第三章プロローグ
妖精の森にあるエルフの里ではいつも通りの日々が流れていた。
ある者は里の周囲の森へ果物を探しに行き、ある者は魔法の腕を磨いていた。
ここエルフの里では魔法の能力がその人物の価値を左右する。たとえ、何かに秀でていても肝心の魔法の実力がいまいちであれば、その人物に対する周囲の評価は低い。
対して、魔法以外の能力がだめだめでも、魔法の実力が秀でていれば、その人物は周囲の人から尊敬される。
そのため、エルフの里に住む者たちは毎日魔法の練習に励んでいる。そのおかげか、この里では超級魔法を使える者も少なくない。
「上級水魔法アクアエッジ」
「上級土魔法ストーンブレイド」
「上級風魔法ウィンドブレイド」
里ではあちこちから魔法を使っている声が聞こえてくる。いずれの魔法も強力なもので、たいていの敵は撃退することができるだろう。
これらは攻撃のための魔法だが、この里には特殊な魔法を使う者もいる。
その一人はルイーゼという人物だ。
ルイーゼは下級時間魔法を使うことができる。これによって、未来が部分的にわかる。時間魔法は他の魔法と違い、下級魔法ですら使うのが難しい。まして、中級魔法以上となると、使えた人物は歴史上、数人いるかいないかという具合だ。
したがって、この魔法のことはよくわかっていない。ルイーゼの魔法は周囲から予言の魔法だと思われている。
ルイーゼは今日もこの魔法を使って、未来を見た。ルイーゼの頭に浮かんできたのは一体のドラゴンが里の北にある洞窟から出てくる場面だ。
次に浮かんできたのは、何者かに滅ぼされたエルフの里の光景だった。
ここに出てきたドラゴンは銀色で、生き物らしさが感じられなかった。
ここまでしかルイーゼは知ることができなかった。
もう一度魔法を使ったが、同じ場面しか見ることができない。断片的にしか見れないので、詳しいことはよくわからなかった。
「はっ! これは、急いで里長に報告しなければ!」
ルイーゼは青ざめた顔で、急いで家を飛び出した。
血相を変えて走るルイーゼの様子に、すれ違ったエルフたちは声をかけてきた。
「どうしたんだ、ルイーゼ?」
「顔色が悪いが、大丈夫か?」
どれもルイーゼを心配する声であったが、今はそれどころではなかったので、後で説明するとだけ言って、ルイーゼは里長のもとへ急いだ。
「里長! 里長! 私です。ルイーゼです」
ルイーゼは里長の家の扉を勢いよくたたきながら叫んだ。
扉を開けたのは里長の側近である人物だった。その人物は必死の形相で扉をたたいていたルイーゼの様子に、ただならぬことが起きたのを察した。
「何かあったのか、ルイーゼ?」
「それが、私の魔法で里が滅ぶ予言が出たんです!」
ルイーゼの言葉に側近の人物の顔は驚愕の表情を浮かべた。ルイーゼの予言の正確さはこの里に住む者なら誰もが知っている。
「そ、それは本当か?」
「はい、間違いありません。何回も確認しました」
「わ、わかった。里長のもとへ案内する」
ルイーゼは側近の人物についていった。
「里長、大変です!」
側近は扉をノックするのも忘れ、里長のいる部屋へと入った。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
里長は立派な髭をたくわえ、年老いて昔は金髪だった髪も今では白くなってしまった。里長は側近が急に部屋へ入ってきても落ち着いた様子だった。
「里長、失礼します」
自分よりも慌てている人物を見て冷静になったのか、ルイーゼは礼儀正しく里長の部屋へ入った。
「実は、先ほど予言の魔法を使ったところ、エルフの里が滅ぶという予言が出ました」
「なに? ほんとうか、ルイーゼ?」
これには、里長も表情を変えた。
「はい、何度か魔法を使ったところ、同じ予言が出たので、たしかなものだと思われます」
「そうか……。その里を滅ぼすのは何者だ?」
里長の質問を受けて、ルイーゼは先ほどの魔法で見た光景についてすべて話した。
「ドラゴンか……」
里長は何やら思い当たることがあるようなそぶりを見せた。
「それでは、今後北の洞窟に入ることを禁じよう。洞窟の入り口には見張りもつける。任せたぞ」
里長はそばにいた側近にそう声をかけ、側近はすぐに動き出した。
「ルイーゼ、報告感謝する。今後、何かわかったことがあれば、また報告してくれ」
「はい、もちろんです」
ルイーゼは里長に頭を下げ、里長の部屋を後にした。
二人が出ていった部屋の中で、一人里長は代々里長に伝承されている話を思い出していた。
「あの洞窟の奥深くには一万年前に封印されたドラゴンが眠っているんだったな。昔、そのドラゴンは世界を荒らし尽くしたという話を聞いたが、そんなものが復活すれば、エルフの里は終わりだろうな……」
里長は不安げな顔をして、窓越しに外を見ていた。
ルイーゼの予言は瞬く間に広がり、今では里の全員が知っていることとなった。里のエルフたちは皆が不安な表情で過ごしていた。
数日後、里長が窓の外を見ると、見慣れない者たちがこちらの建物にやってくるのが見えた。その者たちを先導しているのはレベッカだ。
「里長。里長に用があると言う者たちを連れてきました」
外から声が聞こえた。この声はレベッカだ。
里長は部屋に入れるよう側近に指示をした。
「よろしいのですか? 何者かわかりませんよ」
「かまわない。どんな人物かわしが見定める」
「……かしこまりました」
側近は訪問者を部屋に招き入れるため、部屋を出ていった。
このエルフの里に仇をなす人物かそれとも無害な人物か、はたまた利益をもたらす人物か見極めてやろうと思いながら、里長は訪問者を待ち構えていた。