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悪魔の女王リリス

 辺りは寝静まり、静寂が町を支配している。


 そんな中動いているのは白いローブを羽織り、全身を隠した怪しげな男だけだった。

 怪しげな男は街のはずれで地面に魔法陣を描いている。


「まさか、キングサーペントがあんなにあっさりと倒されるとは思わなかったな。だが、今度こそうまくいくだろう」


 不敵な笑みを浮かべ、独り言をぶつぶつとつぶやいている。


「ふう、少々手間取ってしまったが、こんなもんでいいだろう」


 男は魔法陣を描き終え、持っていた筆を投げ捨てた。すると、今度は魔法陣に魔力を込め始めた。魔力が魔法陣に流れると、魔法陣は紫色の光を放ち始めた。

 魔力の流れる量が増えていくと、ますます光は輝きを増していった。


「悪魔よ! 私に力を貸してくれ!」


 男がそう言うと、魔法陣から竜巻のような風が発生し、すぐに紫色の光とともに霧散した。

 いつの間にか魔法陣の上には何者かが立っていた。


「ワタシを呼び出したのはあなたかしら?」


 そこにいたのは頭から二本の角を生やし、背中にはコウモリのような翼、お尻には黒いしっぽの生えた女性だった。さらさらした白く長い髪が風で揺れた。身長は男と同じくらいだ。


「ああ、そうだ。お前にはやってもらいたいことがある……」

「そんなのどうでもいいわ」


 呼び出された悪魔はどこかへ行こうとした。


「はっ? おいっ、どこへ行くつもりだ」

「決めていないけれど、面白そうなところへよ」

「お前を呼び出したのは俺だぞ。言うことを聞け。もし聞かなければ、元の場所へ戻すぞ!」

「はあ、うるさいわね」


 悪魔は人差し指を男の方へ向けた。

 次の瞬間、男は何かに腹を貫かれた。


「ぐっ……なっ、なにをする!」


 男は声を絞り出すようにして叫んだ。


「あなたのようなちっぽけなニンゲンがこのワタシに命令するなんておこがましいわよ」

「おいっ、待て!」


 男の言うことを聞かず、悪魔はどこかへと歩いて行った。


「ふふっ、この世界に来るのは久しぶりね。今回はワタシを楽しませてくれるやつはいるかしら」


 歩きながら悪魔は魔法で一瞬にして姿を変えた。角や羽、しっぽはなくなり、その姿は人間と同じようなものであった。

 こうして、この世界に凶暴な悪魔が解き放たれた。



◇◇◇◇



 今日は朝から雨が降り続いている。天気が悪いと気分も暗くなってくる。

 その天気のせいかはわからないが、いつもよりも客足が少ない。現在、昼を少し過ぎたところだが、店内にはお客さんが一人もいなかった。

 これは最近にしては珍しいことだった。


「はあ、ひまだな」

「そうだねー。お客さん全然来ないね」


 オーレルもアマーリエもやることがなく、暇を持て余していた。

 オーレルは窓から外を眺めたが、人がほとんどいない。雨粒が次々と窓については流れ落ちている。


「こんなにひまなのは初めてだよ」

「たしかに、アマーリエが来てからは毎日忙しかったからね。こんなにひまだと店を立ち上げたばかりのころを思い出すよ」


 こうして取るに足りないような会話をしていると、外から誰かが店に入ってきた。


「やあ、オーレル」

「ヘルマンじゃないか。――なんか疲れているみたいだな」


 店に来たのはヘルマンであった。少し顔色が悪いような気がする。

 ヘルマンが前に来たのは三日前だった。オーレルはてっきりすでにヘルマンが王都に帰っていると思っていたので、少々驚いた。


「ああ、さっきまで仕事をしていてな。ひと段落ついて、この近くにいたからここに立ち寄ったんだ。この天気だと、出歩いている人も少ないな」


 ヘルマンのためにオーレルは椅子を出し、ヘルマンは礼を言ってそこに座った。

 アマーリエがお茶を持ってきてくれた。オーレルとヘルマンは礼を言って、それを受け取った。


「もう王都に戻っていると思っていたけど、何かあったのかい?」

「いや、実はここに来たのはキングサーペントの討伐だけではなく、ある人物を探すという目的もあったんだ。といっても、正体はよくわかっていないんだが」

「どんな人物なんだい?」

「白いローブを羽織った人物で、そのローブには龍のようなものを描いた紋章が入っている。どうだ、知っているか?」

「うーん、知らないな。アマーリエはどうだい?」

「私も知らないな。他に何か特徴はないの?」

「あいにく、それしかわかっていないんだ。はあ、これだけじゃ見つかるわけないよな。ローブの特徴なんてわかっていても脱げば、わからなくなるからな」


 それは大変だなとオーレルは思った。それならば、こんなに疲れた顔をしているのも納得だ。


「このままだと、埒が明かないから、俺は明日にでもここを出て、王都に戻ろうと思っているんだ。だから、別れの挨拶もかねてここに来たというわけさ」

「そうだったのか……」


 そのとき、店にお客さんが入ってきた。先ほどまで全然誰も来なかったのにタイミングが悪いなとオーレルは思った。


「お客さんも来たみたいだし、俺はここで失礼するよ。それじゃあ、またな、オーレル。あと、こいつのことはよろしく頼んだぜ、アマーリエさん」


 これにはオーレルもアマーリエも微笑みながらヘルマンを見送った。



◇◇◇◇



「はあ、またひまになったね」

「そうだね。さっきまではぽつぽつお客さんが来てくれたんだけどね」


 ヘルマンが店を去ってから、何人か店に人が来てくれたので、ひまではなくなっていた。しかし、今ではヘルマンが来る前と同じように一人として店に来る人はいなかった。


「まだ、閉店には早いと思うけど、この調子だと、このまま店を開けていても誰も来なそうだね。よし、今日はもう終わりにしようか」

「わかった。じゃあ、私は入り口の看板を裏返してくるね」

「ああ、よろしく頼む」


 オーレルは今日の売り上げを数えはじめ、アマーリエは入り口の方へ歩いて行った。

 だが、アマーリエが入り口の扉を開けたときだった。


 オーレルは唐突に殺気を感じた。


 それと同時にオーレルの体が反射的に動いた。

 近くにあった剣を手に取り、目にもとまらぬ速さで店の前で殺気を放っている人物とアマーリエの間に割って入った。


 アマーリエは突然のことに立ち尽くしていた。

 殺気を放っている人物はオーレルと同じような背丈で、腰ぐらいまで伸ばした白い髪と美しい顔立ちが特徴的だ。露出度の高く黒い服を身に付けている。


 刹那、その人物はオーレルに向かって魔法を放ってきた。

 オーレルはそれを剣で相殺し、一瞬にして相手の首筋に剣を当てた。


「それ以上何かしたら斬るよ」

 

 オーレルは相手を鋭くにらみつけた。

 しばらく相手はじっとしていたが、突然笑い始めた。


「ふふっ、まさかこのワタシがニンゲンごときに一瞬で殺されかけるとは思わなかったわ。強いとは思ったけど、まさかここまでだったとは思わなかったわ」

「何者だ?」

「ワタシ? いいわ、その強さに免じて答えてあげるわ。ワタシは悪魔の女王リリス」


 今もなお首には剣が当てられているというのに、この悪魔は余裕そうな態度を見せている。


「悪魔の女王? そんな奴が何の用だ?」

「強そうな気配をしたやつがいるのを感じて、その気配の主を探していただけよ。そして、それがあなただった。――いいわね、あなた面白そうだわ。ワタシの配下にならない?」

「そんなのになるわけないだろう」

「それは残念ね。それにしてもこの剣、邪魔だからどけてくれない?」

「お前が人に害を及ぼさないと誓ってくれるならいいだろう」

「……わかったわ。悪魔の女王の何誓って、人に害を及ぼさないことを約束するわ」

「本当だな?」

「もちろんよ」


 オーレルは少し迷ったが、目を見る限り言っていることは本当のようだ。警戒しつつもオーレルは剣を下ろした。


「ここがあなたの家?」

「ああ、そうだ」

「ふーん。じゃあ、ワタシここに住むわ」

「はっ? どういうことだ?」


 突然のことで、オーレルはリリスが何を言っているのかわからなかった。


「どういうことも何もないわ。ワタシはここに住むそれだけよ」

「そんなこと突然言われても困るんだが」


 オーレルが何を言っても聞かず、リリスはオーレルの店の中へと入っていった。

 そんな中、アマーリエは放心状態になっていた。


「おーい、アマーリエ、大丈夫かい?」


 オーレルが声をかけたことで、アマーリエは正気を取り戻した。


「だ、大丈夫だよ」


 アマーリエはそう言っているが、まだ少し混乱しているようだ。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね」

「僕はオーレルだ」

「オーレルね。そっちのエルフは?」

「アマーリエ」

「そっちはアマーリエね」


 もうすでにリリスは我が物顔で居座っている。


「オーレル、どうしてここには武器がこんなに置いてあるのかしら?」

「それはここが武器を売っている店だからだよ」

「なるほどね。思い出してみれば、二千年前にも同じようなのがあったわね」


 リリスは店の中を見回していた。

 その様子を見ながらオーレルは、悪魔と生活するなど大丈夫だろうかと心配していた。


 だが、いくら心配してもどうにもならないという結論に至った。どうせ、何を言ってもこの悪魔の女王が出ていくことはなさそうだ。

 まあ、傍から見ればただの人間にしか見えないし、大丈夫だろうと思って、オーレルは深く考えるのをやめた。


 こうして、なんだかよくわからないままにオーレルとアマーリエは悪魔の女王リリスと一緒に生活することとなった。

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