第5話
時が経ち、沙希と出会って一年、僕たちは大学四年生になっていた。
「付き合ってください」
その日、僕は、特に節目でも何でもない日に、沙希に告白した。それまでに僕は、沙希に告白され続けたけど、すべて断り友達として彼女を見てきた。彼女の性格はそのあどけない容姿の通り、明るく、竹をわったように真っすぐだった。そして誰よりも優しい。
隣で見てきてそれが分かった。
彼女が、がんばって嘘をつくとき必ず鼻をかく癖とか、映画を見にいった時に必ず号泣するところとか、見ていて正直、可愛いかった。
「よろしくお願いします!!」
咲希は地面に頭がつきそうになるほど、深くお辞儀した。
その大げさな様子に思わず笑ってしまう。
よかった——好意を向けられていたとはいえ僕は緊張していた。
でも彼女の嬉しそうな様子を見て、硬かった気持ちが一気に柔らかくなっていく。
その日の夜、彼女の要望で、僕たちは和食屋を訪れた。
彼女とテーブルを挟み、蕎麦を啜った。付き合った記念として、お酒も頼んだ。
「今日は、とろろじゃないんですね」
「毎回、とろろは無理だよ」
「そうですか。私は毎回いけますよ」
そう言ってずずっと、彼女はとろろ蕎麦を啜る。
彼女はこの一年、僕の真似してとろろ蕎麦を食べてきたせいか、どうやら僕以上にはまったみたいだ。
「とろろって、とろとろしてますよね」
酔った彼女が楽しそうにいった。
「ダジャレ?」
「ふふ、気づきましたー?」
くだらない冗談でも、彼女が言うと何故だか頬が緩んでしまう。
蕎麦を食べて終えて、店を出た時にはもう外は暗くなっていた。月光に照らされた彼女の顔は神秘的な感じがした。
「すこし、飲みすぎちゃったー」
彼女は、お酒は好きだが酒に飲まれる体質のようでたった一杯で、うつらうつらしていた。彼女がよろめく。
「大丈夫か?」
「だい、じょうぶです」
再び、よろめく。
「大丈夫じゃないだろ? ちょっと休む?」
「休みま、せん。てーつないでくれたら、だい、じょうぶで、す」
僕は少し、思案して手を繋ぐ。
彼女の体温が伝わってきてちょっとドキッとした。彼女がまたよろめき、僕に寄りかかる。
「ほら、だい、じょうぶでしょー?」
彼女が歌うように言う。
「ねえー、まさとくん、もし私に困ったことがあったら、助けてくれる?」
「きみのためなら、なんでもするよ」
僕はよろよろしている彼女を離さないように強く握った。離したくない、と思った。
「ほんと? ありがとー。へへ」
彼女は笑って僕にもたれかかる。
僕は離れないように、離さないようにもう一度強く手を握った。
──この一ヶ月後、彼女は病に侵され、もう二度と手を繋いで歩くことはなかった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.5
白、または黄色に光ったものに殺す権利や殺されることはない。