表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内務省総務部庶務4課  作者: 柑橘 橙
5/8

学園での聖女案件③

 朝から、聖女サマはお元気だ。

「おはようございまぁ~す!昨日は、ありがとうございます!これ、ささやかな御礼の手作りのクッキーなんだけどぉ、貰ってくれます?」

 上目遣いで貢いでくれた子息達に小さな包みを渡していく。当然ながら、聖女に貢いだ子息の中に高位貴族はほぼいない。

「ありがとうございます、聖女様!」

 クッキーを捧げ持って感動する子息達。

「て、手作りの、クッキー……!?」

 誰が作ったかは言ってないけどな。

「女の子の手作りって、初めてだ……」

 推定年齢六十代のベテラン調理師の女の子(オネエサマ)だけどな。

「心がこもってて、美味しすぎる!」

 プロの作品だしな。

 面白くなさそうなご令嬢の視線をものともせず、お付きの女生徒を連れた聖女は貢いでくれた子息全員にクッキーを配り終えた。

 いつもいるこのお付きの子、聖女がなにしてようとずっと無表情なんだけど……。

 手元の籠の掛け布の下には、カップケーキが3つある。そういやこっちが、本命(?)だ。

 昨日の件の報告は課長から陛下へ伝わり、直ぐに王家の影がヌーレンシア様の手紙の指示書を入手した。

 知らなかったんだけど、スタージュン様にくっついてる地味な少年、学生として通ってる王家の影だったらしい。

 で。

 何となく分かったのは、ヌーレンシア様の企み。

 優秀な影は、魔法を使わずーー使うとバレるからーー子爵子息とヌーレンシア様の部屋から色々盗……貰ってきたそうだ。

 聖女への手紙の指示書(下書き?)には、スタージュン様とフランツ様と仲良くするよう、うまくいって、神殿が認めれば聖女と隣国でともに暮らせる……と書くように指示されていた。

 いや、神殿が認めるもなにも、次代の聖女が現れなければ、結婚できないし。

 騙されてる聖女、大丈夫か?

 隣国の侯爵からの手紙には、ヌーレンシア様の優秀な兄が王配に選ばれたのだから、跡継ぎになれたお前は、聖女を妻に迎えるくらいはしてみろ、王女の誰かでもいいが、お前にはちょっと厳しいかもな、といった感じの内容だったらしい。

 ーー神殿とうちの国に喧嘩打ってるのかな?

 とりあえず、スタージュン様とフランツ様への聖女アタック(ハニトラ)はそのままさせることになった。もし、引っ掛かったらそれまでということらしい。 

 王家としては、王太后(先代王妃)が勝手に決めたラドルク公爵家との婚約は無くなってもいいそう。リンツァ伯爵家(プライセル様)もフランツ様との婚約は無くなってもいいと思っているらしい。

 以前口にしていた、そのうちすべての意味で関係は無くなる……って、婚約辞めようとしてるって意味だったのか。

 気になるのはヌーレンシア様が王女殿下を見たあの眼。

 しばらくは、昼間は聖女様、夜はヌーレンシア様に張り付くことになった。

 よし、これ、終わったら長期休暇を申請しよう。

「あ、フランツぅ~」

 聖女が媚び媚びモードで、フランツ様に掛けよった。

「おはようございます、ネラ様」

 騎士科の制服を纏ったフランツ様が、爽やかに騎士礼をとった。

「どうかされましたか?」

 当たり前のように腕に絡み付く聖女の距離感、おかしいとそろそろ気付け。

「これ、フランツのためのお菓子~。手作りなんだけどぉ、食べてくれる?」

 聖女の上目遣い(必殺技)が繰り出された!

「へぇ、そうなんですか」

 ーーだが、フランツ(脳筋)には通じなかった!

「ありがとうございます。朝の鍛練で空腹なので、いただきます」

 えっ?食べるの?

 普通にお菓子貰えてラッキー、くらいのノリだけど、婚約者以外から理由のない手作りのものを貰う意味を考えろ。

「うわ、これ、旨いですね!」

 あーあ、食べちゃった……。

 周りのご令嬢の視線に気付け。そして、プライセル様の軽蔑の眼差しにも。

 聖女ネラはそんなプライセル様を見てほくそ笑んでいる。狙い通りなんだろうなぁ。

 周辺の子息は青くなったり、驚いたり。

 本来止めるべきプライセル様(婚約者)は、やってこられたマリーブランシュ殿下に合流して談笑しながら行ってしまった。

「あ、しまった!申し訳ありません、ネラ様」

 フランツ様はやっと聖女から離れた。

「オレ、プライセルに会いに普通科に来たんでした」

 自分の行動のおかしさに気付いたたわけじゃないのか……。

「こ、婚約者に会いに来て、他の女性と腕組むか……?不貞だろ」

 誠に同感だ、少年よ。

「御礼でもない手作りお菓子とか、受け取るの?しかも、食べるの?あり得ないわ……」

 本当に、それな。

 周辺の囁きが彼らの耳に届くことはなさそうだ。

「なんだか最近、プライセルとあんまり会えてなかったんで」


 ーーそれ、避けられてるんだよ!


 その場の全員の眼がそう語っていた。

「あ、じゃあ教室行くぅ?あたしもスタージュンさまに用があるんだー」

「そうですね!では、行きましょう」

 えっ?連れていくの?

 紳士淑女の仮面が剥がれてしまった皆は、驚きの表情で二人を見つめた。

「スタージュン様ももうすぐ来られますよ」

「良かったぁ」

 あー。また腕組んで、行っちゃった……。

 お付きの女生徒が、いつもよりほんの少しだけ離れて後ろをついて行った。





 教室には、マリーブランシュ殿下とプライセル様の他に数人の生徒がいた。

「あ、いたーープライセル!」

 フランツ様は、普通に聖女から離れてプライセル様の方へ向かう。

「何のご用でしょう」

 凍えそうな冷たい声をものともせず、フランツ様は近付いて行く。教室の後方入り口あたりにいる聖女は流石に入り辛かったのか、そこから動かない。

 もう一つの入り口から、他の生徒が次々と入ってきた。

「最近、お茶をすることもなくて、全然会えなかったから、今週末一緒に出掛けないか?新しい店が出来たって聞いたんだ」

 えっ?ーーえええっ?

 デートのお誘い!?

 聖女(他の女)を引き連れて来ておいて?

 フランツ様以外の全員が動きを止めた。

「プライセルが好きそうなものを取り扱ってるらしいんだ」

 フランツ様はにこにこしている。

「なぜ?」

 対するプライセル様からは、ブリザードが。周辺の生徒がぶるりと震えた。

「一緒に出掛けたいからに決まってるだろ。婚約者なんだし、堂々とデートしたっていいだろ」

 うわぁ。めっちゃ嬉しそうに言ってるけど、婚約者をよく見たほうがいい。

 プライセル様はちらりと後方入り口を見た。そこには大きな目をこぼれそうなくらい見開いた聖女が。

「聖女様と、ご一緒なさればよろしいのでは?」

 声に感情がこもらないせいか、ぐっと室内の温度が下がった気がする。

 春も終わりなのに凍死の恐怖が迫ったのか、周囲の生徒が震えながら腕を擦り始めた。

 プライセル様、氷属性……?いや、風属性持ちだったな。

「なんでネラ様と?オレが好きなのは、プライセルだぞ」

 不思議そうなフランツ様。


「ーーは?」


 プライセル様から、低ーい声が漏れた。

「好き……………?」

 プライセル様はなに言ってるんだこいつ、という顔だ。

「当たり前だろ」

 胸を張るフランツ様を見て、プライセル様はこてん、と首を傾げた。無表情で。

「あれだけ聖女様と仲睦まじく、ベタベタ、ベタベタ、くっついておいて?」

 区切りながら、言い聞かせるように確認する。

「女性は、丁寧に優しくエスコートするものだっていったのは、プライセルだろ」 

「エス、コート……?」

 ーーあれが?

 恐らく皆も思ったのだろう。たくさんの口がぽかんと開いている。

「だから、頑張って優しくしたし、腕も貸したんだぞ。でも、最近プライセルがエスコートさせてくれないから、一緒に出掛けたら、くっつけると思ったんだ!」

 ナニソレ?自信満々に言うことじゃないだろ。

 ーーえ、脳筋って怖い……。 

 はあーとプライセル様が大きく深いため息を吐き出した。

「腕をべったり組むのは婚約者や夫婦くらいです。そうでなければ、不貞ーー浮気です。家族ですら、軽く添えるのがマナーです」

 その通り。

 教室中が一斉に頷いた。

「そうなのか!?……親父が、聖女様は世界にとってとても大事な方で、守らなければいけないって!……聖女様に親切にすると、プライセルの為になるっていうから、香水臭いのも我慢してたのに!」

 ーーぶふっ!

 誰かが堪らず吹き出した。

 聖女の顔が、みるみる赤く染まっていく。

「手作りのお菓子もそうです。何らかの御礼だとしても、婚約者以外からは、普通、受けとりません。不貞と言われても、仕方がない行いです」

 あ、今度はフランツ様が青く染まってきた。

「女性の善意は無下にするなって……」

「では、善意で浮気を勧めて来たら、受けるのですね?」

「浮気なんか、しない!」


 ーーすでに浮気レベルです。


 教室内を同じ思いが駆け巡った。

「端から見れば、単なる浮気です」

「そ、そんな……」

 フランツ様は助けを求めるように周りを見るが、みな頷くだけで、助けてはくれない。

「脳筋って、本当に脳まで筋肉(考えなし)なんだな」

 ぼそりと呟かれた囁き。

「考えなしと言うより、考えの違う生き物でほないかしら」

「エスコートの作法って、幼少期から学ぶだろ?」

「ほら、ミドーチェ伯爵家は御当主様が騎士団副団長のお一人ですし、子息も騎士を目指されているから、……ねえ?」

 流石に周りの声が聞こえたのか、フランツ様はすがるような目でプライセル様を見た。

「オ、オレは間違ったのか?」

「そうですね」

 プライセル様が突き放すように答えた時、聖女が入り口から離れた。

 こっちが気になるのに、あっちを追わないといけないのか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ