オーレル武器屋の安さの秘密
「いらっしゃいませ」
今日もオーレル武器屋は元気に営業中だ。朝から多くの人がこの店に訪れてくれている。
「リリスさん、この杖とこの杖はそれぞれいくらですか?」
眼鏡をかけ、真面目そうな雰囲気を感じさせる魔法使いの男が先ほどから杖を見比べており、最終的に二つまで購入候補を絞り込んだようだ。
「ええっと、こっちの杖は大銀貨2枚と小銀貨5枚ね。それでこっちは大銀貨3枚よ」
悪魔の女王リリスが答えた。悪魔が普通に人間生活に溶け込んで人と同じように働いていると考えると、なんだかシュールだなとオーレルは思った。
「うーむ。意外と安いな。……よし、決めた。リリスさん、この杖をもらうことにするよ」
「それじゃあ、大銀貨3枚ね」
魔法使いの男はリリスに大銀貨を手渡した。
「たしかに受け取ったわ。また来てちょうだい」
こうしてまた杖が1つ売れた。
向こうではアマーリエがお客さんと話している。
「すいません、今日は武器が壊れてしまって新しい武器を買いに来たのですが……」
どうやら、初めてこの店に来たお客さんのようだ。礼儀正しそうな雰囲気の女性だ。服装はシンプルで、町でよく見かけるような格好だった。
「以前はどのような武器を使われていたのですか?」
「この前まで使っていたのはこのくらいの長さの短剣です」
その女性は手で三十センチメートルほどの長さを示した。
「なるほど。短剣でしたら、あちらの方に置いてありますね。ついてきてください」
アマーリエは女性を短剣が並んでいるところまで案内した。
「あっ! これは」
女性は気になるものを見つけたようで、飛びつくように1つの短剣を手に取った。
「この短剣、この前壊れたものと同じです! あの短剣は手になじんで使いやすかったので、同じものを見つけられてよかったあ」
女性はこの上なく喜んでいた。
「お気に召すものがあってよかったです。そちらの短剣は大銀貨1枚と小銀貨8枚になります」
「ええ! 安いですね。前にこの剣を買ったときには大銀貨2枚はしたのに……」
そう、この店の商品は他の店よりも値段が安い。それはなぜか。
オーレルがこの店をオープンしたのは約一年前だ。そのときにはすでにこの町にも武器を売っている店はあった。そんな中で、お客さんに来てもらうには何か特徴がなければなと思っていた。
そこで、オーレルは他の店よりも安い値段で武器を売ろうと考えた。安いといっても、利益は出るようにちゃんと仕入れ値よりは高く設定している。
それを可能にするのは、オーレルの人脈のおかげだ。
ダーリエの町の隣にあるコスモスの町にはオーレルの知り合いの鍛冶師がいる。その人物が知り合いということでオーレルに安く武器を卸してくれるので、オーレルも比較的安い価格で売ることができるのだ。
その人物はオーレルの学園時代の知り合いで名前をティルマンという。
彼はオーレルの一歳年上の先輩で、学園では数少ない平民だ。同じ平民ということでオーレルはティルマンによく世話になった。
彼は戦闘能力こそほとんどないものの、彼の鍛冶師としてのスキルは一流だ。
そんなティルマンがつくる武器はどれも素晴らしいものばかりで、普通に買えば、かなりの値段がすると思う。彼と仲良くなれて本当に良かったとオーレルは思っている。これも王立学園に行ったことによる収穫のひとつだ。
だが、すべての商品を彼から仕入れているわけではない。
ダーリエの町にもときどき行商が訪れることもある。彼らから仕入れることもしばしばある。彼らが売る商品の中には珍しいものがあることも少なくない。
そのため、オーレルはいつも行商がこの町に来るのを楽しみにしている。
そんな行商たちの中にもオーレルが仲良くしている者がいた。それはマルコという人物だ。彼はオーレルに恩があり、そのことから彼はオーレルに安く武器を売ってくれる。
オーレルがマルコと出会ったのも学園時代だ。といっても、ティルマンのように学園内で知りあったというわけではなく、オーレルが冒険者として活動しているときにマルコとは知り合ったのであった。
あれは、オーレルが一年生のときだった。当時オーレルの冒険者ランクはまだCランクであった。
その日、オーレルはいつも通り学園で授業が終わるなり、速攻で支度を整え、モンスターの討伐に向かった。王都の門を出て、オーレルはモンスターを探して歩いていた。
だが、途中で一人の人間がモンスターに襲われている場面に遭遇する。オーレルは急いで助けに入った。
そのときに戦ったモンスターは今でも覚えている。当時まだCランクであったオーレルにとっては脅威なホーンウルフというモンスターだった。
その名の通り、鋭い角が生えた狼のようなモンスターだった。大きさは前世の狼とさほど変わらない。
オーレルはホーンウルフの素早さに翻弄された。あのときは、かなりのけがを負い、死闘だった。ホーンウルフを倒せたのは運が良かったとしか言いようがない。
ホーンウルフに追い詰められ、がむしゃらに攻撃したところ、たまたま剣がホーンウルフの頭を貫いたのだ。
おかげで、オーレルは今も生きている。
そのとき、オーレルが助けた相手というのが、マルコだったというわけだ。そのときの恩から彼はオーレルに安く武器を売ってくれている。それだけではなく、各地を巡って手に入れた情報などもオーレルに教えてくれる。本当にありがたい存在だ。
「ありがとうございました。またお越しください」
短剣を購入した女性が帰っていったようだ。
まだ店内にはお客さんがいるので、オーレルたちはそれぞれ対応していた。
入り口の鈴がカランと音を鳴らした。またお客さんがやって来たようだ。このとき、オーレルは別のお客さんと話していたので、入ってきた人物の顔を見ていなかった。
「いらっしゃい。あなたはどんな武器が欲しいの?」
店に入ってきた人物に最初に声をかけたのはリリスだった。
「いや、実はオーレルに話があって来たんだが……」
店に入ってきた人物、ヘルマンはリリスを見て驚いている。
「わかったわ。ちょっと待ってて」
リリスはオーレルの方へ近づいて行った。
「オーレル、あなたに用事があるそうよ」
「僕に? ――ヘルマンか」
オーレルが入り口の方に目を向けると、ヘルマンが笑みを浮かべながら、片手を軽く挙げた。
「ヘルマン、いつの間にこっちにまた来てたんだ?」
「ついさっきここについたところだ。ところで、またもう一人増えたんだな」
オーレルが何のことだ、と聞こうとしたところで、ヘルマンの目線からリリスのことだと分かった。
「ああ、いろいろあってね。彼女もここで働くことになったんだ」
「そうだったのか。あっ、それよりもオーレルには聞きたいことがあったんだが……今は忙しそうだな。後でまた来ようと思うんだが、それでいいか?」
「それで構わないよ。店が閉まるくらいの時間に来てくれ」
「わかった」
ヘルマンは店から出ていった。オーレルは彼の聞きたいことが何かをなんとなく察した。おそらく、この前ダーリエの町で起こった事件のことだろう。そういえば、以前ヘルマンは白いローブの男を知っているかということを聞いてきたなとオーレルは思い出した。
事件のことを思い出しながら、オーレルは仕事に戻っていった。