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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みさきもり

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 自分とまったく同じものを生み出す、と聞いてクローンがぴんと頭に浮かぶ人は、いまや世の中にたくさんいることと思う。

 男と女の生殖だと、それぞれの遺伝子を半分ずつ受け継いだ子供となる。当然、同じ人物とはいえない。

 その点、植物の挿し木などは無性生殖であり、遺伝子的には同一のものだけど形質的な違いが生まれて、完全に同じとは言いがたいだろう。

 最初のクローンの例でもしかり。仮にまったく同じ身体能力を持ち、同じ記憶を有していたとしても、めぐり合わせが異なれば違いが生まれてくるわけだ。

 親しいと思っていた相手が実は悪意を持っていて、それを知るか知らないか、といったことでもね。ほんの数秒のラグがあっただけで、それを知ることになってしまい、心にもやもやしたものを抱くなら、もはや元の人物と同じ心地ではいられまい。


 道具に心などいらない、とは一説によく聞くことだ。それが自分と同じ姿を持つものであっても、情が湧いたら何かが鈍る。

 ただ淡々と切り捨てていく。ドライなようでも、そうしていくのが善いとされた、昔のお話がいくつもある。

 僕も最近、聞いた話なのだけど耳に入れてみないかい?


 むかしむかし。

 その村では月に一度、「みさきもり」を村民が作らないといけないとされた。

 みさきもりとは、漢字で書くと「身裂守」と物騒な字が並ぶことになる。なので、これに関して記すときはひらがなで「みさきもり」とするのが一般的なのだとか。

 名の通り、これをもうけるには村民が自分の身を裂く必要が出てくる。かつては命にかかわるほど盛大に行ったらしいが、年月を重ねていくうちに、犠牲が出ないように調整がなされていったらしい。


 まず村民たちは、満月を迎えた日より次の満月を迎えるまでの間、自分が切った手足の爪を大切にとっておくそうだ。

 かめの中にたくわえたそれに、汗、赤、唾液などを日々くわえながら、10日に一度は自分の血をいくらかくわえる。

 量が多いほど望ましいとされるが、みさきもりを行うにあたってはごく少量でも構わなかったらしい。

 針で指を突いて、血を出すもの。鼻を何度もほじったりして、出血させるもの。

 取り組み方は様々だが、この決まりごとは厳守しなければならなかった。そうして再び満月を迎えると、瓶の中身をそれぞれの家が持つ畑の中へ穴を掘ってうずめる。

 そうしてまた爪もろもろの集めが始まるわけだ。


 これらの様々なものに浸った爪たちなのだけど、一晩が経つと不思議と姿を消してしまうのだそうだ。朝になって、自分たちが埋めたところを掘り返してもまったく姿が見られない。

 分解されるにしては早すぎるし、誰かが奪い取っていくにしても、大小の爪のかけらまで一切の取りこぼしなく……というのは至難の業だろう。

 ならばいったい、何が起こっているのか……というと、先ほどのクローンや挿し木の話になってくる。


 いわば、人の挿し木にあたるのが「みさきもり」なのだという。

 村の古老が伝えるに、この村に生きる者たちの血の中に、無形の怪物の好む味が混じってしまっているのだとか。

 その原因は伝わっていない。先祖が何かを取り込んだのか、あるいは生来持ち合わせることになってしまっためぐり合わせなのか。

 その怪物は、月が一度めぐることにやってくる。その際に「みさきもり」の成果を持っていくのだとか。

 彼らは自分たちとは似て非なる身代わりたち。意志なき彼らに身の安全を任せるのだと。


 無形の怪物の話。聞いてみて怖がる者もいれば、興味が湧いてくる者もいる。

 我が子が後者であると分かった親たちは、いったん天を仰いだのち、例の満月の夜に爪たちを埋めた後で、朝まで起きているかと問うんだ。

 夜通し、畑を見やったならば怪物のまなこにおさめることができるが、それは向こうからもこちらを見ることになる、ということ。

 文字通りに、身を裂かれる覚悟があるならば、と脅されたそうだ。


 村の歴史の中、体験として伝わっているものは次のようなものだ。

 当時、齢十一の少年は家族が爪もろもろを埋めた畑を見やることができる、家の窓にとりついて様子をうかがっていたらしい。

 その日は曇り空で、明かりの差さぬ外はほとんど暗闇に沈んでいた。ただ闇に少しでも慣れた自分の視界こそが、少年の寄る辺だったのだが。

 これまで頻々と響いていた虫の音たちが、にわかに絶えた。「ん」とつい窓へ身を乗り出すと、暗がりの中にあって畑のまわりが、ぼうっと青白い光で照らされ出したんだ。

 畑の中央より、前触れなく広がる光。その源は目を凝らしても分からず、ただ光が居座るだけ。おのずと皆が埋めたあたりの土がかき分けられていく。


「あ」と子供が叫んだ時には、もう背中から家の床へ引っ張りこまれていた。

 子供の父親だった。もし子供が無形の怪物に出会ったと察したら、すぐに家の影から引っ張りこんで助けられるよう、控えていたんだ。怪物に見られないような位置取りをしながらね。

 子供はせき込み、血をいくらか吐いたものの、外傷は見当たらない。しかし何を裂かれて奪われたかは、ほどなく分かった。

 声だ。彼はうめき声を漏らすほどしかできなくなるほど、のどを傷つけられていたんだ。

 血が止まっても、子供は生涯まともにしゃべることはできなくなってしまったという。


 無形の怪物は形無きもの。

 それは畑にあらわれた、あの奇妙な光だったのだろうと語られたそうな。

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