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3/7

大好きだったその人は今


「え、生で見るとこんなかっこいいの???」


朝食を摂る主人の顔を一心に見つめながらぼそぼそ小さい声で喋るいちメイド。隣に立つ執事?に怪訝そうな顔で見られていることに彼女は気づかない。


「こわい……こわい……引力がすごい……目がきれい………お(ぐし)は何色なのもはや? 銀色なの? この世にない色なの? 素敵すぎるけど? ていうか動きがかっこよすぎる…何その指さばき? フォークになりたい……私そのフォークになりたい」


様子のおかしいメイドが思考を小声で垂れ流しているが、食堂が広いおかげで主人であるアルバートには聞こえていない。当のアルバートは、ちょうど現れた給仕がパンを足そうとしたのを優しく止めたところだった。


「ありがとう。もう満足だ」


すると、アルバートのそばに控えていた老執事が眉をピクと動かす。


「まだあまり召し上がっていないではありませんか……お体の具合でも?」


「大丈夫だよ。…少し緊張しているのかもしれないな…あの子が帰ってくるから」


アルバートの回答に老執事ははっとしたように深く繰り返し頷いた。


「なるほど……そうでしょうそうでしょう……では消化にいいものを……」老紳士はその外見とは裏腹な俊敏さで、そばを通り過ぎようとした給仕を呼び止める。「カモミールのハーブティーを」


そんなアルバートと老執事とのやりとりを見ていた様子のおかしいメイドことまちこことマチルダが、アルバートの言葉にふと首を傾げる。


「あの子?」


隣でボソボソ喋り続けていた同僚が少し正気を取り戻したことに安堵したのか、隣に立っていた若執事がマチルダの言葉に応えようと口を開いた。


「エドワード様は今日お帰りだろう」

「エドワード様って………まさか」


マチルダの頭の中に、かつて大変にやりこんだ乙女ゲームの記憶がぱっと蘇る。(ゲームの中ではそこまで頻回には登場しなかったけれど……)愛らしかったあの姿を思い返し、思わず喜びに叫ぶ。


「テディ坊やのこと!?」


アルバートにはなんと言ったかまでは聞こえなかったようだが、思わずボリュームが大きくなった声に呼ばれるように、視線がマチルダを捉える。


「ひぃっ」


顔を背けるマチルダ。

私語を怒られるのが怖くて顔を背けたと思ったのか、優しい主人たるアルバートはかすかに微笑み怒っていないことを示すが、当のマチルダは顔を背けているから気づかない。ちなみにマチルダは怒られると思って顔を背けたのではない。(いきなりは無理………ファンサ無理!!!!)と心の中の叫びはさすがに声には出さず押し留めていた。

やっぱり様子のおかしい同僚にうっすら恐怖が芽生えつつも、優しい若執事が声をかけてくれる。


「大丈夫、アルバート様は怒っていないよ。優しい方だからね。…あの方もそれに気づくといいが…」


小声で話しかけてくれる彼にマチルダも居直り、小声で応える。「あの方?」


「だから、エドワード様だよ。君、まだテディ坊やだなんて呼んでいるのかい?」若執事が心配げに続ける。「裏で呼ぶにしてもやめといた方がいい。怒らせると厄介な人なんだから」


「怒らせると厄介? あんなに可愛い男の子が」


思わず聞き返すと、若執事は戸惑うような視線をマチルダに向けた。


だって、おそらく彼が言う「エドワード」は、アルバートの息子に他ならない。たしかそんな本名であったはずだ。ゲーム内では、もっぱらテディ坊やと呼ばれていたけれど。


そう、いまテーブルの中央に座るあの素敵な男性が仮にゲームの中のアルバート様その人だとするなら。


アルバートは、確か最愛の妻であったライラ様に先立たれてまだ数年。自らが理事を務める貴族学校の生徒であるヒロインたちを優しい眼差しで見守りながらも、心のほとんどをライラ様に残していた。


(それが切なくていじらしくて最高だったわけで!!!!!!!!!)


ーーそしてテディ坊やは、そんなライラ様が残していかれた唯一の愛息子。

たかだか6〜7歳の可愛い可愛い男の子なのだから。


記憶を呼び起こしているうちにアルバートはハーブティーを飲み終わったようで、ゆっくりと立ち上がった。

そのまま去るかと思いきや、室内にいた者たちをぐるりと見渡し口を開く。


「みな、今日は私の可愛い息子の帰還だ。手間をかけるが、あたたかく出迎えてやってくれ」


無理して張っているようでもないのに、よく通る落ち着いた声。(そう……そうなの……アルバート様は声がいいの)

若執事は、一同と声を合わせて「はい!」と発したあと、やっと黙った隣のメイドが今度は急に涙を浮かべていることに気づきいよいよ引いている。


そしてマチルダたちの前を通り過ぎて出て行こうとしたアルバートだったが、ふと立ち止まった。

そして、他ならぬマチルダを見つめた。


(????!!!!!!!!!!!)


マチルダにとっては永遠とも言える一瞬。


「君は確か……エドワードの世話をしてくれている子だね」


マチルダはただアルバートを見つめ返すしかできない。


「数ヶ月慣れない持ち場で苦労しただろうが、今日からはまた、あの子をよろしく頼むよ」


そしてかすかに微笑み、食堂を出て行った。

アルバートが部屋を出た瞬間から、食堂の従業員たちが動き出しおのおのの持ち場へと戻っていく。活気のある職場。そこだけを見ても、環境が、主人が良いのだろうと窺えるそんな様子である。

しかしただ1人、動き出せないでいるメイドがいた。

言わずもがなマチルダである。


「推しに……認知………された???」


倒れそうになるメイド・マチルダが、可愛いテディ坊やに再会するまで、あと3時間。










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