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エドワードの好きなもの


ふっとアルバートから視線を向けられたマチルダは、先ほどまでのまごまごしていた様子とは打って変わって落ち着き払ったようないずまいで言葉をついだ。

推しが困ってるなら、何か応えたい。喜んでほしい。その気持ちはかえって私欲を忘れさせるものだった。


「僭越ながら……お衣装棚を拝見するに、エドワード様はネイビーかシルバーがお好きなようです」


「ありがとう! そうか、ネイビー」


「今朝お会いした時はお召し物のブレード(あしらい)は銀糸で揃えていらっしゃいました。華美ながらほどよくシックにもうつる装いでしたから、お歳よりも大人びたものがお好みかもしれませんね。このお部屋も装飾品は派手というよりは品が良いものをお選びですし」


芸能マネージャーという仕事柄、一瞬会った相手でもよくよく観察する癖がついた。流行りにうといかそうでないか、何が好きで何が嫌いか。営業において、またそうでなくても、相手を知ることは万事有利に働くからだ。派手好きなミーハーにはフレッシュなタレントを紹介し、ストイックを是とするプロデューサーには実力派を推薦する。そのやり方で前世では、ある程度のタレントを任せられるぐらいの信頼は得ていた。


「モチーフは無機物が多いですが、選ぶ場合には鷹を手に取られるかも」

先ほど小物類を磨いた時に数点のブローチに鷹のあしらいが彫られていたことを思い返して続ける。


他には何かあるかしら…とマチルダは脳内の検索エンジンをフル稼働で思い巡らし、ふっとゲーム内で見たある光景を思い出した。


「あと……白ユリ」


「白ユリ?」


幼きテディ坊やと学園で隠れんぼをした時、白ユリが植えられた花壇のそばでよく見つけたことを思い返す。理由は忘れたけれど、彼のお気に入りだったはずだ。


「僕このお花好きなんだ、って…」


「僕?」


怪訝そうに聞き返されてはっとする。今朝会った"今の"エドワードは、きっともう自分のことを僕となど言わないのだろう。


「あっ、いえ、そんな意味のことをおっしゃっていたような気が…して」


慌てて取り繕ったついでに、ふとアルバートのまなざしが自分に一心に向けられているこの状況に急に気がつき、顔に血がのぼるのを感じる。あまつさえアルバートは、マチルダを見つめたまま、まちこが大大大好きだった、あの優しい笑みさえ浮かべた。


「ありがとう、ええと…君は」


「えっ!?」


素っ頓狂な声を出してしまい口をおさえる。

もちろん、別に名前を聞かれることに驚いたわけではない。この広い公爵家では多くの従業員が働いており、その家の家長が末端メイドの名前を知らないことはごく当然である。そのうえで、多少の会話を交わした人間の名前を聞いてあげる思いやりがアルバートにあることは、100回ゲームをクリアしたまちこことマチルダにはわかっていたし、またそうであってほしいとすら思っていた。

けれどそんな幸運が、自分の身に起こるとは思わなかっただけだ。


推しの前で見苦しいマネをしたくはないが、認知されなくていいタイプのオタクなためこういう時にとるべき挙動がわからない。


(わ、私いまアルバート様に名前聞かれた? 名前!! 名前!?)


なんだっけ、と一時的な健忘症に襲われつつなんとか口を開く。


「わっ、私はまち……マチルダでございます。彼女はアンです!!!」


マチルダはアンの後ろに隠れ、アンの肩を持ってずずいと前に出した。


隠れたい気持ちもあったがそれ以上に、情報を見てとることが出来るくらい部屋が綺麗に整頓されていたのは、彼女の仕事の成果に他ならないと思ったからだ。


アルバートは、はは、と小さく笑って頷いた。


「マチルダとアン。いつもありがとう」


(カ…………ッッッッッ)


かわいい。


光に焼かれるように目をつむる。


(その身を焦がすほどの光の前では人はなす術がないのね…)


可愛すぎる歳上男性の控えめな笑顔を目に焼き付けておこうと目を閉じたまま反芻していると、アルバートの声が続けて聞こえた。


「君は…エドワードのことをよくわかってくれているんだね」


目を閉じていたからか、その声色がはらむ感情がはっきりわかったような気がした。


"自分とは違って"そう言っているかのような。


「エドワード様のお好きなもの、もうひとつ忘れてました!」


考えるより先に口が動いていた。


「お父様です…多分」


意外な発言だったのか、アルバートは呆気にとられ、そのあとはっはと大きく笑った。ゲームの中でも、これほど笑ったところは見たことがなかった。


「ありがとう。そうだといいが」


ゲームで親しんでいたのは何年も前の彼らであって、今のエドワード様のことも、エドワード様とアルバートの関係のことも知らないのに何を出過ぎたことを言ってしまったんだろうーー一瞬で後悔に押しつぶされそうになったが、それでも先ほどの私は、私の性格では、さみしそうな推しの前で何か言わずにはいられなかったのだ。


(アルバート様に引かれた!!!)


打ちしおれるマチルダに気づかず、アルバートは「白ユリに、ネイビー、シルバー、大人っぽいもの……用意してみよう。今夜間に合うといいが」とおさらいしながらドアへと向かう。そして部屋を出る間際に、あらためてマチルダに確かにまなざしを向けた。


「お邪魔してしまったね。助かったよ。また夜に」


また、夜に。


くらりと突然マチルダがしゃがみこんだので、アンが「わっ」と叫んで軽やかによけた。




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