7.進化の壁
つい最近になってモチベーションが徐々に上がりつつあります。
怖気の正体を確認するため恐る恐る顔を上げる。
「なっ……!?」
そこに居たのはそのままの姿を全長二十メートルほどに拡大したような巨大な百足だった。
眼前の百足はするりと全身をくねらせ、俺を見据える。その目が見えているのかは定かでは無いが、とにかく俺は蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなっていた。
なんなんだこの生き物はと脳が必死に理解を拒む。気付けば全身を貫く痛みさえ思考の隅へと追いやられていた。
「殺されるのか……俺………」
そう小さく呟いて後ろに下がろうと足を動かした瞬間、それよりも早く敵が動いた。全身を大きくうねらせ俺の視界を塞ぎ、その間にその身体で俺を軽々と締め上げた。鋼鉄のように硬い背中に圧迫され、骨が軋むような音がする。
「うおぉっ!?」
驚いたのも束の間上半身と下半身が潰れて真っ二つになりそうなほど締め上げられる。しかし不思議と痛みは感じない、それどころか妙に冷静になっている自分に驚いていた。落ち着いていくにつれてこの状況を打破する可能性を脳が探り出す。少なくともこの状況では自らの手足は使い物にならないだろう、現に今拘束されている以上手先足先を動かすことすら難しい。
「だったら……」
俺は百足の胴に思いっきり頭をうちつけてみた。まるで鋼鉄にでも打ち付けているかのような痛みが全身を駆け巡るが、巻きついた胴体が動くことは無い。数度打ち付けてみたが、結局自分の頭が割れそうで断念した。手足がダメなら頭を使えばと思いついたはいいもののそれがダメならお手上げだった。これ以上にいい手があるだろうかと考えるものの、焦る頭では何もいい案が思いつかなかった。すると、あれこれ考えているうちに腹の虫が鳴りはじめた。あまりにも唐突なことで自然と頭が冷め始める。
「そういえば今日は朝から何も食ってなかったな……」
視界の先に映る百足の胴体、それが俺の目にはどうしようもなく美味そうに見えた。おそらく俺は気が触れていたんだろう、気が付けば目の前の百足に歯を突き立て、胴体の肉を引きちぎっていた。頭を打ち付けた時はまるで鋼鉄のようだと感じた身体は、何故か豆腐を噛んでいるような柔らかさすら感じる程だった。肉の抉られた部分が形容し難い触感の液体を撒き散らしながら百足は大きく暴れ回り、拘束が緩んだ隙に半分地面にたたきつけられるように脱出できた。素早く距離をとって百足を見る。相手も身体をくねらせるのをやめて再び互いに睨み合う状態へと戻った。巨大な百足と素手で戦う技など知る訳もなく、野生で生き抜いてきた相手に対し俺の腰は随分引けていたが、眼前の百足が先程見せた俊敏な動きにも対応できるように俺の身体は自然と両手を地面にあてがった。不格好なクラウチングスタートのような体勢で、敵の一挙手一投足(この表現が百足に対しても有効なのかは定かでは無い)に目を凝らす。数秒後、敵が動いた。土煙をまきあげながら巨体が激しくうねる、先程よりも数段俊敏に飛びかかって噛みつきにかかってくる。しかし、そこで不思議にも先程より視界が明るく良好であることに気付いた。それどころか敵の動きがまるでスローモーションのようにゆっくりと流れていくように見え、横方向に大きく地面をけって回避することができた。背後に凄まじい轟音が響きわたり、天井から砂が降ってくる。気だるさこそ未だに感じるものの身体が随分と軽い、これが流子の言っていた人としての機能を超えるということなのかもしれない。あれ程恐ろしく速い百足の攻撃さえ避けることができると思うと、妙な全能感が脳内を支配し始めた。それが仇となったのだろうか、いや間違いなくそれが主な理由だろう。振り返って背後に飛び、巻き上げられた砂煙から遠ざかろうとした瞬間、煙を割いて百足の顎が伸びて来た。
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