魔王宗家のお世継ぎ事情
実を言うと魔王宗家は、七代目で一度断絶しているのだ。
そこで魔王宗家の重臣たちは、三大公爵家の当主から新しい宗家当主を選んだ。
三大公爵家というのは、魔王の始祖の下の方の三人の息子を祖とする。
魔王の地位を継承した三男以外は追放されたり戦死したり魔王自身から死を命じられたりで全滅してしまったという。
というわけで下から三番目のヴァーリを祖とする家、下から二番目のギジューを祖とする家、末っ子のミードを祖とする家が公爵家として成立した。このミードが俺のご先祖様ね。
さて、七代目の魔王が死んだ後、俺の六代前のじいさん、つまり三代目ミード公も後継候補になったんだが、最終的に高齢だという理由で魔王にはなれなかったそうだ。
この時魔王の座を射止めたギジュー家出身の八代目は、下級悪魔を母として生まれ、幼い頃は庶民と変わらない環境で育てられた。
そのためか、恐ろしく健康であったそうだ。
この魔王はとんでもないブス専でもあり、下級魔族の醜女にばかり手を出していた。
ひ弱なお嬢様たちには目もくれなかったから、虚弱児が生まれる可能性は低かったのだが……。
結果的に生まれた子は大部分が虚弱児だった。
身体が頑丈な子もいるにはいたが、そちらは残らず頭の方が残念だった。
八代魔王は、老境に入るに至ってこれはまずいと思ったらしい。
そこで自分の後を継がせた九代目の魔王(この人は頭が残念だった)の弟のうち三人を、デーモンロードという地位につけた。
一般にはこれは三卿と呼ばれている。
しかしこの三卿の家には、魔王本家以上に虚弱な子ばかりが生まれ、本家当主の予備を出すどころか、自家の存続さえ危ういという状態になった。
次の十代目の魔王も虚弱体質だったのだが、十二代、つまり先代の魔王だけちょっと違った。
この魔王は魔王としての能力において優れていたわけではない。頭はかなり残念だった。だが、子作りの能力だけはずば抜けていたのだ。
上級・下級を問わず女と見れば片っ端から自分の後宮に入れ、呆れるほどの子を産ませた。その数は数百人だという。
その子たちは魔王宗家の伝統(ここまで来ると呪いと言い換えた方がいいか)に則ってその大部分が虚弱体質で、成人できた子は全体の三割程度しかいなかった。
でも母数が母数なので、百数十人は生き残ったのだ。
これが魔王宗家の重臣たちの新たな頭痛の種になった。
格下の三大公爵家の場合、跡継ぎの嫡子以外は俺のように部屋住みということで小さな家を与えて嫁も与えず飼い殺しにすればいい。
運良く他の魔界貴族の家に養子に出せればいいな、程度のノリだ。
ちなみに部屋住みは部屋住みである限り継承権が発生する嫡子を持つことは許されない。だから「正妻」と娶ることはできないが、側室なら一人二人程度いいよ、となっている。
側室持ってもその分の手当は出ないけどね、と。
だが魔王宗家の場合、部屋住みの飼い殺しでも一城ぐらいは与えなければならない。嫁や婿を娶った場合の手当も必要だ。何十人も子がいれば、その費用は莫大になる。
なので魔王本家重臣たちは、魔王の子たちを魔界貴族家に積極的に養子に出す戦略に出た。
魔王の子であるから、伯爵家級は相手にならない。だいたいが侯爵以上となる。
そういう状況であるから、当主が実子なくして戦死してしまった三大公爵家などというのは、格好のターゲットなのだ。
魔王宗家から養子を迎えた場合、支度金という名目でかなりの財産が受け入れ先に譲渡される。
魔王宗家の重臣からすれば、城を築いて魔王のお子様を一生養うよりは安いので、比較的気前よく出してくれる。
受け入れ先の家臣にとって、この支度金はかなり魅力的なのだ。
特に俺の家は三大公爵家の一つでありながら貧乏なので、重臣の大部分がこの魅力に抗しがたくなるのはまあ当然のことだろう。
ただ少数ではあるが、俺の家にも能力のある家臣はいる。
支度金バンザイ養子様バンザイ、と考えている家臣は、比較的家格の高い連中だ。
要するに名門のお坊ちゃんお嬢ちゃんで、苦労というものを知らないから学はあっても実務能力に乏しい。
だから支度金に飛びついてしまうのだ。
少数の能力ある家臣には、これが面白くない。
彼らは実務的な能力に秀でているので、支度金なぞなくても俺たちに任せてもらえれば主家の財政を立て直してみせる、と考えている。
逆に魔王宗家からの養子を後ろ盾にした名門家臣たちが権力を握ると、自分たちの出番がなくなってしまうということも恐れているのだ。
俺を迎えにきたアイは、「能力派」の代表だった。