第7話
「............................どういう、こと?」
──私のために死んで。
緑色に光る手をベッドに潜り込ませたまま、彼女は今までと同じ口調で、言った。
それがなにかの冗談だと、僕は、思わなかった。
なぜなら、沙希は、鼻をかいてなかった──
「どういうことなんだよ、沙希......」
「ねぇー、まさくん。いつか言ってたよね、私のためだったら、なんでもするって」
確かに、僕は言った。
でもそれは彼女が困ったとき、苦しんでいたときに助けるつもりで言ったのだ。
僕が死んで彼女が助かることはない、はずだ。
「まさくん、私、今、困ってるんだよ。
例の殺し合いでさ、私、緑色でしょ?」
「……そうだね」
だから何なんだよ。
僕は、彼女の言っている意味ができない。
「私さ、病気で動けないから、どうしようもないんだよね。
殺されやすいし、人を殺すこともできない」
確かに、それはそうだ。
だけど、
「説明書は読んだ? 沙希が先生に殺されることはないんだよ」
そう例の説明書にかいてあった。
──企業の社員同士、または契約を結んだ顧客間では、殺す権利の使用を禁ずる。
これは簡単に言えば、今まで通り経済を継続させるための法律だ。
社員間の殺し合いを禁止にし、平常通り働かせる。また消費が停滞しないように、客には手を出せない。
咲希は病院にとって客だ。だから、医師や看護師に沙希が殺されることはない。
「読んだよ。でもね、殺しにくるのが先生たけじゃないんだよ、分かるでしょ?」
「……まさか」
そういうことか。
彼女の言っていることがやっとわかった。
「そう、外の知らない、関係のない人が、私たち病人を狙って殺しにくる可能性はある」
沙希は真っ直ぐに言う。
確かに、弱っている病人は殺しやすい。不法侵入の罪に問われるかもしれないが、それだけだ。
でも、だけど——
「でも何で、僕が死ななきゃないけないんだよ? 僕が死んだって何も変わらない」
たとえ僕が、百人殺したとしても、いくらお金を払おうとも、それは変わらない。
言うと彼女は、すぐ返答した。
「ネットで見たんだけどね、緑色の人が、
青色の人を殺しても、紫に変わるんだって」
「それは確証があるのか?」
「うん。まあ、ちゃんとしたサイトだったから」
彼女が鼻をかく。
どうやら確証はないようだ。
「デマかもしれないし、もう少し待ってもいいだろ?」
僕は、十中八九、デマだと思う。
国が出した法案に、欠陥がある訳ない。
「ダメなの! もう......もう遅いんだよ!」
彼女は瞳を潤ませ、呼吸は荒い。
「……となりの部屋のおばさんが殺されたんだよ! だから次は私かもしれない。まさくん、私はまだ生きたいの」
「……」
「だから、まさくん。死んで──」
彼女は泣いた。
僕は、それを冷たい目でみる。
「沙希は……僕が死んでも、僕がいなくても、いいの……?」
彼女は、はっとしたように顔を上げ、涙をこぼした。彼女の真っすぐな瞳と目があった。
「そんなことない! 私はきみと生きたいし、きみと過ごしてたい。まさくんが大好きだよ!」
彼女はしゃくりあげ、涙を流した。
くそだ、本当にくそみたいな世界だ。
僕は、彼女が手を鼻に当てたのを見て、病室をでた。
彼女と会うことは、もう二度となかった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.7
企業の社員同士、または契約を結んだ顧客間では、殺す権利の使用を禁ずる。