第6話
沙希は、病気を患ってもなお、その素直さと優しさを僕に向けてくれた。
お見舞いにいくと、必ず彼女は笑顔を絶やさなかった。
ほんとは辛いこともあるはずなのに、それを僕には見せなかった。
「まさくん、どっか遊びに行こうよ」
「ダメだよ。安静にしてなきゃ。りんごでも食べる? むいてあげるよ。」
「まさくんにむける?」
ある日のお見舞い。
彼女は挑発的にそう言った。
僕も舐められたものだ。
昔から母に包丁を握らされ、夕食の手伝いを続けた僕に剥けない皮は、ない。
はずだった。
「まさくん、なにこれ、りんご?」
「う、うん...」
「こんな四角いりんご初めてみたよ」
率直に言われ、僕はなにも言えず包丁を置いた。
りんごの皮を剥くのは野菜を切るのとは勝手が違い、僕は果肉を思い切ってばっさりと切ったのだった。
「まあ、いいよ。私がやってあげるから」
彼女はベッドから身体を起こし、りんごを剥き始めた。
「なんか、ごめん......」
「いいんだよ、きみができないことを私がやって、私ができないことをきみがやってくれれば、こんな世界でも生きていけるよ」
──そう彼女が言った言葉を、 僕は今でも覚えている。
* * *
そして今日。
目の前の彼女は、以前会いに来たときより痩せていて、以前来たときより笑っていた。
「あけましておめでとう、まさくん」
キスの恥ずかしさを消すためか、すぐに真面目なトーンで彼女は新年の挨拶をした。
「うん、おめでとう」
ただ挨拶をしあう。
それだけで、僕は幸福を感じた。大切な人と言葉を交わす、ただそれだけで僕は満たされていた。
「……もう二年も経ったんだねー。まさくんと出会ってから」
彼女は視線を上にむけ、これまでの思い出をひとつひとつ確認していった。
「告白されたときは本当に嬉しかったよ」
「うん」
「とろろ蕎麦また食べたいなぁー」
「また食べれるよ」
「まさくんのりんご、へたっぴだったね」
「あれは自分でもひいた」
楽しそうに話す彼女を、僕は止めなかった。でも、何か胸につっかかるものが彼女の言動にはあった。
「本当に今まで、まさくんといて楽しかった」
流石に、僕は耐えられなかった。
彼女の言動は明らかにおかしかった。
僕は思い切って、勇気を出して、いった。
「……なにか、あったのか?」
「うーん、いや、ただ一つまさくんに伝えたいことがあって」
嫌な予感が、はっきりとした。
「ねぇ、まさくん」
「……なに?」
悪い予感は、半分は外れ、半分は当たっていた。
病院の白い壁が、外の陽光を反射して、彼女の身体をより白くさせる。
そして、病室の消毒液の匂いと、彼女の甘い香りが混ざり合う、おだやか空気の中で彼女は言った。
「まさくん、お願い。私のために死んで」
こんな世界なら僕は死んでしまいたい。
そのとき、僕は本気でそう思った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.6
青に光った者には、緑に光る者を殺す権利を持ち、殺されることはない。尚、この権利は失われることはない。
ただし、この一年の間に一人も殺さなかった青色の者は、元旦の零時零分に処分する。