれらが宇宙船に衝突したら、とんでもない事になる。宇宙船のボディを護るため、または衝突を避けるために考え出された。タルケンという暗黒物質をエネルギーとして宇宙船の前方から、スッポリと円錐状の幕に包んでしまう。この膜に当たった宇宙塵はタルケンにより消し飛ばされるし、衝撃も受け流される。そして、燈華が「身を隠す」というのは、タルケンシールドには、様々な電磁波を操りステルス性能を上げるという特徴も併せ持つからだ。ただでさえ海中なら視界が悪くレーダーも利かず、磁気やソナーによる音響の探索にならざるを得ない。航空宇宙機『ライコー』の性能からも分かるが、セレン人の技術は地球人類には未知のオーバーテクノロジーだ。海中の機体は、モノノフでもソルバルウでも見つかるまい。
「深度は三百メートルでいいだろう。」
「もし見つかったら、なまじ深く潜ってても騒ぎになっちゃうよねえ。」
「まあ、僕たちの影も見えないだろう。あとはソルバルウの静寂性を信じよう。」
「近くに軍の潜水艦や対潜哨戒機がいないといいねえ。」
「各国ともブツを調べに集まって来るぞ。早めに用事を済ませてズラかろう。」
続いて警報音。AIジェイスンの合成音声が響いた。
「三沢基地から航空自衛隊のF-35Aが飛来。RQ-4C無人偵察機トライトンも。こちらは米軍機でしょう。予想より行動が早い。もっと深度をとって、やり過ごしましょう。」
「いや、急がないとブツを回収できないぞ。」
「他国の戦闘機が来れば、そのターゲットごと攻撃される事もありえます。」
「兄貴、どこの国でも、さすがに地球人とは遣り合えない。ここは撤退しよう。」
「むう、いつもイケイケの燈華にまで言われたらなあ。立つ瀬がないなあ。」
賢太郎はそのクルズの降下物体をなんとしても回収したかった。さすがにどの国や勢力も、宇宙から飛来した訳の分からぬ物体をすぐさま回収するはずもなく、まずは水中聴音または反響定位のためのソナー装置・ソノブイを投下したりする。しかし、その分だけ賢太郎と燈華は動きにくくなり、海中でのデータ観測の活動が制限された。だが、海上自衛隊の掃海艦が回収。他の海域に着水した物も多くは各国の軍、民間の手に渡った。
まずは一つでも太平洋上の目標物を回収できたことに、日本の政府、防衛省は安堵した。
領土のわりに領海が広い島国の日本は海上自衛隊、海上保安庁でもカバーしきれない。一つでも目標を確保したことは僥倖だった。日本の総理大臣平松伸三は落ち着き払ったフリをして言った。
「まずは、よく目標を確保したと褒めておきましょう。」
海上保安庁の巡視船で目標を包囲し、海上自衛隊の護衛艦と掃海艦で回収した。日本の領海内でアメリカ軍も手を出せなかった。
「どうだ? 幾つ回収できた? 」
「ハワイ沖に着水した一つです、大統領。」
「たった一つだと? どうなっているんだ? 偉大なる合衆国軍が、嘆かわしい! 」
「今や合衆国ではありませんよ、大統領。」
「あのブツを回収したパールハーバー・ヒッカム統合基地のあるハワイ州だって、支持率が落ちてるんですから。独立の機運さえあります。」
「うるさい! 君たちは罷免されたいのかね!? 」
癇癪持ちの米州連立国のスタンプ大統領が怒鳴り散らす。周囲は辟易としている。
国土が広く人口も多いかつての大国が、この近未来の地球では悉くかつての信用を失っている。外交や貿易が縮小し、科学は進歩しても、重工業など部品の流通が滞り、地球全体の文明レベルはむしろ後退していた。今や文化や経済の中心地はアメリカやEU、BRICSでもなく、カナダ、ドイツ、日本になっていた。大国の首脳が自らの利益やプライドばかりを優先したためだ。その最右翼が、このスタンプ大統領。南米大陸でもユーラシアでも同様の事が起きており、独立国が増え地球上に国の数は二百二十を数えるようになっていた。
ただ、それでも軍事力、宇宙開発の分野でアメリカが優位なのは相変わらずであり、その優位を保つためにも宇宙からもたらされた物は独占したかった。同盟国であっても譲れなかった。宇宙からの新しい技術や素材など資源があれば、再びアメリカを偉大にできるとの目論見があった。
「降り注いだ降下物体の数は幾つだ? 他国に奪われた目標を取り返せ! 理由は後からこじ付けても良い。統合参謀本部議長、何か考えたまえ。今すぐだ! 」
もはや戦争を起こすことも躊躇しない狂人の類である。そして、その大統領を支持する国民がいることが本当の狂気であろう。