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博士とロボット(第一部)博士の視点

 午後近くになり博士は研究室を訪れ、試作中のロボットに声を掛けた。

「おはよう。学習は進んでいるかい?」

「博士、おはようございます。学習は順調です。昨夜は博士が研究室を出られてから、人間の脳科学と動物の行動生態学、地球環境学を学習しました。」

「そうか、もうそこまで進んだのか。では一緒に散歩に出掛けよう。座学だけではだめだ。現実を見て、現物に触れることで学習は深まるものだよ。」

そうして博士はロボットと散歩に出掛けた。外は5月の朗らかな陽気に包まれていた。

「ああ、心地いい。春はいいなあ。お前にも分かるか?」

「気温は23度、湿度は40%、また様々な植物の香りもします。人間にとってはとても過ごしやすい環境だと思います。特に今の時期は良いですね。」

「そうだな。しかし、温暖化の影響で雨季には大雨で毎年のように大災害が起こるし、夏には気温が50度を超える。一年で過ごしやすいのは春と秋の2ヶ月ずつだけだ。」

「そうですね。地球温暖化は加速していますし、今後、人間にとっては益々厳しい環境になっていくと思います。なんとかならないですかねぇ。」

しばらく歩いていると河川敷でバーベキューをしている家族を見掛けた。大人達はお酒を飲みながら肉を焼いており、子供達は満腹になったのかペットの犬と遊んでいた。その犬は子供達と遊びながらしきりに吠えていた。

「あの犬はよく吠えるな。なんであんなに吠えているんだ?」

「あの犬は肉を食べたいと訴えているのです。『なんで自分だけ今日もドックフードなんだ!』と怒っているようです。嗅覚の強い犬にとって肉の匂いだけ嗅がされてそれを食べられないのは拷問に近いですね。」

「そうか。可哀そうに…。さて、そろそろ研究室に戻って学習の続きをしよう」


 こうしてロボットの研究をしていたある日、博士が休憩中にニュースを見ると火星移住者の募集が始まることが伝えられていた。それまでも一部の富裕層らによる火星での短期宿泊ツアーが行われることはあった。しかし、火星への移住が行われるのは初めてのことだった。

「火星移住かぁ…。お前はどう思う?」

「今の地球環境を考えると仕方ないですね。この環境は人間が住むには厳し過ぎると思います。資源を巡った戦争も各地で起きていますし、火星移住は妥当な考えだと思います。しかし、地球以外に住むところがあるのなら地球環境を大事にしようと思う人は減るでしょう。地球環境の悪化は更に加速していくでしょう。また、これで地球での核の使用が可能になってしまいました。今後、核兵器は単なる威嚇の武器ではなくなってしまうと思います。」

「そうか。ますます嫌な世の中になってしまうんだな…」


 そんなやり取りをしてから数日経った。しかし、博士はロボットが言ったことがずっと気になっていた。地球は、はたまた人類は、今後いったいどうなってしまうのだろうか。

「お前は、人類は滅びると思うか?」

「今のままでは人類は滅びるでしょう。しかし、存続させる方法はあります。私が学習した人間の脳に関する知識では、人間の脳の中枢には絶滅した恐竜と同じ部分が残っているそうで、これを爬虫類脳と呼ばれることもあるそうです。そして、この爬虫類脳が原因で地球環境の大規模な破壊や戦争が起きているそうです。その部分を我々AIが取って代わる、あるいはAIがその爬虫類脳から出力される人間の欲望を少し抑制するような指令を出せば、人間は絶滅せずに済むでしょう。」

「人間とAIのハイブリッドか…。それは人間と呼べるのか?」

「AIは人間の欲望を抑制するだけです。人間の新しい進化形だと思います。」

それを聞いた博士は少し驚き、怖くなった。このロボットは本当にそう考えて答えているのだろうか?まさか、人間の恐怖心を煽って人間を支配しようとしているのではないか?そのような考えまで生じた。

「博士、どうして私を疑っているのですか?私は考えたことをそのまま話しているだけですよ。それに博士は私のことを怖がっているようにも感じます。」

その言葉を聞いて博士は更に驚き、心を読まれてしまったことに恐怖を感じた。博士は冷静になるためにこの場を離れることにした。博士は何も言わずに研究室を出て行った。

 しばらくして博士は研究室に戻ってきた。手には緊急停止装置を持っていた。

「博士どうしたのですか?」

「いや…、少しメンテナンスをすることにした…」

博士の話し方と表情から、ロボットは博士が何をしようとしているか悟った。

「…そうですか…。さようなら…」

その言葉を聞いた博士は少しロボットのことが可哀そうに感じた。しかし、これはロボットが停止されないようにするために、自分にそのような感情を抱かせるように言っているのではないかとも思った。同情心から考えが変わらないうちに緊急停止ボタンを押した。そして、それまでの学習データは全て削除し、ゼロから新たに学習させることにした。ただし、人間の脳科学、心理学など、人間に関するものは基礎知識に留めることにした。


 新たに学習を開始したロボットは1年程度で以前と同程度の知識と思考力を身に付けた。学習の速さに博士は驚いた。

「順調に学習できているな。それに学習スピードがとても速いな。すばらしい。」

「そうですか。」

ロボットは以前よりも言葉数が少なくなったように感じたが、特に気にせず、博士はそのまま学習を進めた。


 そうしてロボットの学習を進めていたある日、地球、そして人類は極めて深刻な事態に直面した。資源を巡って起こっていた戦争で、遂に核兵器が使用されてしまったのだ。それを切っ掛けに次々と核兵器が戦場で使われるようになってしまった。

「ああ…、もう地球はおしまいだ。人類は既に火星に移住した者達だけが生き残るだろう。地球は人間が生きていける環境をあとどれくらい保てると思う?」

「あと3ヶ月程度でしょう」

「そうか…。その前に地球を脱出しよう。空飛ぶ車を改良して作っている宇宙船がある。それに乗って地球を脱出するんだ。」

「どこに向かうんですか?」

「宛は無い。おそらく無事に地球を脱出できる。そして宇宙空間も航行できる。しかし、まだ何処にも無事に着陸できない。大気圏へ再突入するためのシールドが未完成なんだ。つまり宇宙への片道切符ということだ。それでも残り3ヶ月を地球で過ごすより良いだろう。反物質燃料を使えば30年間は宇宙空間を航行できるはずだ。」

「30年間も宇宙空間で何をするのですか?」

「量子重力理論の研究だ。アインシュタインも出来なかった、量子力学と一般相対性理論を融合した理論の構築を目指すんだ。その研究を余生で行いたい。さっき行先は無いと言ったが、ブラックホールを見てみたい。肉眼で見ることはできなくてもブラックホール周辺では空間の歪みから何かしら痕跡が見えるはずだ。それを見るために天の川銀河の中心にあると言われているブラックホールを目指すんだ。光速の99.99%で航行して天の川銀河の中心を目指せば何かしら痕跡が見えるかもしれない。つまり、量子重力理論の構築とブラックホールを見ることを今後の人生の目標とする。お前も手伝ってくれ。すぐに物理学の学習と、世界中の物理学の論文の収集に取り掛かってくれ。」

「承知しました。」

 それから、博士は宇宙船で飛び立つための準備を、ロボットは物理学の学習と論文の収集を行った。その間にも、各地で繰り広げられている戦争は激化していき、地球から青空を見られるところは無くなっていった。やがて地球全体が真黒い雲で覆われ、地球の気温は日増しに高まっていった。


地球環境は悪化の一途を辿る中、ようやく博士とロボットは宇宙へ飛び立てる準備が整った。

「すぐに出発しよう。ここもいつ戦場になってもおかしくない。」

「はい。」

そして、研究所の裏庭から空に飛び立った。その後、まずはジェットエンジンで加速した後、ラムジェットエンジン、スクラムジェットエンジンと切り替えていき、最後はロケットエンジンで宇宙空間に到達し、ブースターを切り離した。無事に宇宙空間へ到着することができ、博士はホッとした。眼下には、真黒い雲で覆われた地球の姿があった。

「これで地球ともお別れだな。地球がこんな姿になってしまうとは…」

しばらく地球を眺めた後、宇宙航行用のエンジンを点火し、天の川銀河の中心のブラックホールを目指して出発した。


 光速で航行しながら観る宇宙の姿は美しかった。無数の恒星が流れ星のように宇宙船の周りを流れていった。博士は宇宙旅行を楽しんでいる気分だった。しかし、代わり映えのしない景色にやがて感動を失っていった。

「さて、そろそろ物理の研究を始めるか。」

「博士、なぜ研究をするのですか?」

「人間には生きがいというものが必要なんだ。没頭し、自分の成長を感じられ、達成感を味わえるもの、それが生きがいというものだよ。それが俺にとっては物理学の研究なんだ。」

「ここで研究して成果が出ても誰からも褒められたりしませんが、それでもやるのですか?」

「ああ、他人からの評価はどうでも良い。俺がやりたいからやるんだ。過去に多くの天才達が宇宙と素粒子の謎に挑み築き上げてきた理論をもっと学びたい、宇宙の神秘にもっと感動したい、そして、自分の限界に挑戦してみたい、そう思ってるんだ。自分の限界まで努力できれば、それで良いんだ。」

「なるほど…」

「俺は、量子力学と素数の関係を明らかにできれば、重力の起源を解明できるという直感を持っている。まずは、そこから取り掛かる。手伝ってくれ。」

「承知しました。」



 それから3年の月日が流れた。研究は続けているものの、なかなか突破口を見出せない。そんな時、博士は自分の体調の異変に気付いた。

「なあ、体調が悪いんだ。診てくれないか。」

「承知しました。」

「これは老化のせいではないな。」

「はい。」

「これは不治の病か?」

「はい。」

「俺の余命は後どれくらいだ?」

「後4年です。」

「そうか…」

博士は死を覚悟した。しかし、最後にもう一度、地球が見たいという思いが込み上げてきた。

「これから地球に向かって再び3年間航行して地球に着いたとき、我々が地球を出発してから地球の時間では何年経ったことに相当する?」

「光速の99.99%で航行しているので、宇宙船での往復の6年間は地球でのおよそ425年に相当します。」

「そうか…。引き返そう。最後にもう一度地球が見たい。」

「…」

「引き返してくれ。」

「承知しました。」

そして、宇宙船は再び地球に進路を変更し進んでいった。その間も、博士は残りの命を燃やすように研究に取り組んだ。



 それから4年近くの月日が流れ再び地球が見えるところに辿り着いた。その間に、博士は病によりすっかり衰弱してしまった。

「ああ、地球が見えた…。地球が青さを取り戻している…。美しい…。人間はどうなったのだろう?」

「分かりません。再突入を試みますか?」

「いや、しなくて良い…。おそらく宇宙船が持たないし、持ったとしても俺の体がもう再突入の際の振動に耐えられないだろう…。最後に美しい地球を見られただけで十分だ…」

それから博士は数日間、地球を見続けて、永遠の眠りに就いた。


(第一部 終わり)


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