0章 はじまりのその前に
「うげ、もうこんな時間」
失礼しまーす!!と会社から逃げ出し…もとい退勤した私、小田切まちこ。
5年前、新卒で入社したのがこの弱小芸能マネジメント会社。
ミーハーだし、人のお世話をするのも好きだし、マネージャー業は天職だと思っていたけれど、実際はさして有名でもないモデルや役者の卵を十何人も担当させられて、しぬほど目まぐるしい日々を送っていた。
現場仕事を終えた後、会社に戻って事務作業をしていると、気づけば午前様なのはよくあること。
今日もタクシーをどうにか捕まえ、倒れるように後部座席へ乗り込んだ。
「ねむ…」
あくびをすると、寝られちゃ困るというような鋭い目で、ミラーごしに運転手さんが睨んでくる。
仕方なく、どうにか元気を出すためにスマホをつける。
大好きな乙女ゲームの二次創作でも見ようかな…
すると、ふと脳みそをえぐられるような激痛が走った。
「いっ……」
就職して忙しい毎日。
頭痛は日常のことだけど、今のは群を抜いて痛い。確かにもう3日くらいろくに寝てなくて、今日はなんかずっと頭痛いなぁとは思っていたけど。
カバンから鎮痛薬を出そうとする途中で、再度とんでもない痛みが訪れた。
それは、手にしかけた薬を取り落とすほどーーー。
「ーーーお客さん……お客さん?」
伝えていた目的地。我が家の前で停まったタクシーで、運転手さんが後部座席を振り返った時、もう私は取り返しのつかない状態で座席にくずおれていた。
(あれーーー目が見えない。私、目開けてるよね?)
(あ、これってひょっとしてやばい?)
(平凡ながら夢中に駆け抜けてきたけど、人生って、こんなにあっさり終わっちゃうのーー!?)
(っていうかやばい。
私がいないとあの子たちーー)
「絶対撮影遅刻する!!!」
自分の叫び声でハッと目が覚める。
「…ん?」
あまりに見慣れない光景に、一瞬脳がバグる。
タクシーの車内にいたはず…なのに、目に映るのはワンルームの自宅ですらなく。
まるで古い西洋の建物みたいな、色褪せた花柄の壁紙。
窓にかかるカーテンも、今どきどこで売ってるの?というくらいレトロな風合い。
「え……あれ?」
いつの間にか頭痛がなくなっていることに気づく。
久しぶりってくらい頭がすっきりしていて嬉しくて、とりあえず横たわっていた小さなベッドから立ち上がると、自分が見たことのない質素なネグリジェみたいな服を着てることに気づく。
「な……え?」
私、激安で揃えたスーツ着てたはずなんだけど??
混乱したまま部屋のドアをガチャっと開けると、広い廊下は、テレビで見たことがある中世のお城みたいな内装をしていた。
(え………
えーーーーーーーー!??????)
あまりにも見慣れない光景に気圧されて声も出せなかったけれど、心の中で絶叫する。
なんか…
わからないけど多分………
これって非常事態!!!!!!!!!
その時、廊下で繋がる別の部屋の扉がふと開き、引くほどに身体をびくつかせる。
現れたのはかわいい白黒の……そう、メイド服を着たおばあちゃん。
(おばあちゃん。………がメイド服!?)
(ハイカラだね!??)
(ってかめっちゃ外国人!!!)
口をパクパクさせながら見つめると、外国人でメイド服を着た何やらいかしたおばあちゃんがこちらを見てそこまで驚いたふうもなく言った。
「今日は早いのね、マチルダ」
(マチ………………ルダ???????)
後ろを振り向くも、他に誰もいない。
そうして私は数時間後、自分がとある公爵家のメイドとして、大好きだった乙女ゲームの世界に転生したことを知るのだったーーー。