第4話 異星人の技術
カンギテンからの攻撃命令に長介は焦った。まったくの想定外。
「おいおい、ジェイスン! いきなり攻撃しろとはどういう事なんだ?」
「あれはバイレットです。バイレットの先遣部隊。私たちセレンも、地球人類としても、探られる前に撃墜して少しでも時間稼ぎをするべきでしょう。ヤマサチヒコの同胞にも警報を出しています。」
太平洋、神奈川県沖の海底のカンギテンの内部でも上や下への大騒ぎだった。兵衛、桜子の老夫婦とその娘の与志江と人工知能のジェイスンだけだったが。
「あらあら。どうしましょ。宇宙人と交信するには、外に出てみんなで手を繋いで輪っかにならないといけないかしら。」
「ばっかもーん! ばあさん。矢追純一みたいなこと言ってどうするか!? 真面目にやらんと。」
「でも、いきなり攻撃なんて過激じゃあないですか? わたしたちだって先祖は宇宙人でしょう。宇宙人同士仲良くしないと。」
老夫婦のボケとツッコミに人工知能ジェイスンが注意を促す。
「あれはバイレットです。敵以外の何物でもありません。攻撃です。『ライコー』の兵器としてのパフォーマンスを試す絶好の機会でもあります。」
宇宙空間の3機のライコーでも三爺が揉めている。ヘルメット内のスピーカーからの同僚からの大声はイライラするものだ。
「梅雀さん、ジェイスンの言い分は分かった。だけどな、目の前の未確認のエイリアンクラフト」もまだ信用できるかどうか。ひとまず、観測と交渉を続けてくれ。」
「長さん、バイレットならアタシが攻撃しよう。ここで指揮官の長さんはドッシリ構えてないとねえ。長さんと梅雀さんは離れてデータ取っといてちょうだい。」
「一徳さん、ちょい待った。俺は、責任を持ってデータを収集するよ。すでに『クルズ』っていう異星人には『了解、健闘を祈る。』って返事を送った。『クルズ』とバイレットで戦ってもらおうよ。バイレットが勝てば、俺たちがバイレットと戦えばいいんだからね。」
「梅雀さん、わかったよ。『クルズ』という宇宙人を利用するようで、心苦しいが、それが一番良さそうだ。梅雀さんは俺のライコーの真後ろについてくれ。『クルズ』が負けるようなら一徳さんに攻撃してもらう。当然、俺もやる。」
一徳のライコーは逆三角形の編隊から外れ、距離をとった。もしバイレットを攻撃するならば、長介と一緒に十字砲火、二方向の砲火器の火線で交差できる位置に移動した。
バイレットとは兵衛らの勢力『セレン』にとっては敵。『クルズ』にとっても同様。では、何なのだろうか? そしてDSドライブによって地球圏に現れた目的とは?
こうして、クルズとバイレットが交戦した。ユーモレスクがジグザグの航行し弾幕を張る。縦にも横にも目まぐるしく動き、敵をかく乱すると、後部の格納庫からもう一体のドヴォルザークを発進させた。操縦するのは通信士マルタの兄、シレン。操縦技術はアークに及ばないものの、有事の判断力の高さと度胸には定評がある。暫くは、ユーモレスクの背後に隠れ、だまし討ち、奇襲を狙うようである。
一方でアークの戦闘は大胆であった。ドヴォルザークのスペックを完全に把握し、敵が撃ちまくる砲撃をサラリと躱しながら距離を詰めていく。対空砲が有効になるかどうかの微妙な位置で止まり、姿勢制御。ヒト型のドヴォルザークに上半身を起こし、両腕を前に突き出す。
「あのヒト型、かなり運動性能が高い。俺達のモノノフと同格。モノノフよりもでかいのにな。」
長介は目を見張る。推力が大きいばかりではなく、高度な情報処理をしているようだ。モノノフ、特に一式では企画開発の段階で、長介がかなり積極的に意見を出している。
両腕、拳を握った形でバイレットに向けたアークのドヴォルザークは、背中の推進器のノズルから青い炎を一瞬だけ噴射しながら、両腕の肘から先を飛ばした。本体から離れた腕がロケット砲のように加速してバイレットの先遣部隊につっこんでいく。
「うおおっ! ロケットパンチだ! 実用化してやがる! こんな物が見られるとは。長生きしてみるもんだなあ。子供の頃にアニメで見て憧れて、でも、本当にできるとは思わなかったよ。」
「アタシも初めて見たよ。でも長さん、感心してる場合でもないじゃない。加勢してやろうよ。随分パワフルだけど、大雑把な兵器みたいだよー。」
一徳は冷静に分析しているようだ。彼の指はミサイルを発射するための引き金に掛かっている。
「いや、そうでもないぞ。」
ドヴォルザークのロケットパンチは細かく軌道修正しながら、右手は真っ直ぐに艦橋と思われる部分に、左手は側面から後部の推進器を狙い突撃する。そして見事ターゲットを貫いた。空気のない宇宙では火や爆発は起きてもすぐに消えてしまう。とはいえ、無重力だから、炎は球形に広く散る。派手な花火を打ち上げて、まったくの無傷の両腕がドヴォルザーク本体に戻っていく。キッチリと姿勢制御されたロケットパンチが上腕部とドッキングして元通りになった。
勝負あったかと思われたが、バイレットの先遣部隊の高速艇は砲塔を回頭しビーム砲を撃って来た。それと同時に艦体側面から偵察ユニットを数体打ち出した。微弱な電磁波を発信している。なんらかの通信だろう。艦橋を潰しても中央集中のシステムではなく、それぞれのパーツで独立して動くようだ。敵も転んでもただでは起きない。
しかし、アークは余裕を持って、バイレットのビーム砲の砲撃を躱した。シレンは同時にユーモレスクの影から飛び出し、ドヴォルザークの一番火力の大きな武器、胸部の熱戦砲を発射。それは強大なエネルギーを集中させて超高熱を出す暗黒物質放射兵器。飛散範囲を絞ったり広い面を撃破したりと応用が利く。大型の艦船などを処分するにも有効。艦橋や推進器といった心臓部を失ったバイレットの高速艇を始末するには最適だろう。「敵」は蒸発してガスになり四散した。
ユーモレスク、長介と一徳のライコーは、バイレットの高速艇が放った偵察ユニットを追い、大半を撃破した。一部撃ち漏らした物もフブキとトーウの多目的輸送機スヴァルガンが後始末した。
「長さん、あの偵察機みたいなヤツ、どれだけの情報を掴んで、発信したのかしら?」
「わからんなあ。破片を回収して分析しようか。」
長介が言わないうちに一徳は、バイレットの偵察ユニットのパーツ回収に取り掛かっているが、梅雀は太平洋の兵衛と話し込む。
「兵衛さん、とんでもない科学力だ。あの『クルズ』ってえ異星人。うちらの常識が通じない。」
「どうしたんだ、梅雀さん? 声が上ずっておるぞ。」
「データを送るから見ておくれよ。サーモセンサーの結果をよ。」
「ふむ。故障か?」
「いや、長さんと一徳さんのセンサーのデータも調べてるが、同様ですよ。」
「おかしなデータだ。あとで賢太郎や渓介にも相談してみよう。」
実のところ、このセンサーの観測データよりも『クルズ』との交渉、彼らの言うメッセージの事が気になっていた。異星人との接触、バイレットの襲来、メカニカルビーストやバイレット先遣部隊との戦闘など頭の痛い問題が山積みだ。兵衛にとって参謀となる『セレン』の幹部たちが側にいない。賢太郎は東北の現場。ジェイスンは知識の宝庫だが、所詮AI。結局のところ、判断は兵衛自身が行わなければならない。
「『クルズ』との交渉の機会を持とう。とりあえず、害意はなさそうで、バイレットは共通の敵らしい。俺は、これから宇宙へ上がる。蒼太朗やテミルにも非常事態だと知らせるんだ。」
兵衛は、拳を握りしめ、深呼吸をして汗を拭った。手が震えている。