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出会い

世界の果てには何があるのか。

それを知る人間はこの世界でも数少ない。

明日を生きることすら出来ない生き物では世界の広さを考えることなどできるはずもなく、知識だけを蓄えた人間は広いということは分かっていてもそれがどの程度なのかを理解することは出来ない。

どれだけ頑張ったところで才能がなければこの世界で生きていくことは出来ないのだ。

手の中で静かに冷たくなっていく人だったものを抱きながら、俺はふとそんな事を思っていた。



どこかの王国の首都、気候は温暖でそれなりに治安が悪く貴族と平民には大きな差がある。

極めて平凡なそんな国に俺はいた。

木製の椅子に腰をかけ、そんな椅子が軋む音に苛立ちを感じながらも眼前に置かれた安い酒を口に入れる。


(まっず)


口の中を通り過ぎていく臭いに顔をしかめ、思わず口に出そうな言葉をなんとか抑え込む。

吐かなかったのを褒めて欲しい。

酒なんて大体からしてアルコールが入っていればいいだけの飲料なのだから不味く作ることなんて不可能に近いはずだ。

だというのにこれはなんだ、泥水でももう少しまともな味をしている。

別に誰に意思表示をするでもないが、飲まないという事を明確にするためにジョッキを奥の方へと押しやる。


(いつになったら来てくれるんだ……こんなクッソまずい酒出すやっすい店になんか誘ってくれちゃってさ)


心の中で悪態をつきながら葉巻をポケットから取り出して火をつけ、口の中で何度か煙を味わってみる。

味わい慣れた味だが不味い酒を飲んだばかりではなんだか葉巻まで不味く感じられ、お気に入りの葉巻が嫌いになる前に火を消すと机に突っ伏す。

俺がこんなところで安酒を飲まされているのも周囲から奇異の目で見られているのも、全てはこんなところに呼び出した依頼者が原因だ。

来たら文句の一つでも言ってやろうと椅子をガタガタと揺らしながら待っていると、五分ほどだろうか。

そろそろマジで帰ってやろうかと考えていたあたりでようやく一人の女が入ってきた。

身長は170をゆうに超えている。

髪は綺麗な黒髪でありキリッとした吊り目と整った顔達は威圧感を感じさせ、まるで粗事を知らないような細い指は力をかければ簡単にへし折れてしまいそうだ。

だが女に視線を集まる要因は別にある。

それは女が着ている鎧だ。

白い鎧に虎の刻印、赤いマントはこの国で五人しかいない騎士団統括の役職を拝命している者のみが着用を許されている装備である。

女はその見た目からは想像つかないほどに荒々しい歩き方で俺の前にやってくると、椅子をこかしてしまうほどの勢いで飛び込むようにして座り俺が飲むのをやめた不味い酒を勝手に一口で飲み干す。


「──ぷはぁっ! 相変わらずここの酒は美味いな」


人を待たせ、まっずい酒を飲ませ、あげく最初のセリフがこれ。

これでこの国の軍事の5分の1を預かっている人間だと言うことが信じられない。

いや、人の命を預かる──それも軍隊という場であるにしろ大量に──立場の人間だからこそ、これくらいの豪胆さは必要なのかもしれないが。


「それは良かったじゃん。で? 仕事って何?」

「まぁそう急ぐな、時間は沢山あるんだからな。お前のためにわざわざ時間取ってやってるんだから」

「相手があんたじゃなかったらいまごろ酒樽に頭ぶちこんでやるのに」


頭に一瞬血が上りそうな感覚を覚えるが、目の前の人物を相手に怒るだけ無駄だという事は理解している。

100%の善意と好意だけで話を進めようとしている人間相手に不機嫌さを見せれば、心が削られるのはこちらの方だ。


「私にそんな口を聞けるのもそんな実力があるのもこの国ではお前だけだろうな」

「……今日は随分と褒めるな、そんなに面倒くさい仕事なのか?」


自分が相手なら面倒な仕事を任せる時にはどうするか。

相手をその気にさせ、適当なおべんちゃらを並べ立てて受け入れさせるだろう。

目の前の人間がそのタイプの人間でないことを知っているだけに、なんだか違和感を覚えずにはいられない。


「仕事が、というよりはこの国の情勢がだな。帝国について知ってるか?」


ああつまり、そういうことか。

この国も、ついにはそうなってしまったのか。


「いい金づるだよ」


吐き捨てるように口に出しながら、俺は相手の言葉の意味を理解する。

騎士団に所属している人間が、国に支えている人間が情勢を口に出した上に相手先の国が戦争国家として有名な帝国。

話の展開を考えるのは簡単なことだろう。

この世界において最も時間の無駄でしかない行為。

ありとあらゆる生産性を破壊する行為の事を人は戦争だというのだ。


「ははっ、君相変わらず口悪いな。まぁその金づるくんがだ、どうやら戦争したいらしい」

「戦争? このご時世に? くっだらないねぇ」

「くだらないかもしれないが、帝国は本気だ。実際のところ小競り合いで#済ませている__・__#だけの戦闘も多くある」

「そんなにやばいのか」


一般人には知り得ない情報ではあるが、実際それくらいまずい雰囲気だということは肌で感じられるほどに帝国と王国の仲は悪い。

俺の言葉に対して自嘲気味に笑うと、彼女は言葉をポツリとこぼす。


「私が王都で帯刀しなければいけないほどにはな」

「ん? いましてないじゃん」


視線を落として見てみれば、武器を持っている素振りはない。

暗器を隠し持っているのかと思いもしたが、注意深く見ても武装になりそうなものは鎧くらいのものだ。


「君に会うのに武器を持っていくのは違うだろう。何かあれば守ってくれるだろうしな」

「料金に入ってればもちろん守るけど、今回の依頼となんか関係あんの?」


思いつくのは帝国兵の排除や帝国との交渉の場に俺を連れて行くこと。

だが俺は事前に国同士の争いの仕事には関わらないことを説明しているし、王国がそれを無視してこちらに依頼をしてくるほど馬鹿だとは思ってもいない。

わざわざ武器を持たずにやってくるくらいなのだから目の前の彼女とどうこうしろ、というのもないだろう。


「──実は上がお前に対して捕縛命令を出している」

「はぁ?」


何を言っているのかが全く持って理解できず、心の底から驚きの声が漏れる。

帝国と王国が戦争をしそうになっていることと、自分に対して捕縛命令が出ている子に対しての因果関係がまるで想像もできない。

そんな俺を見て彼女は説明を開始した。


「帝国の領土はうちとそんなに変わらないが、中央集権的とはいえ民主主義も取り入れつつある我が王国と帝国では、中央に集まる金の額が違う」

「そんなの城を見ればバカでもわかる。民主主義もガワだけなのもな」

「ガワだけでも随分と大変だったし多くの血が流れたんだぞ。まぁそんな事でな、お前が金に目が眩んで我々を裏切る可能性が高いから捕縛しろとのことだ」


世界各国に国同士の戦争には参加しないと宣言しているとはいえ、人というのは当たり前だが変わりゆくものだ。

それこそ彼女が口にした通り金という魔物の持つ力は人を簡単に変化させることができる。

考えるまでもなく面白くもない馬鹿な話、だが彼女の顔を見る限り上層部は馬鹿な話だとは思ってもいないらしい。


「ちなみにどう思ってんの?」

「馬鹿な話だと思っているよ。そもそもお前はうちの国の者じゃない、金に目が眩むというのもおかしな話だ。お前の自由意志を金でどうこうしようというのは気に食わん」


国に所属している人間らしい言葉だ。

騎士団にフリーランスの人間が横から入ることはないだろうが、金で雇った傭兵のような人間と共に任務をこなすことというのはそう珍しい話ではないのだろう。


「分かってて安心したよ。それで? 依頼ってなんなの結局。捕まってって事?」

「逃げて欲しいんだ。帝国と戦争になれば長期戦は間違いない。この国は衰退するし、滅びはしないだろうがそれでも長い間暗い場所になるだろう。お前の成長に良くない」

「なにそれ、母親ヅラ?」

「私に母性なんてものがあるように見えるか? 単純に心配なんだよ。昔からお前を見ているが、お前は霧のような奴だからな」


昔から。

その言葉の通り目の前の彼女と自分の関係というのはそう短い関係性ではない。

期間にして五年というところか、昔から見られているというのは確かにそうだ。

わざわざこんなところで安い酒を飲んで彼女を待っていたのもそれが故であり、だからこそ彼女に与えられた言葉を受け止めきれず誤魔化すような言葉を返す。


「褒めすぎでしょ急に」

「褒めていない。お前はお前が隣にいる事を自覚すれば消えるが、そうでなければ気づけば傍にいる。そんな存在だといったんだ」

「……俺を逃がせばあんたにも罰が落ちるんじゃないの?」


罰が落ちるんじゃないか、などと疑問形で口に出したはいいが俺は彼女に間違いなく罰が降るということを知っている。

何故ならば王国と帝国の戦争、もし俺を完全に捕縛し自由に扱えるようになったならばその国の一大事と言っていい問題を瞬時に解決できるからだ。

国の上層部が彼女を差し向けた理由は力で敵わないことを知っているからこそ、旧知の中である人物を俺に押し当てることによって俺を縛ろうとしているのだ。

この場に来たのは彼女の意思であったとして、上層部の奴らはなんとしてでも俺を手中に収めるために明らかに彼女を殺す可能性すら俺に含ませている。


「戦争前に重要な指揮官を殺すほど馬鹿なやつは軍部にはいない。まぁ最前線勤務くらいは覚悟しているがな」

「マジで馬鹿だね」


こんな簡単なことを彼女が分からない? そんな訳はない。

最前線勤務というのはつまり死ねということの遠回しな言い方に過ぎない。

この国で五人しかいない騎士団長をそのようにして浪費するなどあり得ない事だ。


「ちょっと考える時間をくれ」

「…………分かった。私はここで飲んでる。決まったらここに来てくれ」


席から立ち上がり、背中に注がれる視線を無視して料金だけを支払って外へと出る。

夏が終わり、秋が始まる夕方は少しだけ肌寒さを感じさせ、ゆっくりとこれから寒くなっていく世界のことを味合わせてくれる。

空を見上げて思考を少しだけ巡らせていく。

他人と自分、大切なのはどちらか。

この国で関わった人間の事を一人ずつ思い出し、これから起きるであろう大変な事と天秤にかけ、ありとあらゆるものを面倒と思い入れの天秤にかけてその比重を目算する。

息を閉じ、吐き出してついに俺は結論を出した。


「さて、逃げるか」


あっけなく、俺はこの国を見捨てる決断をした。

いま逃げれば彼女のせいにはならないだろう。

話を聞いたことがバレれば罪に問われるだろうが、未遂な上に誤魔化す方法くらいいくらでもある。


「きな臭いと思って財産逃がしといたのは正解だったな。この国結構好きだったんだけど」


誰が聞いているでもないのに関わらず、言葉を投げ捨てた俺は王都の外へ出る道を歩く。

いつもより遅く、ゆっくりと踏み締めるようにして景色を眺めながら歩いて、むこう五百年くらいは訪れないだろう土地を感慨深い目で眺める。

気がつけば門へと辿り着いてしまっており、兵士と目線が交差する。


「通行証を」

「はいどうぞ、大変だね門兵さんは。こんな夜遅くまでさ」

「仕事ですから。それに貴方ほどではありませんよ、覇王アデル様」

「だっさい二つ名もついたもんだね。まぁ自分の仕事を最大限頑張ってよ」


覇王と呼ばれる事ももうないのだと思うとなんだか寂しいものだ。

見送ってくれている兵士に対して手を振りかえし、人のいない通りの中で歩きながら次の行き先を考える。


「次は共和国……いや、評議国かな。あそこ飯うまいし」


ここ数年で稼いだ金額を思い返し、何年くらいならば贅沢に遊べるだろうなということを考える。

もはや現実逃避に近いそれだが、人生なんてそんなものである事を俺は知っている。

下を向いて歩き、いずれ自分が自然に前を向いて歩けるように願いながら歩いていると、気配を感じてふと足を止める。

数は30、既に周りを囲まれており逃げ出すのは面倒そうだ。


「……そこで止まってもらおうか。覇王殿」

「お前ら誰? あとなんで俺の名前知ってんの?」


どくんと心臓が脈打つ。

相手の殺意に対して呼応するように、全身から戦闘に対する意欲が溢れ出していく。

この感情を口にするのならば八つ当たりだ。

イライラしている時にちょうどよく目の前に敵が現れたからそれを排除する。

これ以上に楽しいことはない。


「第六騎士団と言えば分かるだろう?」

「わかんねぇよ、第一から第五までしか騎士団ねぇはずだろ。ただでさえ騎士団長が5人とか意味わかんねぇ制度引いてるくせに後から出してくんな、混乱するわ」

「なら分かりやすくお前に教えてやろう。我々は表に立ってはいけない部隊であり、お前のような国家の敵を殺す部隊でもある。王国につくならば生かそう。だが敵につくのであれば殺さぬわけにはいかぬな」

「一度でも殺しに来た相手に対して、その後無警戒で楽しく暮らせるような脳内お花畑の馬鹿にでも俺が見えてるの? イカれてんね」


手を広げて相手に対して自分は無防備である事をアピールする。

近接戦闘ならばいざ知らず、遠距離攻撃の利点は相手が容易に反撃できないということだ。

自分から隙を見せた男に対して矢や石、毒の小瓶のようなものが四方八方から打ち出されるが、一瞬体がぶれたかと思うと全ての飛翔物は撃ち落とされ声も出せぬままに周囲を取り囲んでいた男の一人が地面に横たわる。

放たれた物体を打ち返したのだがどうやら良いところに当たったようで、呻いていた男は少しすると息をしなくなる。


「──ふむ、やはり単純な戦闘では無理か」

「え? 本気で勝てると思ってたの? やばすぎでしょ流石に笑えてくるってそれは」

「ならこれで笑えなくなるか?」


嘲り下に見た俺に対し、男は一人の人間を見せつける。

それは先程まで俺と共に酒を飲んでいた彼女だ。

痛めつけられたのか衣服は汚れ端正な顔には傷がつけられており、腹の底から何かが這い上がってくるような感覚をアデルは味わっていた。


「……すまないアデル」

「あちゃあ捕まっちゃったか」


こうなる事を予想していなかった訳じゃないが、予想していた中では一番いい結末だということは口にするまでもない。

もしこれでここに連れて来られず首だけ持って来られでもしたら、それこそ最悪のケースだ。


「お前が素直にこちらの要望を呑めばこの女は死なずに済む」

「俺に脅迫する為の材料に騎士団長使っちゃっていいの? その人居なくなったら困るのあんたらだと思うんだけど」

「これを首につけろ」


俺の言葉を無視して、男が何かを投げつける。

何度か地面をバウンドして飛んできたそれは見てみれば首輪のようなものであり、おそらくはなんらかの隷属効果をこちらに強制させものだろうことは一目瞭然だ。


「なにこれ」

「ダメだ付けるな! それは隷属の首輪、一度首につければ死ぬまで従属を強制される!!」

「なるほどねぇ。まさか本当に首輪つけて飼い慣らそうとしてくるとは思ってもなかったな」


隷属の首輪などというものは聞いたことすらなかったが、現に目の前にあるのだから実際そんな効果を持っているのだろう。

便利なものを作る奴もいたものだ。

昔はこんなものなかったが、最近できたものなのだろう。


「どうする? 女の屍を踏み越えて他国へと移るか、我々の指示を聞いてこの女の命を救うか選ばせて──」


地面に落ちた首輪を手にし、無造作に目についた男の顔に向かって全力で投げつける。

身体中の力を効率よく使い放たれた首輪はまるで砲丸の球のような速度で飛び出していき、人の頭を豆腐のように簡単に粉砕してしまった。

血飛沫が飛び散りあたり一体に人の中身が散乱すると、世界はまるで時が止まったかのように静かになる。


「──は?」

「き、貴様! 一体何を考えている!? 人質が目に入っていないのかっ!!」


人質の首に刃が突き立てられ、その白い肌からゆっくりと血が流れ落ちていく。

もう既に二人も人が死んでいる以上、この場は死という普段はあまり身近にないようなものもすぐそばにある場所だ。

男が殺すと口にしたのならば、確かに人質は殺されるのだろう。

だがアデルはこんな状況にもかかわらず満面の笑みを浮かべていた。


「大きな誤解をお前は二つしている。一つ目、俺は確かに可愛かったり綺麗な女の人が死ぬのは悲しいが自分の自由と天秤にかけるほどそれに重たい価値を付けてない。二つ目、俺は俺の本名も知らない人間を助けてやる気はない」


アデルが腰から武器を引き抜くと、男達が息を呑む音が聞こえる。

正式には登録されていない騎士団の団員、おそらくは王国の裏仕事を任されている彼らは相当の実力者なのだろう。

そんな彼らが武器を引き抜かれただけで息を呑むほどの男、それがこのアデルという男なのだ。

ここで一つ、相手のしている大きな誤解を解こうではないか。

彼らがしている大きな誤解、それは実に簡単な事で彼らが人質だと思っている人物は人質たり得ていないのだ。


「クソクソクソックソがァァァァァッッ!! 女を殺せ! どうせ俺たちも殺られるなら全てこいつのせいにしてしまえばいい!」


もし本当にアデルがどうやっても助けにいけず死ぬのであれば、アデルはこの場に限り彼らのいう事をきっと聞いてしまっていただろう。

自分の知らないところで死ぬならばまだしも、少なからず大切だと思っている人間が目の前で死ぬのを許容できるほどアデルは腐った人間ではないからだ。

ほんの一瞬アデルの腕が消え、そして次の瞬間には人質を取っていた男の頭部に深々と剣が突き刺さっていた。

誰が見ても即死、遠距離から針の穴を通すような作業を少し間違えれば人質が死ぬというのに行うのは狂気の沙汰だ。


「バケモンガァァァッッ!!!」

「そっちの形相の方がよっぽど化け物じみてるよ」


再び人質を取るよりも、いまは武器をなくしたアデルを殺すしかない。

そう思った男達がアデルへと群がるが、剣も槍も弓もありとあらゆる武器による攻撃をアデルは効率的に防御し、的確に一撃で向かってきた敵の急所を貫いて絶命させる。

もっとも効率よく相手を殺す方法を知っているからこそ、アデルの動きは実に地味だ。

一歩も動かずに達人クラスの人間をいなし切る神技を見せつけ、アデルは大きくため息を吐くと自体の上で座る。


「弱っちいのに喧嘩売ってくるからそうなるんだよ、あとブラフの見極めできないのもかな」


ため息すら出しかねないほどのアデルの態度は激戦の後とは到底ではないが思えない。

これが覇王とすら呼ばれる男の実力、最強という称号を欲しいがままにする男のものだ。


「助けてくれてありがとう……そういうべきなのだろうな私は」

「礼なんていらないよ、死ななかったのはたまたまだし。強いていうなら自分に感謝しときなよ、もし少しでもさっきの飲み会で俺を売る素振りを見せてたら一緒に切ってたし」

「そうか…………そうだな」


目線が交差し、なんとも言えない空気が流れる。

わざと相手を切り捨てるような事を口にするのは、誰かにこの会話を聞かれていないとも限らないからだ。

彼女は人質としての価値がない、そう相手に思わせることこそが大切であるという事をアデルは痛感していた。

警戒の範囲を広げることでおそらくはどうやってもこちら側を観測不可能だろうと思えるところまで索敵し、周囲の安全を確保していると彼女から言葉がかかる。


「なぁ、私は国に見捨てられたのか?」

「指揮官なんてどいつもこいつも下の兵隊は万歳三唱しながら突っ込んでくと思ってるんだから、見捨てたつもりは向こうにないよ。なんで生きてんのか疑問には思ってるだろうけどね」


まだ敵は兵士を送ってくるだろうか?

犠牲に対して利益はない、むしろ自分を殺せなかっただけ相手は大きな不利益を被っている事をアデルは理解していた。

とりあえず今後の目標は彼女をどうやって生かして逃がすか、それ一つに尽きるだろう。

もっとも彼女が安全にこの国から逃げ延びられるのは自分と一緒にいる場合、だが女性である彼女が男性である自分と共に二人旅などしたがるものだろうか。

なんとかしてそんな話の方向性に進めていきたいものだが……。


「……お前この後どこの国に行くんだ?」

「共和国行って飯食って評議国で金稼ぎかな。その後は考えてないけど……帝国に遊びにいったら王国がどんな反応するかは気になるかな」

「こんなこと聞くの本当に嫌なんだが、護衛いるか?」

「俺に? 世界最強だよ? 冗談キツいって」

「分かってる。分かってて言ってるんだ、傷心中の私の心の事も考えてくれ」


涙袋に涙を溜めて、こちらを見つめる彼女の姿は傷にまみれたその姿も相まってなんとも美しい。

裏切られたことによる憎悪と、それでも生きようと強く願うものの目はこの世の何よりも素晴らしい事をアデルは知っている。

何もできない彼女が、それでも前に進むというのならもはや迷うことはない。


「……でもまぁ、付いてきたかったら着いてくれば良いんじゃない? 起きて最初に見る面がキミなら悪くなさそうだ」


死体の山に火をつけると、燃え盛る火は空を焼くように燃え上がっていく。

吐き捨てるように言葉を口にして、気が抜けたのか体を倒した彼女を背負いアデルは再び歩き始める。

こうしてアデルと彼女の物語が始まるのだった。


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