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第8話

 家に帰り、ただ無為に時を過ごし、僕はベッドで考え続けた。

 たった一日で、僕は、旧友を失い、そして、大切な彼女を失った。


 ──私があなたを殺します。

 

     首相の声。

 

 ──君とはもう会えない。

 

     智子ちゃんの声。 


 ──私のために死んで。

 

     沙希の声。


 思い出すだけで、頭痛と吐き気が僕を襲った。

 そして、どこにもぶつけられない怒りが、水からお湯を沸かすときのように、ゆっくりと湧き上がってきた。


 なんで僕ばかり……

 僕が何をしたんだよ。

 お前らは何を考えてんだよ。


 ──ドンッ……

 

 自室の壁を思い切り殴り、手から血がたらりと流れた。

 僕は、少し安心する。

 僕は、まだ、生きてる。血を流すことが、まだ僕にはできる──


        * * *

 

 そこから何時間経っただろうか。

 考えることに疲れて寝てしまった僕を、母の声が起こした。


 「雅人、ごはんだよ」

 

 自室のドアが開けられ、母が入ってくる。

 

 「おーい雅人! おきなさい!」


 それでも僕は身体を起こさなかった。

 駄々をこねる子供みたいだ、と僕は思う。でも僕は、顔をあげなかった。


 母は諦めたのか、部屋から静かに出ていった。申し訳ない気持ちと、一人にしてほしいという気持ちが、丁度半々ぐらい、僕はもう一度瞳を閉じる。


 もう一度、眠ろう。

 僕がそう思った瞬間、再び自室のドアが開けられた。


 「雅人、何があったか知らんが、とにかく起きて飯を食え。この家のルールだ」


 父の声だった。

 いつもの声より幾分、穏やかでそして力がこもっているように僕は思えた。


 「雅人、早く起きなさい」


 仕方なく僕が顔をあげると父、そして母が僕のベッドの前にいた。

 僕は身体を起こし、謝る。


 「ごめん……父さん、母さん」

 

 ベッドから起きあがると少し頭が冷えた。

 今は悩んでいる場合ではないと冷静に考える。

 すると、母がゆっくりと声をあげた。


 「……雅人、あんた、手が──」


 赤くなっていた。

 血をふかずに寝たせいで、肘の方まで血の道ができていた。


 「ごめん。なんでもないから、大丈夫」

 

 もう痛みは消え、ただ赤くなった手の甲を僕は見る。赤と青が混ざっても、血の量が少なく、手の甲は紫色にはならなかった。


 「大丈夫、じゃないわよ! 早く! 腕見せなさい!」


 母さんの声がなぜか、懐かしい。

 ケガした時はこんなんだったけ。

 

 「ごめん、母さん迷惑かけて……」

 

 僕は冷めた心が、だんだんと熱を取り戻していくのを感じた。

 例え彼女や友人に裏切られても、帰るべき場所があって。本当に良かった。 

 

 「もうっ、なに言ってんの、雅人。

  家族なんて迷惑かけてなんぼだよ」

 

 そう言って笑いながら僕の手当てをする母さんも、僕に喝をくれた父さんも、きっとこの世界で一番の僕の味方だ。


 たとえ、僕が狂ったとしても。

 

 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.8


緑に光った者は、十五歳以上の生活保護を受けている者である。

 

 



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