プロローグ
あたりの景色は先ほどから変わり映えのないものが続いていた。見渡す限り草原が広がっている。
オーレルは馬車に揺られながら代わり映えのない景色を眺めていた。オーレルはこれから始まる新天地での生活に胸を膨らませている。
王都のようなごみごみとしたところより、自然の中の方が空気がおいしいなと感じていた。
すがすがしい気分であったオーレルであったが、その気分は突如速度を落とした馬車に水を差される。オーレルの乗っている馬車は安い乗り合い馬車なので、つくりが粗末だ。そのため、衝撃を吸収するような仕組みなどあるはずもなく、急停止したときの揺れはひどいものだった。おかげで、オーレルは頭を馬車にぶつけた。
ちょうど固いところに当たってしまったようで、かなり痛かった。
「きゃーっ!」
馬車に乗っている女性が突然甲高い悲鳴を上げた。
オーレルは頭を押さえながら辺りを見回した。
すると、馬車の前方に何かの群れがいるのが見えた。あれは、デビルエレファントというモンスターだとオーレルはすぐにわかった。
デビルエレファントは悪魔のような角と翼、しっぽをもつ象のようなモンスターだ。もっとも翼がついているが、彼らは自分の体が重すぎて飛ぶことができない。それなのにどうして翼がついているのは不思議なことだ。
一体のデビルエレファントがオーレルのいる馬車に向かって突進してきた。
オーレルは周りの乗客を見た。馬を引いている御者はあまりの恐怖で気絶してしまったようだ。他の乗客も似たように気絶している人、気絶するまではいかないまでも青ざめた顔をして動けないでいる人ばかりだった。
このまま何もしなければ、現在物凄い勢いでこちらに突っ込んできているデビルエレファントによって踏みつぶされてしまうだろう。
オーレルは、腰を上げた。
馬車から降りると、オーレルは持っていた剣を鞘から抜いた。その剣は全体的に赤を基調としており、ところどころ黒が混ざっていた。その剣からは通常の剣とは異なる気配を感じる。
オーレルは突進してくるデビルエレファントに対して、臆する様子は一切なく、剣を構えていた。
デビルエレファントは象らしい鳴き声を上げ、オーレルに向かって一直線に突っ込もうとした。
だが、オーレルがそれにやられることはなかった。かわりに、デビルエレファントの方が地面に倒れこんだ。ピクリとも動かない。
気絶しておらず、馬車でその様子を見守っていた人々は何が起こったのか理解できなかった。彼らから見れば急にデビルエレファントがやられたように見え、オーレルは一切動いていないように見えたからだ。
「何が起きたんだ?」
「おいおい、デビルエレファントといえば、Aランクの冒険者がようやく一人で倒せるようなモンスターだぞ。それがどうして急に倒れたんだ」
乗客たちは自分の目で見た光景が信じられなかったようだ。
デビルエレファントは体の一部が炎で焼かれたかのように黒く焦げていた。
これはもちろんオーレルの仕業だ。馬車の乗客にとってオーレルが何もしてないように見えたのはオーレルの動きが速すぎて、彼らの眼ではその動きを捕らえることができなかったからだ。
仲間が死んだのを見て、恐れをなしたのか、他のデビルエレファントはそそくさと逃げていった。
その様子を見届けたオーレルは剣を鞘に納め、平然と馬車へと戻った。
「おーい、大丈夫ですかー?」
オーレルは気絶していた御者を揺らした。すると、御者は目を覚ました。
「あれ、ここは? ……あっ、そうだ。あのモンスターの群れは?」
御者はハッとした表情をして、きょろきょろとあたりをうかがった。
「デビルエレファントはもうどこかに行きましたよ」
「えっ? そうだったんですか。よかったー」
御者は安心した表情を浮かべた。
「あなたが追い払ってくれたのですか?」
「さあ、どうでしょうね。それよりも、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、何ともありません」
「それじゃあ、この先もよろしくお願いします」
「はっ、はい、そうですね。モンスターもいなくなったみたいですし、行きましょうか」
御者は気を取り直して、手綱を握った。
「他の皆さんは大丈夫ですか? けがをした方はいませんか?」
御者が乗客に向かって聞いた。
大丈夫、というような声が乗客全員から聞こえた。それを聞いた御者は馬を動かした。
ひとまず、馬車が再び目的地へと向かい始めて、オーレルは安心した。
それから、馬車に揺られること数時間、デビルエレファントが襲い掛かってきて以来、モンスターが襲い掛かってくることはなく、オーレルは無事に目的地へと到着した。
ここはダーリエの町、これからオーレルが生活を送っていくことになる町だ。人の往来は激しくなく、穏やかそうな町だった。
今日のところはどこかの宿で泊まろうと思って、宿を探して町を歩いた。
宿はすぐに見つかった。
「ようこそお越しくださいました。宿泊ですか?」
「はい、そうです。一人なのですが、部屋は空いてますか?」
「空いていますよ」
こうして、オーレルは無事に宿泊場所を確保することができた。泊まる場所が見つからず、野宿になったらいやだなと思っていたのでオーレルは安心した。
荷物を部屋に置いて、オーレルは夕食を食べるべく、再び町の中を歩いた。
歩いている途中、なぜかある建物にオーレルの目に留まった。その建物は何も奇抜なものではなく、周りの建物となんら遜色ない、いたって普通の二階建ての建物だった。柱は木でできているようで、扉は木製だ。
オーレルは気になって近づいて見てみると、ここはもともと何かのお店だったということが分かった。窓から中を覗いてみると、建物にはほとんど何もなかった。ほこりをかぶっているのが見える。どうやら現在この建物は使われていないみたいだ。
「よし、決めた。ここにしよう」
オーレルは独り言を言った。だが、その言葉は力強さを感じさせるものだった。
翌日、オーレルは昨日見た建物のことを知るために周囲の人に聞いて回った。
そうして分かったことは、一年ほど前まで、あそこでは一人の男性が道具屋を営んでいたが、男性は突然あの建物を売ってこの町から出ていったらしい。
その後、買い手は見つからず、約一年間ずっと放置されたままだったようだ。
それを聞いて、オーレルは一切迷うことなくその建物を買った。なぜかはわからないが、直感でこの場所以外ありえないと思ったのだった。
オーレルは建物を購入すると、さっそく中の掃除から始めた。一人で、この建物をすべて掃除するのには時間がかかったが、何とかやり遂げた。
掃除が終わると、次は備品の購入、その次は商品の仕入れ、というように着々と店を開く準備を着々と進めていった。
これまた、一人でやるのは骨の折れる作業だったが、疲れた時は、二階の部屋に飾ったオーレル自慢の武器のコレクションを眺めながら休憩していた。オーレルの趣味は武器の収集で、ここに飾ってある武器は、魔剣や有名な鍛冶師が製作した武器など貴重なものもある。
これらを集めるのには苦労した。だが、武器を見ていると、どんな苦労も疲れも吹き飛んでしまう。
オーレルは武器を眺めていると心が落ち着く。以前、これを友人に話したことがあるのだが、変なものを見るような目で見られた。
「さて、もうひと仕事頑張ろう」
武器のおかげで、オーレルの疲れが吹き飛び、再び店の準備に取り掛かる。
これを毎日繰り返し、この町に来てから1か月たつ頃には武器屋を開店する準備が整った。
最後にオーレルはこの店の名前が書かれた看板を取り付けた。そこには『オーレル武器屋』と書かれてある。オーレルはしゃれた名前の方がいいかとも思い、いろいろ考えたのだが、いい名前が全然思いつかなかった。それで、最終的にシンプルなのが一番いいよなと思って、自分の名前を入れることにした。
オーレルは入り口の前に立ち、建物を見上げた。
「ふう、ようやく準備が整った。これから、どんなことが待ち受けているかはわからないけど、この店に多くの人が来てくれるように頑張ろう」
オーレルは宣言するかのように店の方へ向かって言った。
このとき、オーレルの胸は高鳴っていた。これからの日々に思いを馳せて、オーレルは入り口に『営業中』と書かれた看板を掛けて、店の中へ入っていった。