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可愛いテディのなれのはて


(うん、まず、現状を整理しよう)


限界会社員だった私は、仕事帰りに突然頭痛に襲われて、たぶんタクシーの中で倒れた。

そして今ーー令和の日本とはとても思えないここでマチルダとしてなぜか目覚めた。


(アルバート様と出会えたことを思うと、ただの都合のいい夢な気もするけど、でもーー見渡す限りのこの建物)


こんなに細かく夢に再現できるほど中世イギリスのお城のディテールを私は知らないし、働く人々やアルバート様、私がなっているこのマチルダという人物の生々しさを思うと、単なる夢とは思えない迫力があった。


(さすがにさすがに信じがたいけど……私………「忘却のホワイトセラフ」の世界に転生したってことなの??)


「忘却のホワイトセラフ」。

私が人生で一番ハマった乙女ゲームである。

今の会社に入る前、ハマりにハマっていた大学4年生の頃の思い出が蘇る。就職してからは忙しすぎて寝る時間もなくなったくらいだから、これがまともに遊んだ最後の乙女ゲーである。


忘却のホワイトセラフーー略して「(ぼう)セラ」のヒロインは、ちょっぴり天然な女の子。聖女としての力に覚醒したことで貴族学校へ通うことになる。そこで無気力系男子の王子やネアカの騎士団員、天才理系メガネ男子やら流浪の魔法使いやらと出会い恋に落としーーもとい、落ちていく。


当時にしても大変レベルの高いキャラデザやグラフィックで、ストーリーも秀逸。どのキャラも可愛かったけれど、なかでも私が断然好きになったのが、先ほどファンサをくれた彼ーーアルバート・レオフォールドだった。


アルバートは26歳の若さで7つの子どもがおり、愛妻に先立たれ、儚さを背負った公爵である。家督も既に継いでおり、多忙のなか学園の理事として子どもを連れ時折講義に現れる。

若干レア度の高いこのキャラを私は大変に愛し、他のキャラを攻略しようと思っても気づいたらアルバートルートに入っていた(アホ)。

こんな気持ち初めて……とか言いながらできるかぎりグッズも集めたし、誰かを応援したい!という気持ちはそこで初めて養われ、その後の仕事ーーマネージャー業にも生かされたような気もする。


「そんな人にまさか会えるなんて!!!!!!」


叫びながらパアン、とシーツを打ち鳴らし、向かいで作業していたメイドがビクッとこちらを見ていることに気づく。


いかん、仕事中だった!!


そう、アルバート様との邂逅の後「エドワード様付け」である私は、あの親切な男執事に怪訝がられながらもなんとかエドワード様の寝室の場所を教えてもらい、既にそこにいた仲間のメイドに仕事を教わりベッドメイクを始めていたのだった。


考えごとをしながらだったけれども、気づけばベッドは綺麗にしつらえられている。

(マチルダの腕が覚えているのかしら……?)


「マ…マチルダ、ここはもういいから、あなた休んだら?」

「あ、ごめんなさい、大丈夫です」

「ううん、あなたやっぱり疲れてるのよ」


彼女はアン。柔らかそうな栗毛を揺らし、つぶらな瞳がとっても可愛い彼女は、マチルダとも親しかったらしい。会うなり「今日からまた一緒ね、マチルダ」と嬉しそうに微笑まれた。

なので私は(これはヤバい)と一瞬で思考をめぐらせ、「実は昨日ベッドから落ちて頭を打ったらしくて頭がぼーっとしたり記憶があやしい部分がある、でももう痛くはないからそのうち落ち着くとは思うし心配はしなくてよいが、久しぶりなこともあって仕事を忘れてしまっているから本当に申し訳ないがいろいろ教えてくれないか」という趣旨のセリフを可能な限りの熱演を添えて言ってみた。

いちマネージャーではあったが、演技の現場はたびたび見学している。一世一代のポンコツ演技は、たどたどしさが逆にリアルだったのかアンが優しい女の子だったのか、一応信じてもらえたようだ。


(人柄が居住まいに出てて可愛い子だなあ、こういう子が意外と急に垢抜けて人気が出たりするのよね)


「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて少し休んでもいいかな?」


全然関係ないことを考えつつ答えると、アンは心配げにうんうん頷いて私をドアまで優しく押した。


「そうして、マチルダ。中庭で少し外の空気を吸ってきたら? すぐそこだから、エドワード様がお戻りになったら呼びに行くから」

「ありがとう。でもなるべくすぐ戻るね」


すぐそこの中庭、はエドワード様の寝室から程近く、渡り廊下から繋がっていた。

生垣があり、噴水があり、石像があり、ベンチがあり、ちょっとした公園くらいの広さで、憩いのスペースのようだ。まあおそらくは景観用であって、本当にここで休むような人は、この城にはあまりいないのかもしれないが。


アンに仕事を押し付けて自分だけが休むのは申し訳なかったけれど、強がっても実際はまだいろいろな状況に心が追いついていない。それを自覚していたので、ベンチに座り深呼吸をする。


(ーー夢であろうが現実であろうが、ひとまず私はここでは一介の使用人なのよね。取り乱さずに自分の仕事をするしかない、んだろうな)


一瞬とんでもない心細さに身が凍えそうになるが、つとめて気を取り直す。


(大丈夫。私は運がいい)


なんたって、大好きな乙女ゲームのなかでも、大好きなキャラの家に潜り込めたのだから。


(転生だとしたらヒロインや悪役令嬢になるのが相場な気がするけど、そうじゃなくてほんっっっとーーーーーによかった)


ヒロインの正当なお相手は王子だと思うし、悪役令嬢のあの子になっていたら確かアルバートとはほぼ接点がない。慣れない世界で、せめて大好きなキャラのそばにいられることは救いどころかご褒美だ。


(それに何より、あの可愛いテディ坊や付けのメイドだなんて! アルバート様のことは、テディ坊やも含めて大好きだったからな〜!!)


テディ坊やの姿を思い返すと、やっと少し笑みが浮かんできた。

亡くなったライラ様の生き写しのように、賢げで大きな瞳、いつもほのかに紅潮した幼い丸みのある頬、にこにこと奥ゆかしい笑顔。登場人物みんなに可愛がられていた「テディ坊や」。


(早く会いたいな〜。……でも、あんなに小さい子がアルバート様と離れてどこに行ってたんだろう?)


1ヶ月は離れていたような口ぶりだったし、洋行?とか言ってたような…? それって船旅とかかな?


(きっと寂しがってるだろうから、メイドで良ければいっぱい遊んであげなきゃーー)


「……ん………。あっ……」


ふと、かすかに声が聞こえた。

それは生垣の向こう、ちょうどベンチからは見えない中庭の奥。


「…様……いけませ……」


…………ん?


苦しげな声に聞こえる。思わずぱっと立ち上がる。茂みの奥にひょっとして誰か倒れてる?

声を聞き漏らすと方向がわからなくなる気がしたので、足音を鳴らさないように慎重に声を追う。


(ここか!)


駅で急病人を助ける通りすがりのサラリーマンみたいな気持ちで四角になった生垣の裏を覗くと………


そこには…………


絡み合うメイド服の女性と、男。


妙に身綺麗なその男は、突然現れた私をすぐにぱっと視線で捉える。鋭い眼差しはすぐに威圧をはらんだ。


「………シッ」


そして、犬を追い払うかのように口を鳴らしたのだった。


(急病人………は………………いなそうですね)


見たくもないものを見てしまった目と心を閉ざし、かつ男の態度にちょっとイラッとしつつ去ろうとすると、後ろから「ん……」とまたかすかに聞きたくもない女性の声が追ってくる。


「もう………エドワード様ったら……」




ベンチまで戻ってきたところで、ふと気づく。

「エドワード様ったら」?


思わず振り向きかけたのと同時に、ガサガサと奥にいた男が出てくる。

高価そうなものを身にまとってはいるが、脱げかけているままのせいでかえって背徳的でだらしない。

歳はまだ成人しているかいないかくらいだと思われるが、気怠げな様子も相まって、攻撃的なほどの色気が目にすら見えるようだ。


「気が削がれた」


呆然としているこちらと目が合うと、男は機嫌悪そうに吐き捨てるように言った。


「何だその目は? 目を伏せろ。メイド風情が」


人を人とも思わないような言い草。

そして通り過ぎようとする男に、マチルダが何か考える前に、マチルダの足が伸びた。

そして男はこけた。


「……………………………!??????????」


「わっ、あっ、やばっ!」


こけさせられた明らかに身分の高いその男は、自分をこけさせたメイドを信じられないといった表情で見上げる。こけてもまだちょっとかっこいいが、それでも若干胸のすく思いがした。


それはともかくやばい!


「あ〜〜〜ごめんなさい!!! ちょうど最近担当になったアイドル上がりの子があなたにちょっと似てて!! めっちゃ生意気で何様?って感じで共演者に嫌われまくるからホント苦労して……」


「は?」


「エドワード様!」


今度は聞き覚えのある声がして振り返ると、朝食堂でアルバート様と話していた老執事が渡り廊下の向こうからこちらに向かってきていた。


「探しましたぞ……何をなさっているのかと……

………………本当に何をしていらっしゃる?」


中庭にたどり着いた老紳士が、地べたに座る男を見下ろして言った。

私はーー私もさすがに、なんとなく状況を把握し始めていた。


たぶん、私が今ちょうどこけさせたばかりのこの男は。


テディ坊やーー大好きだった可愛い少年が、何年か成長した姿で。


つまり私は、仕える主人をなぜか足で引っ掛けて転ばせることに成功してしまったメイドであり。


つまり彼は、私が一番大好きな推しが、一番愛する一人息子、

エドワード・レオフォールド。





………………………………なのかもしれない。



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