学園での聖女案件③
朝から、聖女サマはお元気だ。
「おはようございまぁ~す!昨日は、ありがとうございます!これ、ささやかな御礼の手作りのクッキーなんだけどぉ、貰ってくれます?」
上目遣いで貢いでくれた子息達に小さな包みを渡していく。当然ながら、聖女に貢いだ子息の中に高位貴族はほぼいない。
「ありがとうございます、聖女様!」
クッキーを捧げ持って感動する子息達。
「て、手作りの、クッキー……!?」
誰が作ったかは言ってないけどな。
「女の子の手作りって、初めてだ……」
推定年齢六十代のベテラン調理師の女の子だけどな。
「心がこもってて、美味しすぎる!」
プロの作品だしな。
面白くなさそうなご令嬢の視線をものともせず、お付きの女生徒を連れた聖女は貢いでくれた子息全員にクッキーを配り終えた。
いつもいるこのお付きの子、聖女がなにしてようとずっと無表情なんだけど……。
手元の籠の掛け布の下には、カップケーキが3つある。そういやこっちが、本命(?)だ。
昨日の件の報告は課長から陛下へ伝わり、直ぐに王家の影がヌーレンシア様の手紙の指示書を入手した。
知らなかったんだけど、スタージュン様にくっついてる地味な少年、学生として通ってる王家の影だったらしい。
で。
何となく分かったのは、ヌーレンシア様の企み。
優秀な影は、魔法を使わずーー使うとバレるからーー子爵子息とヌーレンシア様の部屋から色々盗……貰ってきたそうだ。
聖女への手紙の指示書には、スタージュン様とフランツ様と仲良くするよう、うまくいって、神殿が認めれば聖女と隣国でともに暮らせる……と書くように指示されていた。
いや、神殿が認めるもなにも、次代の聖女が現れなければ、結婚できないし。
騙されてる聖女、大丈夫か?
隣国の侯爵からの手紙には、ヌーレンシア様の優秀な兄が王配に選ばれたのだから、跡継ぎになれたお前は、聖女を妻に迎えるくらいはしてみろ、王女の誰かでもいいが、お前にはちょっと厳しいかもな、といった感じの内容だったらしい。
ーー神殿とうちの国に喧嘩打ってるのかな?
とりあえず、スタージュン様とフランツ様への聖女アタックはそのままさせることになった。もし、引っ掛かったらそれまでということらしい。
王家としては、王太后が勝手に決めたラドルク公爵家との婚約は無くなってもいいそう。リンツァ伯爵家もフランツ様との婚約は無くなってもいいと思っているらしい。
以前口にしていた、そのうちすべての意味で関係は無くなる……って、婚約辞めようとしてるって意味だったのか。
気になるのはヌーレンシア様が王女殿下を見たあの眼。
しばらくは、昼間は聖女様、夜はヌーレンシア様に張り付くことになった。
よし、これ、終わったら長期休暇を申請しよう。
「あ、フランツぅ~」
聖女が媚び媚びモードで、フランツ様に掛けよった。
「おはようございます、ネラ様」
騎士科の制服を纏ったフランツ様が、爽やかに騎士礼をとった。
「どうかされましたか?」
当たり前のように腕に絡み付く聖女の距離感、おかしいとそろそろ気付け。
「これ、フランツのためのお菓子~。手作りなんだけどぉ、食べてくれる?」
聖女の上目遣いが繰り出された!
「へぇ、そうなんですか」
ーーだが、フランツには通じなかった!
「ありがとうございます。朝の鍛練で空腹なので、いただきます」
えっ?食べるの?
普通にお菓子貰えてラッキー、くらいのノリだけど、婚約者以外から理由のない手作りのものを貰う意味を考えろ。
「うわ、これ、旨いですね!」
あーあ、食べちゃった……。
周りのご令嬢の視線に気付け。そして、プライセル様の軽蔑の眼差しにも。
聖女ネラはそんなプライセル様を見てほくそ笑んでいる。狙い通りなんだろうなぁ。
周辺の子息は青くなったり、驚いたり。
本来止めるべきプライセル様は、やってこられたマリーブランシュ殿下に合流して談笑しながら行ってしまった。
「あ、しまった!申し訳ありません、ネラ様」
フランツ様はやっと聖女から離れた。
「オレ、プライセルに会いに普通科に来たんでした」
自分の行動のおかしさに気付いたたわけじゃないのか……。
「こ、婚約者に会いに来て、他の女性と腕組むか……?不貞だろ」
誠に同感だ、少年よ。
「御礼でもない手作りお菓子とか、受け取るの?しかも、食べるの?あり得ないわ……」
本当に、それな。
周辺の囁きが彼らの耳に届くことはなさそうだ。
「なんだか最近、プライセルとあんまり会えてなかったんで」
ーーそれ、避けられてるんだよ!
その場の全員の眼がそう語っていた。
「あ、じゃあ教室行くぅ?あたしもスタージュンさまに用があるんだー」
「そうですね!では、行きましょう」
えっ?連れていくの?
紳士淑女の仮面が剥がれてしまった皆は、驚きの表情で二人を見つめた。
「スタージュン様ももうすぐ来られますよ」
「良かったぁ」
あー。また腕組んで、行っちゃった……。
お付きの女生徒が、いつもよりほんの少しだけ離れて後ろをついて行った。
教室には、マリーブランシュ殿下とプライセル様の他に数人の生徒がいた。
「あ、いたーープライセル!」
フランツ様は、普通に聖女から離れてプライセル様の方へ向かう。
「何のご用でしょう」
凍えそうな冷たい声をものともせず、フランツ様は近付いて行く。教室の後方入り口あたりにいる聖女は流石に入り辛かったのか、そこから動かない。
もう一つの入り口から、他の生徒が次々と入ってきた。
「最近、お茶をすることもなくて、全然会えなかったから、今週末一緒に出掛けないか?新しい店が出来たって聞いたんだ」
えっ?ーーえええっ?
デートのお誘い!?
聖女を引き連れて来ておいて?
フランツ様以外の全員が動きを止めた。
「プライセルが好きそうなものを取り扱ってるらしいんだ」
フランツ様はにこにこしている。
「なぜ?」
対するプライセル様からは、ブリザードが。周辺の生徒がぶるりと震えた。
「一緒に出掛けたいからに決まってるだろ。婚約者なんだし、堂々とデートしたっていいだろ」
うわぁ。めっちゃ嬉しそうに言ってるけど、婚約者をよく見たほうがいい。
プライセル様はちらりと後方入り口を見た。そこには大きな目をこぼれそうなくらい見開いた聖女が。
「聖女様と、ご一緒なさればよろしいのでは?」
声に感情がこもらないせいか、ぐっと室内の温度が下がった気がする。
春も終わりなのに凍死の恐怖が迫ったのか、周囲の生徒が震えながら腕を擦り始めた。
プライセル様、氷属性……?いや、風属性持ちだったな。
「なんでネラ様と?オレが好きなのは、プライセルだぞ」
不思議そうなフランツ様。
「ーーは?」
プライセル様から、低ーい声が漏れた。
「好き……………?」
プライセル様はなに言ってるんだこいつ、という顔だ。
「当たり前だろ」
胸を張るフランツ様を見て、プライセル様はこてん、と首を傾げた。無表情で。
「あれだけ聖女様と仲睦まじく、ベタベタ、ベタベタ、くっついておいて?」
区切りながら、言い聞かせるように確認する。
「女性は、丁寧に優しくエスコートするものだっていったのは、プライセルだろ」
「エス、コート……?」
ーーあれが?
恐らく皆も思ったのだろう。たくさんの口がぽかんと開いている。
「だから、頑張って優しくしたし、腕も貸したんだぞ。でも、最近プライセルがエスコートさせてくれないから、一緒に出掛けたら、くっつけると思ったんだ!」
ナニソレ?自信満々に言うことじゃないだろ。
ーーえ、脳筋って怖い……。
はあーとプライセル様が大きく深いため息を吐き出した。
「腕をべったり組むのは婚約者や夫婦くらいです。そうでなければ、不貞ーー浮気です。家族ですら、軽く添えるのがマナーです」
その通り。
教室中が一斉に頷いた。
「そうなのか!?……親父が、聖女様は世界にとってとても大事な方で、守らなければいけないって!……聖女様に親切にすると、プライセルの為になるっていうから、香水臭いのも我慢してたのに!」
ーーぶふっ!
誰かが堪らず吹き出した。
聖女の顔が、みるみる赤く染まっていく。
「手作りのお菓子もそうです。何らかの御礼だとしても、婚約者以外からは、普通、受けとりません。不貞と言われても、仕方がない行いです」
あ、今度はフランツ様が青く染まってきた。
「女性の善意は無下にするなって……」
「では、善意で浮気を勧めて来たら、受けるのですね?」
「浮気なんか、しない!」
ーーすでに浮気レベルです。
教室内を同じ思いが駆け巡った。
「端から見れば、単なる浮気です」
「そ、そんな……」
フランツ様は助けを求めるように周りを見るが、みな頷くだけで、助けてはくれない。
「脳筋って、本当に脳まで筋肉なんだな」
ぼそりと呟かれた囁き。
「考えなしと言うより、考えの違う生き物でほないかしら」
「エスコートの作法って、幼少期から学ぶだろ?」
「ほら、ミドーチェ伯爵家は御当主様が騎士団副団長のお一人ですし、子息も騎士を目指されているから、……ねえ?」
流石に周りの声が聞こえたのか、フランツ様はすがるような目でプライセル様を見た。
「オ、オレは間違ったのか?」
「そうですね」
プライセル様が突き放すように答えた時、聖女が入り口から離れた。
こっちが気になるのに、あっちを追わないといけないのか。