運送業者
学生時代の生き方でその後の人生が構築されるという仮説を提唱したとき、一体どれくらいの人が共感してくれるだろうか。美化するほどでもない過去を持っている僕はそんな無駄なことを考えることが多い。
そして寝るとき特有の頭を沈めるための枕のベストポジションを探し続けるように日々を送っていると、ぽっくり死んだ。左から猛スピードで突っ込んできた車に轢かれた。結局ベストポジションは見つかっていないまま。
死んだ後の流れというものは思っていたよりもシンプルなものだった。僕が初めて自分が死んだと理解したのは左わき腹から内臓が流れ出ているのを見た時でも近くのおばちゃんが嘔吐しているのを見た時でもない。急におへそから糸が雲に向かって飛び出し、スーツを着た男にその糸を引き寄せられて雲の上まで引っ張られたときだった。魂を抜き取られる感覚は案外悪くなかった。雲の上に着くとスーツの男は口を開き、僕に二つのことを伝えてくれた。一つ目は、僕は特別悪いことをしてこなかったからか天国行きのバスに乗ることができること。二つ目は、地獄は天国までの道中に通るためもし見たいのであれば見られるということ。僕はそのバスに乗り込むや否やすぐに目を閉じた。
天国に着くと僕は初めて足に力を入れて、ただ立つことに集中していた。天国と聞くと明るくきらびやかな世界を想像していたが、実際はただ奥に無限と続くカラオケの通路のようなものだった。小柄な男が第一ボタンを急いで閉めながら小走りで奥からやってきた。奥と言っても僕が肉眼で見える範囲の奥だった。しわしわのスーツがより彼が頼りない男として演出していた感じがあってとても幼い印象だった。
「ササキさんですかね!?遅れて申し訳ございません。私今回ササキさんの担当を務めさせていただきます、小西と申します!よろしくお願い致します!。」
僕は天国に来てまで人間らしい奴に出会うと思っていなかったため眉間にしわが寄っていたかもしれない。
「よろしくお願いします。」
天国で愛想を振りまく必要があるのかと疑問に感じながら全力で口角を上げて言うと小西は続けた。
「久しぶりの担当でちょっとウキウキしちゃいますね~。じゃあ40番のドアに向かいますよ~。」
この能天気で空気が読めない感じはとても嫌いだ。嫌われていることにも気づかないで一番人生を楽しむタイプなのだろう。そして今更気づいたがこの天国の空間には僕と小西しかいなかった。この薄暗くもあるカラオケの通路に僕と小西。見慣れた景色であるはずなのに、無限に続きそうなカラオケの通路が僕を少しだけ興奮させた。しかしこの人の少なさはさすがに心配になる。最初にスーツの男と話していた場所には結構な人数がいたはずなのだが。
「天国の割には人少なくないですか?」
「あ~。なんか先輩から聞いた話によると最近悪いことをしても悪いことしてるっていう自覚がない人間が多いらしいんですよね。私も詳しくは知らないんですけど。ただ地獄に行くほどのことでもない微妙なラインの人間が多いらしいんで天使側も困っちゃってるわけですよ。」
その時初めてスーツを着ている男たちが天使なのだと知った。
「天使なのにスーツを着るんですか。」
「今は日本の文化を取り入れる時期ですからね~。ちょっと前まではアメリカだったのでTシャツに短パンとかで出勤してたんですけどね。いや~でも日本もいい文化ですよね。いい意味で堅いからなんか気合入ります。あ、ちなみに宇宙で存在している生命体って地球に住んでる人間だけですからね!夢壊しちゃいました?だからこうやって時期によって地球の各国の文化を取り入れて仕事してるんですよ。そっちの方が天使側も仕事してて楽しいですしね~。」
一人でずっとにやにやしながら繰り出される小西の話はツッコミどころ満載だったが、もう理解しようとすることを僕はやめた。そうこうしているうちに40番のドアの前に着いた。
「ここからはササキさん一人で行ってもらいますからね~。じゃあ頑張ってくださいね~。」
そうすると小西は役目を終えたゲームのキャラクターのようにじっと見つめてきた。少し気味悪さも感じるほどだったのですぐにドアを開けて中に入った。
中はオフィスの一室のような空間だった。前に三人の面接官のような男二人と若い女が一人。その三人の対面に椅子が置いてある。
「ササキさんですね。どうぞお座りください。」
右端の男が言った。ここに来てまで面接のような空気感を味わなければいけないことに少し苛立ちを感じた。
「では簡単にササキさんのプロフィールについて確認させていただきますね。」
左端の若い女が話し始めた。
「A大学の学生さんで三回生の21歳ですね。大手出版社である○○社に第二次面接に向かう途中の交差点で車に轢かれて死亡。それまでの人生としても特に目立つところはないですね。友達も多すぎず少なすぎず。彼女もいたことはあるし。このままだと普通に輪廻転生で大丈夫じゃないですかね~。あっ。」
女が真ん中の男と何やら話している。正直早く新しい人生にシフトチェンジしたい。この人生は正直楽しくなかった。何度人生疲れたと思ったことか。
真ん中の男が初めて口を開いた。
「こちらとしましてはね。誰からも必要とされない人と誰からでも必要とされすぎる人っていうのはすぐに転生できない決まりになってましてね。佐々木さん結構嫌われてらっしゃったので。少し転生するための研修期間を設けさせていただきますね。」
頭が真っ白になった。この独特な冷や汗のかき方と寒気の感じ方ははいつになっても慣れない。
「ど、どういうことですか?」
「別に佐々木さんは犯罪を犯したとかはないんですけれどもね。親からも友達からも嫌われていたみたいで。簡単に言うと周りにとにかくネガティブな影響を与え続けてたんですよ。喧嘩ほどじゃないけど口論とかも昔から多かったんじゃないですか?あと場を収めるための謝罪はこちらの世界ではカウントしないんですよ。比較的教養はある人だと思いますけど知らぬ間に人を傷つけすぎましたね。佐々木さんはまじめですしね。要領よく生きてきたつもりでしょうけど。まあ人間ってあなたが思っているより裏の感情で動いていることが多いんですよ。」
何も言葉が出てこなかった。一からどのような時にネガティブな影響を与えてしまっていたのか聞こうと思ったが無意味なことにすぐ気が付いた。よくひねくれているといわれたがここまで自分が嫌な人間だったとは思わなかった。みんないじっているだけで本心ではないのだと都合よく解釈してしまっていた。というかもっとひどいやつだっているだろ。俺は絶対ましな方だ。しかし人生をまるまる事実という材料を駆使されながら全否定されたことはない。涙も出ない。ただ一旦一人になりたい。この面接みたいな空気をこれ以上感じたくない。
「まあそういうことなんでこれからササキさんは運送業者になってもらいます。簡単に言えば今を生きている人間たちに運を送る仕事ですね。まあそこである程度働いたら転生できるタイミングが来ますので。」
退出お願いしますと言わんばかりの三人の顔に少し混乱した。三人の顔ってこんな感じだったっけ。もういいや。死んだけど死にたい。
「ありがとうございました。」
「あ。ちょっと待って。」
うるさい。うるさいうるさいうるさい。もう何も聞きたくない。僕は無視してドアを開けた。
またカラオケの通路のような場所に戻ってきた。近くに同じタイミングで隣のドアから出てきた女がいた。女子高生くらいだろうか。
「こんにちは~。もしかして死んじゃいました?意外と私は落ち着いているんですよね~。運を送るってどんな仕事なんだろ。てゆーかスティーブジョブズとは普通に一回は会いたいな~!」
女子高生特有の話の広がり方に圧倒されているとその女子高生は続けた。
「ああすいません。私サエキって言います!お兄さんはスーツだし就活中かなんかですか?てゆーかお兄さん顔死にすぎじゃないですか?みんなから必要とされすぎるとか普通にうれしくないですか?」
「え?」
僕の口がやっと開いてくれた。
「え?知らないんですか?ここって人から必要とされすぎた人が転生できるまで働く場所なんですよ!面接官みたいな人たちの話ちゃんと聞いてました~?」
この子は知らないのか、からかってるのかどっちなんだ。どう答えるのが正解なんだ。もう何も考えたくないのに。
すると僕らが出てきたドアの向かいの壁にドアが現れ、50代くらいのおばちゃんが出てきた。
「おおーい!こっちやー。そこの二人―!最近人から必要とされすぎる奴なんか少なくて困ってたんや。ありがたいわーほんまに。二人とも誇りに思った方がええで!人から必要とされすぎるなんてなかなかないねんから!」
関西弁なんて初めて生で聞いたと興奮していサエキを横目に僕は初めて死んだことを後悔したと同時に最後まであの面接官たちの話を聞くべきだったと痛感した。