ミード家二代目ギー公は諸国漫遊をしたことでも知られている
俺が腕組みをしてあれこれと考えていると、アイが口を開いた。
「ご相続の意味を考えていると思いますが、意味はちゃんとございますよ」
さすが魔法学校の最年少首席卒業者。俺が考えていることぐらいちゃんとお見通しらしい。
「今、魔界で一番問題になっていることを、なんだと思し召しますか?」
「そりゃ勇者を称する人間どもの侵攻だろう。兄上もそいつらに討たれたわけだし」
「魔界侵攻を煽っているものがおります」
「そうかー、やっぱりいるか」
「見当がついておられましたか?」
思い当たるのは……やっぱりあのおっさんだよな。
「この千年ぐらい、あの方は神への信仰というのを人間どもに説いて回っているようです。そのための組織も作られました」
「本当の神への信仰と、あのおっさん自身への服従をごっちゃにしているよな。きっと」
「御意」
そうなるとアレだ。「俺あいつら嫌いだからお前らあいつらをボコして来い」って言われると、そのとおりにしちゃう人間って出てくるよな。
「ここ数百年の間に、あの方は自分への信仰を集めるために、教会という組織を作りました」
「それは初耳だ」
悪魔の寿命は人間に比べれば長いので、どうしても数百年前程度の情報には疎くなる。
俺はまだ三十で、悪魔としては生まれたてのようなものだが、悪魔である以上そこらの感覚は千年生きた連中とほぼ一緒だ。
「で、その教会というのが?」
「恐ろしく過激なのです。神の敵は滅ぶべし慈悲はない、と」
あんまり付き合いたくない連中だ。
「最初の頃は、あの方の信仰を受け入れない同族の人間を殺し回っていたのですが、そのうち『悪魔を倒せ』となりまして」
「その尖兵になっているのが『勇者』というわけか」
俺はそれまで勇者なるものは野盗の一種かなと思っていた。なんかゆく先々で他人の家の押入れを漁っているとかいうので。
「でも所詮は人間。能力的に悪魔に勝てるとは思えないが」
「実際に兄上様が討たれておりますよ」
だよな。だとすると人間は悪魔に対抗できるなんらかの兵器を神’から得ているということになる。
「人間が神’から得た兵器の最たるものが、ブラックドラゴンです」
俺の思考を先読みする形で、アイが口を開いた。
ドラゴンかー、そいつは厄介だな。でも何で黒? 神’や天使はやたら白を好んでいたはずだが。
「さらに聖剣、聖なるワンド、聖鎧などの身に付ける系統の武器も豊富に受け取っているそうで」
聖なんとか系の武器がどういうものかは、具体的にはわからない。だが兄上が敗北したぐらいだからかなり凄い威力を持っているんだろう。
「わたくしが愚考いたしますに、これらに対抗して勇者どもの侵略を撃退し、魔界に再び平和をもたらせる大悪魔は、ナリャーキ様しかおられない、と」
「ちょっと買いかぶり過ぎだな」
「わたくしだけでなく、わたくしの同志たちも、皆そう申しております」
アイの同志ってあれだろ。能力あるけど身分的には低い連中だろ。
ミード家二代目のギー公は、学問熱心な悪魔だった。
ミード公家立魔法学院というのを作ったのは、この方だ。
この方があまりに教育に対して熱心だったので、その後ミード家では出身身分が低くても、優秀な成績で魔法学院を卒業すれば、重職に取り立てられるようになった。
もっとも、あまりに教育関係に予算を回しすぎたので、その後ミード家はめちゃくちゃ貧乏になったという。
俺としては恨んでいいのか褒め称えていいのかちょっと困るご先祖様だ。
それはともかく、今の俺の状況を整理してみよう。
公爵家の門閥派の重臣は、魔王宗家から養子をもらってきて公爵家の跡継ぎにさせようとしている。
それに対抗する魔法学院関係の身分は低いが有能な連中が、俺を押し立てて公爵家を継がせようとしている。
うーん。俺としては中立を保ってスローライフを継続する、というのが第一希望なんだが、この構図だとそれって難しそうだよね。
門閥派に接近しても、「やつが生きている限り新公爵の地位は安泰ではない」とか言い出して刺客とか送られそうだな。
いかん。詰んでいる。