第9話
翌朝。
僕は様子を見に、家から出た。
外は、昨日と同じ人気のなさで、本当にここが実家の町か疑いたくなるほどだった。
町を歩きながら、息をすう。
冬の冷たい空気は、澄んでいるような気がする。
外の様子を確認することが目的だったが、歩いていると心が落ち着いくのを感じた。起きてから昨日のことがずっと頭の中にあったが、歩いていると考える時間もへり、憂鬱になることはなかった。
そうして久しぶりに地元の町を歩いていると、やがてこの町のシンボル、『電波塔』が姿を表した。
真っ黒な円柱。
その最上部に突き立った針が、パラソルのような傘を何層かにわたって貫いている。
その針の先端から、この町を覆うほど広範囲に、電波が射出されている。
子どもの頃はその真っ黒な外観が不気味で、よく下を向いてあるいていた。
今見ても不気味だと思うのは変わらない。
* * *
歩いていると『緑のうきうき公園』と書かれた広場が現れた。
すべり台やブランコなどの遊具が、だれもいない空間に静かにただずんでいる。
幼いころ、智子ちゃんや同級生たちと遊んでいたことを思い出す。
「どうして緑なの」
一度、母さんに聞いたことがあった。
そして僕は、小学校に入ってから歴史の授業で知ることを、少し先にきいた。
砂で覆われた広場を見て、いま思う。
木々や草花があった時代とは、どのようなものだったのか。
昔もいまも、この町に緑はない。
* * *
僕たちが生まれるずっと前。
世界は悲惨な争いをしていたらしい。
自国を守るため。
自国が正しいから。
あの国が間違っているから。
理由はさまざまだった。
でも、どれも何百万という人を殺しあうことと釣り合う理由はなかった。
本来は争いをうまないためにあった宗教が、戦争の都合のよい理由に使われたりもした。
なんのために戦っているのか。
それは国のトップ、あるいは操作された情報に影響を受けた人間にしか分からなかった。
多くのものが、わけも分からず、敵と呼ばれる人間を殺し、殺された。
人はいつか扱いきれなくなった技術で自ら人類を滅ぼす。
産業革命が起きたときからあった予想は、半分は当たっていた。
戦争が終結するころには、すべてが手遅れになっていた。
緑は枯れ果て、気温は上昇し、有害物質をふくむ空気が世界を覆っていた。
植物が二酸化炭素を吸収できないことで、気温はさらに上昇し、砂漠化がすすむ。
悪循環だった。
人類は、もう人が世界を治めることは不可能だと思い知った。
そこで、世界は一つのものに縋った。
それが人工知能。
AIだった。
* * *
教科書で見た木々や草花が、この公園に咲いているのを想像した。
でも、うまくできなかった。
僕は砂におおわれた公園をあとにした。
世界はその後、AIの指導のもと、人工光型プラントを各地につくり食料難を乗り越えた。
しかし、プラントが作れる作物にも限界があり、日本の総人口——約一億が満足に食べることは不可能だった。
だから必然的に作物の物価は上がり、野菜は高額で取引されている。一部の富裕層しか買うことができないほどに。
昔は庶民が自分で買うことができたらしいが、いまは違う。多くの人が生活保護を受けて生活している。
国が食料保護法を定め、生活保護を受けている人に野菜などの食料を配給している。
情報によると、国民の九十パーセントが生活保護を受けているそうだ。受けなくても生活できる人はきっと、どこかの社長か名家ぐらいだろう。
僕は大晦日の豪華な食事を思い出す。
両親はあの料理のためにいくらお金をかけたのだろう。
十時路に差しかかる道を歩きながら考えていると、
「きやゃあぁーーーー!!」
断末魔のような女性の叫び声が、近くでした。
僕は声の聞こえた方へ、駆け出した。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.9
白に光る者は生活保護を受けてない国民である。