部屋住み魔族の下半身事情、つけたり兄上の戦死
「リスクゼロ」これが俺の生活信条だ。
男女の関係においてもまたこのポリシーは貫かれているのである。
ふつーの男なら、彼女ができて同棲しさらに結婚、という流れとなると、いろんな面で責任を背負って生きていかなければならない。
ここ数万年、その責任を回避したいと思う男が増え、その結果魔界は少子高齢化社会となりつつある。社会的責任って怖いね。
だが俺の場合この一切がない。
そうなった理由を説明しよう。
まず、俺が魔界大公爵家の御曹司であることは、この近隣には知れ渡っている。
名と身分と顔が知られていることは、さほどのリスクではない。
せいぜいが「俺は貧乏魔界騎士の三男坊」などと身分を隠して悪者を退治することができなくなるぐらいだ。
それよりも、近所から「若様」扱いされる方のメリットがでかい。
俺はすでにおっさんと言っていい年齢だが、周囲はみんな若様と呼ぶ。あと十年……いや悪魔の寿命から考えれば数百年は若様で通せるだろう。
この肩書のおかげで、俺はモテる。
その気になれば小娘から熟れ熟れぷりんぷりんから人妻からババアまで、簡単に股を開かせることができる。
人妻以上は寝取られた亭主による暴力の行使というリスクがかすかに存在するので、絶対にやらんけど。
何? どうしてそれがかすかなリスクなのかって?
やれやれそこも説明しなければならないか。
彼ら庶民にとって、子や孫が実は魔界大公爵家のご落胤、ということになれば、莫大な利益を得ることができるのだ。
村レベルでは、近隣の他の村に対して大きな態度を取り、水争いや森での狩猟において優位を占めることができる。これだけでもかなりのメリットだ。
そういった福をもたらしてくれるご落胤は村全体の貴重な財産となるので、村全体が保護者となりそれなりにいい生活をさせてもらえる。もちろんその母親も込みでだ。
だから俺が村娘をヤり捨てして放置しても、誰も文句は言わない。かえって感謝されるのだ。
得られるリターンが大きいので、女房を寝取られたとしても、それで逆上するような亭主はなかなか出てこない。
こうした環境をフルに活かして、俺は十五年前からいろんな村のいろんな娘たちをつまみ食いしてきた。
妻に娶るということはしない。
そういう関係を生じさせると、あの部屋住みめ嫁の実家のある村に基盤を築き、実家から独立を企てるのではないか、と勘ぐられるからだ。
実家との関係が悪くなると、仕送りがなくなってしまう。
誰が好き好んでそんなことをするか。
貴種だと思われている種をばら撒いてあとは放置。それが最良なのだ。
俺はそう思っていたのだが、数年前から事情が微妙に変わってきた。
本家のある都城から、アイという名前の娘が俺の家に入り浸るようになったからだ。
アイは俺の実家の家臣の娘だ。アイの父の身分はさほど高くない。
だが幼くして二代目ミード公が設立した魔法学校を首席で卒業し、公家の将来を担う逸材として、下級の家臣どもの期待を集めているという。
その秀才が、魔法学校在学中から、ちょくちょく俺のところに来るようになった。
最初に来た時、アイは確か十三歳だと言っていた。
今は十七か。
ちなみに悪魔は人間と同じぐらいのスピードで成長する。成長が止まるとその後数年から十数年で老化が止まる。
あとは寿命が尽きる数年前まで、同じ外見で過ごすというわけだ。
もっとも外見は、魔法を使って適当に変更することも可能だ。
俺は成長と老化は二十歳前後で止まってしまっているのだが、その後魔法を使って外見を三十歳程度に変えている。
スローライフを堪能し続けるためには、覇気のありそうな青年ではなく、いかにも能力がなさそうな目立たないおっさんの姿の方が好都合だと思ったからだ。
アイはというと、実際にまだ成長しているようだ。特に胸部が。
だから魔法で外見を変えてしまう必要はないのだろう。
アイの髪は長く、黒く、つややかだ。
その髪を頭の後ろで束ね、垂らしている。
その方が動きやすいからだと言っていた。
アイは魔法の技術に長けているだけではなく、刀や槍を取っての立ち回りも達人レベルだ。
ただこっち方面では俺の方がまだやや強い。
俺も小さい頃から武芸はしっかり仕込まれていたからだ。上級貴族というのは生活の心配がこれっぽっちもないので、暇な時間をすべて学問と武芸の訓練に使うことができる。
俺がアイより強いのは、主にそのせいだ。訓練にかけた絶対的な時間が長いのだ。
アイは単純に俺よりも若いし、その時間の大部分を学問と武芸に捧げるということはできない。生活のための労働に割かなければならなかった。
だからアイが俺より弱くても、俺にアイ以上の飛び抜けた才能があったからだ、などとは思わなかった。
そうした態度がなぜかアイを感心させたらしい。
「若様はとても謙虚な方ですね」
アイは何かというと俺を褒めるようになった。それどころか俺が優れた人物だと城下で吹聴するようになったらしい。
というわけでアイは俺との距離をどんどん狭めていったのだが、男女としての最後の一線は超えようとはしなかった。
俺もあえてそうしなかった。。
アイはとびきりの美人である。はっきり言えば俺のかなり広めのストライクゾーンど真ん中だ。
さりげない仕草に女を感じてドキドキしたことも、一回や二回じゃない。
普段俺が相手にしている村娘なんかより異性として遥かに魅力的だ。
でも手は出さない。絶対に出さない。
手を出した場合、アイが俺の実家の家臣の娘だというのが問題になる。
特定の家臣との関係を強めてしまうと、あいつめやはり自分の派閥を作り公爵家の実権を握ろうとしているのだ、と痛くもない腹をさぐられてしまう。
お気楽にやってるように見えても、そういうところではしっかり自制しているのだ。俺は。
とはいえ、ふと気がつくとアイの肢体を想像して悶々とすることが珍しくなくなってきた。
まあ、世の中やりたいことが全部できてしまっても面白くない。ひとつぐらいおあずけを食らった方が、より人生をエンジョイできるというものだろう。
さて、草むしりを終えて今夜はどこの娘とえっちしようかなーと考えていると、アイが俺の家に飛び込んできた。
青ざめた顔をしたアイは、俺に向かってこう言ったのだ。
「大公爵様が……兄上様が人間の勇者に討たれました。ナリャーキ様」