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内務省総務部庶務4課  作者: 柑橘 橙
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1.つきまとい案件 その1

読んでくださってありがとうございます。

こんな仕事あったら面白いかもしれない、と思いました。


 ああ、空が青い……。


「----そこへ、私が颯爽と問題を解決することで、彼女の心を掴めるのだ」

 いかにも傾聴しておりますという顔をしている私たちに、もう3回目の説明だか、自己陶酔だかを繰り返すのは第五王子殿下。

 あ、今、空を横切ったのは猛禽類かな。大きな窓から見える範囲をくるりくるりと旋回して行った。

 あー平和。平和だ。

 どうも、シャーリィーン・マクレガンです。これでも貴族のご令嬢です。一応。

「承りました」

 課長が薄くなりかかった頭皮を殿下に向けたまま、何度目かの台詞を口にした。ってか、それ以外の言葉は入室のご挨拶だけだったな。

 後で医務室から胃薬貰ってきてあげよう。

 なんでも、第五王子殿下が一目惚れをした伯爵令嬢は、現在つきまとい(ストーカー)の被害に遭っていて困っているらしい。しかも『つきまとい犯』はご令嬢より身分が上で、被害を訴えることもできず、王妃殿下の側仕えであるのに登城を控えようとしているらしい。

 困っているご令嬢のために彼女の身辺を警戒してつきまとい犯を現行犯で捕まえよう。ついでに惚れて貰おうってことらしいんだけど……。

 ------殿下、婚約者いらっしゃいましたよね?確か、王家からごり押しで押し切りに押し切った侯爵家の次女様。長女が隣国の皇子妃として嫁いだから、次女様が跡を継いで、殿下を婿にってことじゃなかったっけ?

 王妃殿下の祖国と違って、この国では公に愛人なんか囲えない。ばれたら社会的に抹殺ものだ。勿論こっそり囲っている人や、社会的地位に興味なく公に囲っている人も居るけど、殿下の立場じゃまずくないかなー。

 理解しがたいけどなぜか大満足な王子殿下が我々の部署を去った後、応接室から4課の執務室にもどると、課長が自分の席によろよろとたどり着いて、突っ伏した。

「お疲れ様です」

 タイミングを見計らったかのように同僚のエマさんがハーブティーに蜂蜜を落としたものをそっと課長の机においてくれた。私の分もある。エマさん、優しい。

 エマさんは先月初孫が生まれた若きおばあちゃんで、もと男爵夫人だったが子育てが終了してから仕事に復帰した大ベテランだ。

 この内務省総務部庶務4課は総勢七名の他の省から窓際部署と呼ばれるちょっと特殊--忘れられた--島流し的--な、と噂の部署だ。

「うぅ、ありがとう」

 課長は弱々しくお礼を言って、カップに口をつけた。未だ四十代なのに、頭髪と胃が犠牲になりすぎ。

 この人、傍流とは言え王族の血を引く伯爵家じゃ無かったっけ?こんなストレスで胃を壊すような職場で良いのかな?とも思わなく無いけど、人事権はお偉い方にあるから私にはどうもできないや。ご愁傷様です。

 4課は総務部長からなんとも言いがたい細々した微妙な案件を振り分けられることが多い。そのためほぼ準エリートな文官揃いの庶務1課、ほぼ優秀な実戦経験のある武官揃いの庶務2課、よくわからない術士揃いの庶務3課とは違っている。

 ぶっちゃけ、どごもやらない案件対応が主な仕事だ。

 経理部や管理部のように細々とした仕事で無いのは確かだし、同じ総務部の処理課ほど面倒な仕事でも無いと思う。そのほかの部署は知らんけど。

 庶務って名前、つけたの誰だよ、と言いたい。他省の庶務課と内容が違う気がするぞ。

「とりあえず、伯爵家のご令嬢にお話を伺いに行くべきですか?それとも、張り付きます?」

「そうだねぇ」

 私の質問に課長はちっょと考えてから答えた。

「王妃殿下にお伝えしとくから、張り付いてくれる?多分すぐ片付くから。はぁ」

 まあ、犯人捕まえるだけならすぐかな。裏を取るのも場合によっては1課の仕事になるかもしれないし。

「解りました。側仕えのご令嬢が登城するのは2時間後くらいですよね。そこから張り付きます」

 とりあえず準備して、時間まで他の仕事してから向かうかなぁ。

「犯人捕まえた後が大変でしょうねぇ」

 エマさんが通達用の魔法紙を取り出して何やら書き始めた。

「後、ですか」

「ええ。だって第五王子殿下には婚約された侯爵家のご令嬢がいらっしゃるし、ねぇ」

 そういや、颯爽と解決とか言ってなかったか、第五王子殿下(脳みそお花畑)。

 人前で伯爵令嬢に愛を叫んだりしないだろうな、おい。

 そんなん修羅場どころか、王家の醜聞だ。婚約者のご実家である侯爵家はかなりの力を持ってるし、騎士団長は現侯爵の弟じゃなかったっけか。

 --あれ?

 王子、やばくない?

 4課にこの話持ってきたことがばれただけでも、まずくない?

「先に、課長の胃薬貰ってきます。ついでに買い出しも」

 そりゃ胃を壊すわ。医務室遠いけど、先に行っとこ。

「宜しくね、シャリィさん」

 4課は王宮東館の北側4階にある。4課専用の応接室が2つと臨時会議室が1つ。今居た執務室に資料室、キッチン、そして休憩室が男性用と女性用に分かれている。こぢんまりとしているが、7名しか居ないので今のところ事足りる。

 内務省全体の会議室や資料室や多目的室だって許可をとれば使えるし。4階には総務部長の執務室等もある。勿論あっちの方が占有面積は広い。

 近寄りたくないので北階段を使って一階の医務室へ向かおう。

「失礼します。庶務4課シャーリィーン・マクレガンです。4課長の胃薬を頂きに参りました」

 医務室とは言いながらもはや病院のような広さなだけあって、受付係が二人ほど座っている。待合室は植物も置かれ、白っぽいきれいな作りをしていて癒やされる。

 隅っこで真っ青な顔をしている文官だとか、うつろな目の下が墨で塗られたかのような顔をしている内務大臣の事務官だとか、傷だらけでソファーに転がされている武官だとかは、見ない。

「お待ちしていました。医師から次回から新しい処方をしたいので、この薬がすんだら診察にお越しください、と伝言を預かっています」

 年配の男性受付係に薬とともに手紙を渡された。

「ありがとうございます。課長に伝えます」

 医務室を出たついでに管理部販売課で必要なものを買い出しして帰る。さすがにもう一回降りてくるのは面倒くさいから、ついでなのだ。 




 うーん……。

 つきまとい被害の伯爵令嬢に陰ながら張り付いて2日。

 いや、王妃陛下の側仕えって優雅且つ忍耐勝負なんだなー。良かった庶務課で。だって、笑顔で立ったままひたすら王妃殿下やご令嬢、客の話を聞く。お茶を出す。

 昼食やお茶の時には王妃殿下の身支度を手伝いつつ、自分も整える。客人の資料を整えて事前に王妃殿下にお伝えするから下調べをしなくちゃいけないし、その場の話の内容を報告書と事録にまとめなくちゃいけないし、噂話や流行にだって気を配らなくてはいけない。

 でもって、「わたくし何もしていませんのよ」って涼しげな顔をすることを求められるとか。

 いや。無理。

 すげーな、側仕え。

 伯爵令嬢は側仕えの中でも中堅らしく、それなりに大変なお役目を担っている。華奢で小柄なのに出るとこでた可愛い美少女。第五王子殿下の婚約者様はスレンダーな知的美少女だから、ずいぶん異なる。

 2日目もそろそろ終わるが、つきまとい犯らしき人物は影も形も見えない。途中、第五王子殿下が近づこうとして側近に連れ戻されてたから、その気配を察して控えたのか?

 だとしたら迷惑極まりないな。犯人見つけられないじゃん。王族は目立つんだよ。

 何回も来るからか、側近、最後は王子に手刀食らわせてなかったか……?いや、まさかね。仮にも王族だし。

 きっとお疲れなんだな。執務もあるし。うん。

 しっかし、このままじゃ埒があかない。

 仕方ないなー。このまま今日中に進展しなかったら、課長に許可貰って、別口に直接聞くかな。多分私より詳しいだろうし。




『ね。結局つきまとい犯って、だれなの?』

 物陰に隠れていた隠密らしき青年に声をかけたら、ぎょっとされた。私より頭一つ半背が高いな。

『え』

 ----あれ?私に気付いてなかった?三日も同じ標的に着いてたのに。

『な、な、いつの間に』

 思わずこぼれたらしい声は深くて良い声だった。かなりの実力者なのか、動揺も一瞬だった。唯一出ている目元がこちらを鋭くにらんでいる。

 せっかく親しげに微笑んであげたのに、ひどいな。

『えー。丸々二日間もご一緒してるのに、つれないなー。今日で三日目なのに』

 執務用の黒っぽい簡易ドレスの裾をつまんでお辞儀した。ま、フレアスカートに見えるキュロットパンツだけど。

『!?』

 あれ?めっちゃびびってる?

『気付いてなかった?』

 あ、偉い。動揺したのはわずか1秒にも満たない。この衣装と雰囲気は侯爵家の者か。婚約者の浮気相手(笑)を見張っているのか?

 優秀な隠密に無駄な仕事をさせてんなぁ。ホント、ご愁傷様です。

『侯爵家の隠密でしょ。私は内務省総務部庶務4課マクレガン。よろしく』

『マクレガン……辺境伯家の……まさか、次女……?辺境伯家の変わり者……』

 ありゃ、ご存知か。

 ”辺境伯家の変わり者”。

 久々に聞いたな。まあ、次期辺境伯の兄様と次期魔術師団長候補と呼ばれる姉様とエリート文官を嘱望される弟とは違って、特筆すべき才のない第3子の私は、社交界に滅多に顔を出さない兄姉より公の場に出ない。ぶっちゃけ、デビュタントしか出てない。

 おかげで世間からは忘れられているのさ。

『まさか、こんな実力者だったなんて』

 ----ん?

『実力者?』

『俺が2日も気付かなかったなんて、相当の実力者だろう』

 ええー。そうかな。4課にはもっと強者がいるけど……。ま、黙っとこうか。

『そうでも無いけど』

 言外にお前の実力が足りないんだ、とだけ言ってやる。

 ぐっと言葉に詰まったようだ。

 おいおい、この隠密くんいろいろダダ漏れだけど大丈夫か?----なんてね。

 表に出ない隠密はそれぞれ裏取引があったりする。任務遂行のため、無駄な損失を出さないための暗黙の了解だ。

『で、つきまとい犯って、なかなか姿を見せないけど誰なの?』

『は?何度も現れては連れ戻されてただろ……』

 -----はいっ?えっ?

『第五王子殿下……?』


 嘘だろーっっっ!?


『そうだ。醜聞になる前に接触しないよう邪魔をするのが俺の仕事だ』

 は、はははは、はは。

 ストーカーが被害者を救う依頼してくるって、アホか!

『侯爵家のご令嬢、お優しいな』

 アホのフォローまでしてるなんて。

 ほんと、あの第五王子殿下(腐れ脳みそ)は公爵令嬢に土下座して、切腹した方が良いんじゃ無いのか?

 なにが、『颯爽と問題を解決して』だ。鬱陶しく問題を起こしてるんじゃねーか。

 アレを、侯爵家の婿にするのは世のためにならない気がする。

 この二日間、令嬢に近づこうとして何回も連れ戻されてるけど、王子宮からここまで結構距離あるのに、仕事してないのか?

 無駄飯喰らいな上につきまといの迷惑行為とか、醜聞以外の何物でも無いぞ。

『姫様は家のために色々と我慢しておられるからな』

 思わずこぼれたような言葉。自慢げだけども、心配を滲ませた言葉に頷くしか無い。

『もしかして、みんなご存知?』

 課長の様子を思い浮かべて、聞いてみた。

『少なくとも王妃殿下や王太子殿下、侯爵家は』

 まじかー。

 ってことは、課長もうっすら察してるんだな。エマさんは情報を掴んでそう。

『伯爵令嬢は王妃殿下に言われて口を噤んでいるからな』

 えー。

 なんて、めんどくさい。

『課長に報告して、落としどころを考えなきゃなぁ』

『落としどころ?』

『まぁ、どうなるかは解らないけど。それだけばれてりゃ、侯爵家で第五王子を受け入れるのに良い感情は無いでしょ?』

 隠密くんは黙っていたけど、その空気感から侯爵家で王子殿下の評判は良くないことが窺える。

『あなたのお姫様も、お花畑の王子様より、ちゃんとした相手が良いんじゃ無いの?』

『………そうだな』

 やっぱ、嫌われてんのか、あの王子。

『できる限りは頑張ってみる。じゃあ、いろいろありがとう、侯爵家の隠密くん』

 お礼を言ってその場を後にした。

 ----ことを、後悔した。


きりの良いところで投稿していく予定です。筆が遅いので、気長にお付き合いいただければありがたいです。

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