学園での聖女案件①
お読みくださり、ありがとうございます。
「シャリィ、君は学園にほぼ通ってなかったよね」
課長、いきなり何ですか?
先日の某大臣のやらかし案件の報告書を書いていたので、つい非難がましい目を向けてしまった。
「入学して二ヶ月で卒業資格を貰ったので」
その二ヶ月の間もまともに通ったのは三日程度だ。でも、1年間は在籍していないと卒業できないので、とりあえず籍だけ置いておいて、必須行事のみそっとこっそり片隅で参加したのは良い思い出だ。
「まぁ、シャリイさん、優秀なのね」
エマさんが微笑みながら褒めてくれた。優しい。
と言っても、高位貴族家の子女はほとんどが1年で卒業してしまう。もう学んでることがほとんどだからね。社交に精を出すか、専門分野の試験さえクリアすれば良いって人がほとんどじゃないかな。
未知の分野や、興味のある分野を学ぶ人もいなくはない。
うちの優秀な姉のように、友人と過ごす場として興味深そうな講義だけ取ることもある。卒業資格持ちは自由なのだ。
「まあ、うちの家族は皆入学と同時に卒業資格を得ているので、私だけ遅いんですよね」
家族からすると、二ヶ月もかかったのか、となるのだ。
「いや、充分すごいからね」
課長は溜息とともに書類をくれた。嬉しくないけど、受け取る。
書類は、『学園の潜入警護について』と書かれていた。
へー。第三王女殿下と同じ学年に、今代聖女様がいらっしゃるんだな。……はあ、王女殿下の婚約者の公爵家長男が聖女様とご一緒する時間が多い、と。聖女と距離の近すぎる子息もいて、王女殿下の側近がご報告をあげている、と。
聖女の目に余る行動も気になる、と。
あまりにも報告の内容がひどく、回数も多いことから王女殿下の身辺警護と内情調査……ってこれ、要するに王女殿下の婚約者が浮気者か調べろってことだよね?
「王族にかかわる案件、うちが担当でいいんですか?」
「そうだねぇ。本来なら違うんだろうけど、元第五王子殿下の件で微妙な実績作ってしまったからねぇ……う……」
課長、また胃痛ですか?
「第三王女殿下は、アレと違って首席合格で謙虚な方らしいのよ。ーー課長、お茶をどうぞ」
エマさん、いつの間にお茶を……。そして、アレって。一応元王族――元だし、いいか。
これはいつもの胃にやさしいハーブティーの匂いだ。
「ありがとう。……我々に断る権限はないからねぇ。申し訳ないけど、王女殿下に張り付いて逐一報告をあげてくれるかな?そこにある通り、直接的かつ危急の害が王女殿下に及ぶ場合は、強制時に排除で構わない。まあ、一応周りへの配慮もよろしく。あくまでも、陰に徹してね」
陰にねぇ。
お茶を口にしてほっと息を吐く課長から書類へと視線を落として、気づいた。
「――『婚約関係の必要性が感じられない』?」
側近の考察、えらい直接的だな。普通はもうちょっとぼかさないか?
「まあ、婚約者がほかの女性といるし、王女殿下も謙虚が過ぎる方だから、側近が物申したって所もあるかもしれないわねぇ」
情報通のエマさんがそういうってことは、そうなんだろうけど。婚約者はラドルク公爵家の長男……あれ?嫡男につくミドルネーム『ラス』がないな。ってことは、まだ後継が決まっていないか、他に後継がいるかってことか。
元第五王子殿下と同類じゃないだろうな。物理は乙女だけどは精神は乙女が足りない私には理解しがたい生き物はちょっとヤだな。
「とりあえず、指示があるまでは警護ということで、承りました」
警護任務は忍耐勝負とも言われる。
なにせ、日常生活を邪魔しないようにひっそりと守り、かつ四六時中気が抜けない。同じような時間が過ぎていく中、緊張を保ったままでなくてはならない。
「わたくしたちには、関係ありません」
プライセル・リンツァ伯爵令嬢は第三王女殿下の側近で、はっきりした物言いをするが配慮と考察のしっかりした淑女だと評判だ。――聖女様御一行以外には。
「そんなぁ、プライセルさま。あたしがフランツと仲いいの、そんなにいやなの?単なる友達だよぉ」
聖女ネラが、リンツァ伯爵令嬢の婚約者フランツ・ミドーチェ伯爵子息の腕に絡みついたままかわいらしく――甘ったるく?呼びかけた。
いや、ここ中庭。大勢の生徒がいる中で、よその婚約者に絡みつくって、どーよ。
「ですから、わたくしたちにはあなた方の付き合いがどうであれ、まったく関係ないことです」
さくっと取り付く島もない冷徹な声――というより、迷惑だから関わってくんな、という嫌悪感にあふれた声でリンツァ伯爵令嬢がもう一度聖女に告げた。
「そ、そんなぁ」
ぐすり、と聖女ネラの目元に涙が溜まる。
「ネラ様、泣かないでください!……プライセル、聖女様になんてひどいことを!」
「ひどいこと?」
|フランツ・ミドーチェ伯爵子息《自分の婚約者》に何の関心もない眼差しを向けて、リンツァ伯爵令嬢が――めんどくさいな、プライセル様でいいか――聞き返した。
「関係ない、ということのどこがひどいことなのでしょう。単なる事実です。そのうち、すべての意味で関係はなくなります」
何の感情もこもらない口調で淡々と告げるプライセル様。ビビった……じゃない、気圧されたのか固まっているフランツ様――って、おいおい、あんた騎士科のエースじゃないんかい。ミドーチェ伯爵家って、ごりごりの武闘系一族のはずだろ。がちがちの文官系一族のお嬢様に気迫で負けてどうする。
「マリーブランシュ王女殿下とわたくしは、これから生徒会の会議に出なくてはいけません。あなた方とお話している時間はありません。ですので、失礼いたします」
淡々と告げて踵を返し、第三王女殿下を促して歩き去るプライセル様。
なぜか悔しそうな聖女ネラと事態を理解し切らなかったらしいフランツ様。
―――――だれだよ、警護任務は忍耐だって言ったの。違う意味で忍耐だわ。
毎日、似たような寸劇展開を見せられるだけで、精神的に疲れる……。これ、毎回報告書作る方の身になってほしい。
周りの生徒も、寸劇が始まったとたんそっと気配を消してその場からいなくなろうとするの上手すぎ。しかも、見届け役を一瞬で押し付け合って、決して当事者だけにしない気遣いまでしてたな。
「プライセル、大丈夫?」
「ええ、全く問題はありません。マリー様こそ、あのようなお目汚しから学べるものなどもう無いというのに」
にっこりと笑うプライセル様。勝気な顔立ちなのに、やわらかい微笑みがとても愛らしい。王女殿下は申し訳なさそうな困った微笑みを浮かべる。
「フランツ様もスタージュン様も、なぜあのような……」
悲しそうな顔をした王女殿下は、何かに気づいたかのように動きを止めた。それに気づいたプライセル様も一瞬止まり、横を見つめた。
男子生徒が何人かで盛り上がっているようだったけど、あれ、王女殿下の婚約者スタージュン・ラドルク公爵子息か。
「いいのか、聖女様がフランツにべったりだぞ」
「そうそう。さっきまでラドルク様にくっつていたのに。相変わらずだよな。でも、そろそろラドルク家に王家から苦情が来るんじゃないのか。婚約者よりも聖女様との距離が近いって」
「ふん」
鼻で笑った偉そうな美少年スタージュン・ラドルク公爵子息。相変わらずのカッコつけだな。
「王女はおれにべた惚れだからな。聖女様がくっついてきたところで、何も言わないさ」
うわぁああ。気持ち悪っ。
なにその勘違い。
「あの男……。マリー様のことをあの様な虚言で貶めるとは。王家からも苦情が来ているというのに」
プライセル様が握る扇が、めきめきと音を発している。
扇って、怒りを発散するアイテムだっけなー。以前、王妃殿下は武器にもしてたけど。
それはさておき。
私も何回か聞いたあの発言。王女殿下は婚約者のことを大して好きではなく、発言に対して実はちょっと嫌がっていた。
だから、書きましたともさ。報告書に。
妹大好きな王太子殿下が公爵家に苦情をいれ、公爵閣下は息子に厳重注意をしていたらしい。
でも、人に話しかけるのがあまり得意ではない王女殿下が直接文句を言われないから、スタージュン様は調子に乗ってまた発言を繰り返している。
……もう一回、報告書に載せとこ。
「いいのかよ、そんなこと言って。なんか公爵閣下から叱られたんだろ。聖女様の事じゃないのか?」
おお、友人君、鋭いが違うぞ。
「あ、いや、それは」
王女殿下に対して嘘をつくなと叱られたって言えんだろうな。ちょっと動揺してまた何かを言おうとしたが、どうやら王女殿下たちを見つけたらしい。
「そろそろ、生徒会の会議に行かねば」
さっと話題を変えて立ち上がった。
げっ、こっち来るのか。
「まいりましょう」
一緒になりたくないだろうと、プライセル様は王女殿下を促して歩き出した。友人の手前追いかけることも声をかけることもできず、ちらちら目線だけを向けながら距離をあけて歩いてくる。
「ああは言ってるけど」
男子生徒がぽつりとつぶやいた。
「王女殿下がラドルク様を見つめたり、好きだって雰囲気を出したことないよな」
目立たない感じの地味な少年、よく見てるな。
「そういや、そうだよな。聖女様に嫉妬するどころか、興味すらなさそうだもんな」
「嫉妬しないように見ないようにしているとか?」
「それなら、もっと悔しそうにしたりあからさまに避けるだろ」
「横でべったりくっついても眼中にないのか、気づいてないのか普通に通り過ぎてたのを見たことある」
「「まじか!」」
地味少年の発言で、男子生徒の認識が婚約者に相手にされていないスタージュン様ってことに変わった気がする。
距離があいたのでこれ以上は聞くことができなかったが、仕込んどけばよかったな。会話内容を報告できたのに。
王女殿下は本当に優秀だった。来月の学園祭についても驚くほどスマートに運営している。さすが生徒会副会長。
学園祭シーズンは卒業資格取得者もほぼ登校してくるから、普段以上に行事に関わる仕事が増えてくるのにも関わらず、粛々と仕事をこなしていく。生徒会内では微妙な能力のスタージュン様はそんな婚約者に近づけないでいるようだ。
「ラドルク様、こちらをお願いします」
「あ、ああ……」
書記から渡された書類を受け取ったスタージュン様は、見とれていた王女殿下から慌てて視線を外していた。
どうも生徒会内では、スタージュン様が王女殿下にべた惚れなのは共通認識っぽい。王女殿下とプライセル様が嫌がっているので、みんなでスタージュン様を殿下に近づけないようそれとなくフォローしているのが良くわかる。
なんだろう、この拗らせた思春期の匂い……。