第4話
——三年前——
僕はその時、本を読んでいた。
建物に囲まれたキャンパス中庭のベンチ、僕のお気に入りの場所で、休みの日にもたまにここに来て、本を読む。
その日は、土曜日で空は快晴だった。
たまに聞こえてくる声も、鳥のさえずりも、ちょうど良い環境音となり、僕はすぐ本の世界に溶け込む。
だから、その時、自分にかけられた声に気づかなかった。
「すいません………あのっ……すいません!」
「えっ、あっ、僕?」
「そうです、きみです」
そう言って、目の前の女の子は笑い、同じベンチに座った。
誰だろう?
彼女のことを、僕はまだ知らなかった。
「何ですか?」
本に栞を挟み、彼女の方を見る。彼女は真っ直ぐな目を僕に向けて、言った。
「実は私、きみのことが好きです」
「んっ?」
思わず変な声が出る。
まだ話したことのない女の子に告白されたのだから、当然といえば当然だ。
僕がどうしようもない沈黙をどうしようか悩んでいると、彼女が言葉を継いだ。
「だから、付き合ってください!!」
えっ、早くないか。
まだ名前すら知らないのに。
「えっ、あのごめん。僕たちってどこかで会ったこと……ありますか?」
先輩か後輩かも分からない彼女に、僕は敬語を使うべきかどうか、あやふやに聞いた。
「しゃべったことはないです。私が一方的にきみを見ていました……ずっと」
なんかこわいな。
ていうか、彼女の言葉に僕は気づく。
「もしかしてきみ、僕の名前知らない?」
彼女は、大きな瞳を、やはり真っ直ぐに僕に向け、なぜか胸を反らし、言う。
「知りません! 教えてください」
マジか、名前も知らない人に告白する人なんているんだ。僕はひとつ学んだ。
「僕は佐原雅人。きみは?」
「私は、小桜沙希といいます。よろしくお願いします、まさとさん」
「う、うん」
小桜だから、さきは咲と書くのだろうか、なんて考えてみるが、聞いたほうが早い。
あの、と声を出して聞こうとすると、沙希と声をかぶせるように言った。
「あの、それで、どうですか? 私と付き合ってくれますか?」
「あの……なんで名前も知らなかった僕と付き合ってほしいの?」
彼女は、ほんの少しだけ照れたように顔を赤らめ、僕にはっきりと言った。
「ひ、一目惚れです!」
一目惚れ。アニメやドラマでよく見るその言葉を、現実で言われるとなぜかしっくりこない。そんなことあるんだな、とひとごとのように僕は思う。
沙希は一目惚れした話を、僕に熱く、語ってきた。
僕の論文発表の時に、初めて見て惚れたことや、その日からあとをつけるようになったこととか、僕の選んだ学食と同じやつを食べるようになったこととか、全部。
「まさとさんってとろろ蕎麦好きですよね」
「…………」
僕の沈黙を図星だと解釈した沙希は、まくし立てるように僕についてのことをしゃべり続けた。
「まさとさんってA型ですよね。血液型性格診断をしたら全て、A型に当てはまりました。そして雅人さんはコンタクトですよね。よく見たら気づきましたよ。これは私の憶測ですが、雅人さんって巻き爪で……」
という風に沙希は僕のことを、僕以上に知っていた。
怖いとも思ったがそれ以上に嬉しかった。面白いと思った。話し続ける彼女に、僕は言う。
「お腹空いたんで、ご飯行きませんか」
お昼前の午前十時、僕は彼女を誘った。
彼女は嬉しそうに頷き、ベンチを立つ。
眩しすぎる太陽と、新緑の匂いが、風に乗って、また新しい空気を運んでいた。
これが沙希との初めての出会いだった。
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説明書 No.4
緑の者が、緑の者を殺した場合、殺した者の色が緑から、紫に変わる。
緑は紫を殺すことはできない。紫が他の色を殺す権利もない。