表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

第3話

「ただいま……」

 

 さっきのショックを隠しきれず、僕の声はいつもより幾分、トーンが下がる。

 

「お帰りなさい。どうだった?」

 

「ああ、父さんの言う通り、緑は誰もいなかったよ。白と黄色は数人、見かけた」

 

「そうか、まあそうだろう」

 

 少し考える素振りをみせて、コーヒーをすする。

 父はうまくいかない事や、難しい問題があると、コーヒーを飲みながら考えて解決策を出す。それが彼のやり方だった。


「とりあえずお前は、沙希さんの様子を見てきたらどうだ。心配だろう」  


「あ……うん。昼から行ってみるよ」

 

 沙希は、僕の彼女だ。

 大学の時に出会って、それから現在まで付き合っている。

 確かに僕は沙希のことを、心配していた。

 それは、女だからとか、彼女だから、とかではなく、彼女が病人だからだ。

 それもかなり重い方の。

 

 でも、さっきのことが僕の心を重くしていた。

 もしかしたら沙希からも怖がられるんじゃないか。

 そんなことはないと分かっていながらも、悪い想像ばかり浮かんだ。

 

 メールをしてみよう。

 そうすれば会ったときに、驚かせる心配もなくなる。

 スマホを手にとり、履歴の一番上、【さき】のアイコンをタップする。

 

【会って話したい。今日は大丈夫?】

 送ると、すぐに、返信がきた。

【大丈夫だよ。私も会いたい】

 

 ここまではいつも通り。

 次が問題だった。打つ手が少し、震えた。

 

【僕の手、青いんだ。それでも沙希は大丈夫? 会ってくれますか?】

 

 最後が敬語になっていることに、送ってから気づく。震えが止まらない。

 沙希からの返信は少し、間があった。


【もちろんだよ。まさに会ってちゃんと話したい。いつでも待ってるよ】


 その時、僕の震えが止まった。

 よかった、と心から思った。

 

「父さん、僕、沙希に会いに行ってくる」

 

 僕は家を飛び出し、沙希のいる病院に向かった。今すぐ彼女に会いたかった。改めて好きだと伝えたかった。

 

 僕は、車で誰もいない街を駆け抜けた。

 信号に捕まることなく、病院につく。


 沙希のいる部屋に階段であがり、病室の前に立つ。息を整え、ノックする。

 

 「はーい」

 

 扉越しに聞こえる沙希の声に、今までの不安が全て、きれいに消し飛んだ。

 ドアをスライドさせ、中に入る。


 そこに、沙希がいた。

 緑色に光る手を、目一杯にふり、僕をよんでいた。無邪気に手を振る彼女を可愛いと思った。

 初めて、その人工的な光が描く弧を、美しいものだと思った。


 「まさくん、大好きだよ」

 彼女はそう言って、僕にキスをした。

 「僕も、沙希が大好きだ」

 僕はお返しに、彼女のほっぺたにキスをする。この瞬間が僕にとって幸せだった。

 

 

 僕はその時、人生の絶頂だった。

 それはつまり、僕はこれ以降この瞬間を超える幸せを感じることが、もうできなかったということだ。

 

 世界はそう簡単に、変わってくれない。 



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.3


緑に光る者は、同じく緑に光る者を一度だけ殺す権利を持つ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ