第14話 布石
クルズのリーダーであるジェイム・フラド・ギーバとその秘書官クロウ・ライドルが地球の大地に立った。乾いた風が暑かった。
スチュワート基地の治安部隊が小銃を構えてぐるりと取り囲むが、クルズの二人は意に返さない。手も挙げない。むしろ治安部隊のほうがジリジリと気圧されている。立ちあがったバトーとカリウスが治安部隊員の兵の背中を蹴り飛ばし、前に出た。前につんのめった兵は転び、バトーとカリウスは吐き捨てる。
「よくも上官を突き飛ばしてくれたな。顔は憶えたぞ。」
「禿の命令だからといって調子に乗るな。」
そして、輪になった国連軍の兵の真ん中に進み出て、握手するために手を伸ばした。クルズの代表の二人は即座に理解したようで、手を握り返す。バトーとジェイム、カリウスとクロウが言葉にならない挨拶をした。
「我々は宇宙人だ。」
ジェイムの第一声だ。あまりにもベタなので、バトーは笑いそうになりながら、胡麻化すために握手している右手を上下に振り、左手を添えた。
「銀河の中心の向こう側から来ました。」
この後はAIが翻訳しての人工的な音声だ。
「単刀直入に言います。地球は狙われている。我々とは別の宇宙人『バイレット』が地球を攻撃するために移動しているのです。地球人は対抗措置を講じなければいけないでしょう。これを知らせに来ました。」
感情のこもらない、けれど明瞭な英語だ。
「我々の言語を理解しているのですか?」
「まだまだ不完全です。できるだけシンプルに話します。多少の誤解があるでしょうが、ご容赦ください。」
バトーは驚いたが、思ったより紳士的な宇宙人だという印象を受けた。そして、お互いの簡単な自己紹介をし、バスケットボールのアリーナなどの体育館を兼ねた講堂に招いた。中央の長テーブルにクルズの二人を着席させたが、周りの観客席にいる国連職員は全員銃を携行している。とくにバスケットゴールの高さにあるキャットウォークなどに待ち構える軍人は、あからさまに小銃を所持し、いつでも撃てるとプレッシャーを与える素振りだ。
基地司令のデラーズ大佐が挨拶の後、着席すると、早速ジェイムが先制パンチを放った。ジェイムとしては、地球がどうなろうとも構わない。バイレットを討伐することが第一の目的だ。
「我々を殺しても無駄ですよ。殺しても地球を狙うバイレットという異星人は止まりません。我々からの情報を失うのは、貴方方にはデメリットでしかありませんからね。」
デラーズは小さく舌打ちをし、キャットウォークで取り囲む兵たちに銃を下ろすように命じた。クロウの伊達眼鏡に仕掛けられたカメラ、マイクでの映像を観ていたユーモレスクの乗組員も、ドヴォルザークのコックピットにいた、アークとシレンも胸をなでおろしていた。
「では、貴方方は何者なのか?そして、そのバイレットという異星人についても尋ねたい。」
「我々は『クルズ』という。いて座の方向に5万光年ほど離れた星系の宇宙人だ。地球時間で約一年前のことだが、我らの星をまた別の異星人に攻められた。その異星人とはバイレットだ。
宇宙巡視艇ユーモレスクで外宇宙に出ていた我々には、軍の司令部から、撤退し他の星系にバイレットの存在を知らせに行くようにとの命令がくだった。バイレットの目的は外交でも侵略でもなく、あらゆる文明を滅ぼすことのようだ。おそらく我々クルズの母星は今頃滅ぼされているだろう。コンピューターの解析の結果、次の目的地はこの地球であることが予想された。バイレットはとても恐ろしい。逃げるか戦うか、だ。」
デラーズには絵空事だ。何を言っているのか理解できない。バトーは、このままではいけないと思い、盛んに会話に割り込んだ。国連事務総長ジョン・ボビーがスチュワート基地に移動中であるとの報を聞き、そのドイツ系のポルトガル人が到着するまでの時間稼ぎに徹した。
さて、月の裏側にもセレン人が暮らしている。月の地下の洞窟に、すり鉢状の円錐の人工的な大地を造り、それを回転させることで重力を増し、地下の円錐の内側に、地球ほどではないにしてもそれなりに快適に生活していた。なぜ月面に住むのかといえば、月の鉱物資源を利用し兵器開発と生産。そして、邪魔になる大気のない環境での銀河の隅々までの光学、その他の手段での宇宙観測。
クルズのユーモレスクとバイレットの先遣部隊が現われたとき、たまたま月の位置が遠かったことなどで出番がなく、地球から長介たち三爺が出撃となった。月の位置が悪かったというが、ほかにも都合の悪いことがあった。月の基地から引っ越し、火星に新しい基地を築こうとしていたのだった。アルテミス計画の影響だ。アメリカNASA主導で、地球人類がアポロ計画依頼半世紀ぶりに月を目指そうという宇宙飛行企画であるが、世界的に宇宙開発の活動を刺激した。もっともアルテミス計画は、火星探査の足掛かりとしての月面拠点の整備が計画されている。しかし、セレンのAIジェイスンの予想では、地球人類が火星に進出するのは、さらに半世紀も後のことである。とはいえ、月を無人機で一周するのは、人類はもう成し遂げている。この数年のうちには、月の裏側のセレンの基地も発見されてしまうかもしれない。
しかし、バイレットが地球近くに現れれば、当然月に住むセレンたちにとっても一大事だ。バイレットを討つと息巻く者、それよりも地球と地球人を護ると主張する者。どちらにしてもバイレットと戦うという意見が多くあがった。
「兄さん、此処に留まって一つでも多くの兵器を生産すべきなんじゃないか?」
「極論では、そうだ。でも地球人には渡せない技術も多い。まだ地球人には早すぎる。危険なモノだ。」
「じゃあ、月面の撤退は?」
「平行して同時進行だ。月基地に何かあった場合、火星にもバックアップが欲しい。手分けしよう。人員の配置は検討する。これから忙しくなるぞ。今生産している無人機の工場ラインは、このまま稼働させよう。」
月の地下基地の責任者は正義と勝利の兄弟。31歳と29歳。まだ若いが優秀なために責任者を任された。正義は基地の統括責任者。勝利は技術者のリーダー。燈華と賢太郎にとってはちょっと年の離れたいとこである。似た者同士で、とくに賢太郎曾良と仲が良い。モノノフが性能を発揮できるのは、月基地のスタッフの努力によるところが大きい。
月の基地内でも、当然情報の共有はされる。そのためのAIやネットワークシステムだ。地球の裏側、月の遠い位置でクルズなる異星人とバイレットが戦闘をしたことが知らされ、騒ぎになっている。
「ブリーフィングだ。幹部級は集まってくれ。」
正義が月面基地の各部門の責任者を集めると技術者たちが口々に意見を述べた。彼らはセレン人の中でも御三家の子孫が多い。いわば軍人の誉れである。現在の主戦力であるヒト型機動兵器モノノフ等の開発に関わり、研究・改良を重ねて来た。縁の下の力持ちだとの自負がある。当然それぞれの考えを持っていた。
「俺達も戦おう。」
「ジコクテンで出撃しましょう。」
「月面基地には『タヂカラオ』があります。」
月面基地はセレンの兵器工廠だ。これまでに造った兵器の名前をあげて参戦すべきとの声が多かった。それを正義と勝利で説得した。
「いや、戦いそのものは、御三家の直系の同胞に任せよう。彼らは戦のオーソリティだ。俺達分家は、別にやるべきことがある。」
「月面基地の後方支援がなければ、本家のファミリーも戦えない。この基地の存続が俺達の戦争だ。」
こうして正義は月面基地のエンジニアたちを宥めるのだった。ただ、技術者たちは自分たちの開発してきた兵器群に、それだけの自信と誇りをもっていた。
まさよし と かつとし 兄弟の名前は、もちろん 正義は勝つ。




