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畏怖と尊敬

戦闘が終わってから二時間ほどが経っただろうか。

夜間も通しで走ろうかとも考えていたアデルだったが、馬の体調やアイザックの精神面なども考慮して野営を始めるとテキパキと料理を用意し、食事をとるとアデルはさっさと寝てしまった。

能力の使用後から少しだけ普段と比べて眠そうだったので、おそらくあの力はそれなりに疲労するのだろう。

神のごとき力をそれだけの対価で使えるもの人知を超えているが、少なくともアデルは熟睡しているようである。

だがあんなことがあって熟睡できるのはアデルくらいのもので、火を囲みながらリナもアイザックもただただ時間を浪費していた。


「……眠れないのか?」


せめて身体を温めておくようにと火に当てていた水を手渡すと、遠くを見つめていたアイザックがこちらを見る。


「ありがとうございます……その、こんなこと聞くのっておかしいかもしれないんですけど僕商人としてやっていけるのでしょうか」


彼の自信を無くさせてしまったものはなんだろうか。

アデルの圧倒的なまでの強さ? それとも自分のせいでアデルや私に盗賊と戦わせてしまったことだろうか。

リナは頭の中で彼にかけるべき言葉を考えるため、いろいろと頭を捻ってみるが一番最初に出てきた言葉は実にシンプルな慰めの言葉だった。


「昼間の事は気にしないでいい。あんな盗賊団に狙われるなんてそうある事じゃない」

「でも僕のせいでアデルさんに迷惑をかけてしまいました。それにリナさんだって危なかったでしょうし……」


前提条件として商人としてやって行きたがっていると思っていたから先ほどは考えが至らなかったが、よく考えてみればアイザックは最初会った頃から自分が商人をしていることに納得していないようだった。

そんな彼からしてみれば他人が自分の判断次第で危険な目に遭う商人という仕事は耐え難いのだろう。

彼の物を見る力は中々な物だと思っていたが、リナとしてはそんな彼の姿を見てどちらの方向に背中を押してあげるべきか迷っていた。

騎士団長として辞める人間を引き止めたり、止まろうとする人間をやめさせたりといろいろな経験をしてきたが、人の人生を左右するこの瞬間というのはなんとも喉が動いてくれない物だ。


「人を信じることができるのは商人としての才能だと私は思うがね。私もアデルもある程度の覚悟をして冒険者として生きている。

商人同士の取引で騙されたならいざ知らず、街道をあるく人間の事を信用したのは君の人間性が素晴らしいことの証明だよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」


自分のかけた言葉は間違っていなかっただろうか。

完璧な正解をあったばかりの自分が出せるとは思ってもいないが、せめて致命的な言葉を発していなければ良いが。


「……そういえばアデルさん、強かったですね」

「そうだな。まさかあそこまで強いとは思って居なかった、最強と言われるだけはある」

「やっぱりアデルさんってあの噂に聞く人物なんですか?」

「本人は一応隠しているつもりらしいがな。本当に銀羽級の冒険者なら盗賊団が現れた瞬間尻尾を巻いて逃げている」


銀羽級の冒険者を見たこともない分際で知ったように言うのを、どうか許して欲しいのだがそもそも盗賊相手に戦うことなどほとんどありはしない。

向こうが求めているのは少ない金品と食料、商人はそれを分かっているからこそ相手と交渉をしてある程度の物品で見逃してもらおうとする。

妥協と交渉こそが盗賊との間に必要な物であって、戦闘することは推奨されていない。

盗賊と戦うなどということは騎士団に任されている仕事であり、一般人がわざわざ命の危険を承知で戦うリスクを背負う意味がないのだ。

一人であれだけの事をする人間で、王国からやってきた人物ともなればある程度の当たりもつくという物でありどうやらアイザックもアデルが誰なのかに気がついたらしい。


「リナさんもあれくらい強いんですか?」

「──えほっ! げほっ、そんなわけないだろ!?」


何を言われるのかと考えながら水を飲んでいたところに、思っていた斜め上の問いかけがされて変なところに水が詰まった。

騎士団長だと気がついているだろうが、だとしてあれと一国の騎士団長が同格? もしそうならいまごろこの世界は消し炭にでも変わっているだろう。


「私なんかまだまだだよ。強いと自分では思って居たんだが、上を見ればきりがないと言うのは本当なんだと今日実感した」


上を見ろと兵士達には教え続けけてきたが、まさか最上位がここまで青天井だとは誰が思っていたろうか。

あんなのどうやって勝てというのか。

頭の中で戦う方法を考えてみて、指先一つすら動かす前に惨殺される自分しかイメージできず落ち込んでいるとアイザックからまた別の問いかけがされる。


「死体、置いてきてしまってよかったんでしょうか」

「野盗は基本的に殺したとしても埋めることはない。彼らもそうなることを覚悟して野盗になったんだ、死体は動物や魔物が食べてくれるしな」


私はああやって死にたくはない。

騎士として、戦士として、死ぬのであれば誉ある死を望む。

だが誰だってそういうわけではなく、またそんな価値観で生きてないことくらいは流石に知っている。

だから自分を殺そうとしてきた相手に対して祈りを捧げるアイザックの行動を止めようとはしない。


「……私はもう寝る。貴方も早く寝た方がいい」


護衛対象であるアイザックから離れるのはあまり良くないのだろうが、そもそまアデルがいるので魔物も来ないしいまは開けた場所にいるので人がくればわかる。

馬車の荷台を寝床として提供してもらっているので木箱を押し除けながら荷台の中へと入ると、ふと眠っていたはずのアデルと目が合う。


「どうだった?」

「やはりメンタルにそれなりにダメージがいっているな。もう少しましな殺し方はなかったのか」

「無茶言わないでよ。依頼主を守るためには俺はあそこから動けなかったし、あれが一番確実な手段だ。それに一息に殺したから静かに殺せたじゃん」


確かに断末魔などが聞こえなかっただけまだマシだったのか──いや、そもそも聴覚は完全に遮断していたので断末魔が出たところで関係ないか。

どちらにせよ馬を動かすために仕方がなかったとは言えあの惨状の中で目を開けろというのは嫌がらせにも等しい行為だと思える。


「確かに静かだったが地獄の様な状況だったぞ。生首がゴロゴロと転がっている様は正直私でもきつかった」

「まあ今度からは気を付けるよ。余裕があったらだけどね」

「次からは私が前にでる。それで構わないだろう?」

「別にいいけど怪我しても知らないよ? リナちゃん弱っちいからさ」

「王国騎士団団長の力がどれほどか、教えてくれる」


あれほどでないにしろ、私だって天才だと言われるだけの力はある。

5つある騎士団の中で唯一第三騎士団──つまり私が担当している騎士団だけ三年以上勤務した兵士がいない理由。

それは騎士団長である私がたった一人で、他の団と同じだけの力を使えるほどの力を持っているからだ。

だからこそ新米達の強化用団として使われていた訳である。

次もし牙を向ける相手が出てきたのであれば、その時は遺憾無くこの力を発揮して見せようではないか。


「といったのはいいが、やはり敵なんてこないな」


アデルに大見えを切って宣言して早いもので三日。

この三日間というのはなんとも暇なものだった。

魔物すらでず街道を移動し、街に入り、寝て、また次の街に行くだけの生活。

危険などというものはどこにもないと断言できるほどだ。


「街道は基本的に安全ですからね。冒険者さんたちがよく通るので魔物なんかも近寄りませんし、盗賊なんかも普通はここまで大きい通りだと襲ってきませんから」

「そもそも前も言ったけど俺の乗ってる乗り物とかはよほどのことがないと魔物なんて襲い掛かってこないぞ」

「それはどうしてなんでしょうか?」

「魔物の目は人間とは違い敵の魔力を見抜くことができます。多少自分より多い程度だったら気にせず襲ってきますが、圧倒的に差があると襲い掛かってこないんですよ」


魔力とは人の身体だけでなくありとあらゆる生物の中に流れる力であり、ありとあらゆる力の源である。

人は魔力のすべてをなくしても死なないが通常時と比べれば蚊ほどの力しか持つことができず、亜人などと呼ばれる者達は魔力のすべてを無くしてしまうと己の生命維持すらもまともにできなくなり死に至るのだ。

魔力はその人物の修練と才能によって保有できる絶対量を増加させることができるのだが、確かにアデルの魔力保有量を目で見て判断することができるのであれば確かに野生生物が襲ってこないのも納得がいく。

自分でわざわざ死ぬとわかっているところに突っ込んでくるほど野生生物は馬鹿ではないのだ。


「なるほど、魔力の保有量によって変わるんですか。だから魔力のこもった馬車はいい値段するんですね」

「ならどうやっても私の力を見せることができないではないか」


野生生物が来ないのであれば人間もどうかという事を考えてみたが、どこの国でも首都に近づけば治安が良くなる関係上これから先に進めば進むほど敵とであれる可能性は低下していく。

無理をして探せば盗賊の一人や二人を見つけることもできるかもしれないが、依頼主を危険にさらしてまでわざわざ探すほどに無理をするつもりはない。

肩を落として落ち込んでいるリナに対して、ふとアイザックが何かを思い出したように手の平を叩く。


「力を見せるなら共和国で有名な闘技場はどうでしょうか。あそこならいい具合に力を見せることができると思いますよ」

「なるほど、悪くないな。アデルはどうだ? 確か共和国には飯を食いに来たんだろう?」

「首都に着いたら夜まで暇だからな。別に闘技場くらいなら付き合うよ」


しぶしぶといった風ではあるが、アデルが自分のわがままに付き合ってくれることが嬉しかったリナは小さくガッツポーズをして喜びを表す。


「アイザックさんはどうですか? 暇だったら見に来てください」

「そうですね。一度倉庫に預けた後は時間が空くので、そういう事でしたら……」


共和国の闘技場ともなれば世界的に有名な場所であり、そんな場所で得られる経験というのは今後自分にとって何かを与えてくれるだろう。

そう考えたアイザックが同意したことにより、これで晴れて共和国で闘技場へ行くことが決定したのだった。

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