5.順応性の試験
またせたな!(待ってない)
牢屋の中で座り込み、随分と時間がたった気がする。ふと顔を上げ耳を澄ますと、階段の方から何者かが降りてくる気配を感じた。流子が帰ってきたのだろうかと階段の方に目を凝らすと、どうやら違うようで同じような戦闘服に身を包んだ少し華奢な体型の別の少女だった。黒く長い艶のある髪を白い紐のようなもので束ね、黒い布で鼻と口を覆い隠したその風貌は、さながらくノ一のようだった。俺がその姿を口を開けてただ眺めていると、少女は檻のそばに座り込み、少し空いた隙間からトレイのようなものを滑り込ませる。俺が近づいてトレイを掴もうとすると、少女は少し驚いたように手を離す。手元にあるトレイの上には、小さく千切られたパンの欠片と具材の切れ端のようなものが浮かんでいるスープらしきものが置かれていた。
「それ……昼食…………食べて……」
少女はそう小さく呟くと、立ち上がって階段の方へと消えていってしまった。今度来た時に言いそびれたお礼をしなければと思いつつ、食事に手をつける。先程流子が言っていたようなまさに残飯と言ったような昼食だったが味は悪くない、そして何よりもこの異常な世界で定期的に供給される食事を得られたことが一番幸福な点だった。目に涙さえ浮かべながら完食すると、トレイを隙間から牢屋の外に静かに置いた。しかしまだ一日とはいかないものの随分と時間はたったはずだが、一向に体に異変が起きている様子はない。今はただ二日経てば完了するという流子の言葉を信じて待ち続けるしかなかった。
しばらくすると、階段の方から再びあの少女が降りてきた。少女が地面に置いてあるトレイを拾ってすぐ階段を登ろうとするのを見て慌てて声をかける。
「ご飯ありがとう!……美味しかった」
普段から人と話す機会が少ないが故の弊害、完全に第一声の声量を間違え、続く声量はしりすぼみに小さくなっていった。恥ずかしさで身悶えしそうになる俺を他所に、少女は軽い会釈で済ませると階段を上がっていってしまった。
「はぁ……なれない会話なんてするもんじゃないな……」
その日夕飯もその少女が持ってきてくれたのだが、当然俺は恥ずかしさで顔を合わせる勇気も出せず、少女が居なくなると牢屋の隅で丸まって座り込むことしかできなかった。そんなこんなで身体が眠気を訴え始めたのを感じ一日目は終わりを迎え、共生状態の完成まであと一日となった。翌朝、依然として身体に違和感は感じられないまま朝食をとり牢屋の中で時間を浪費する。ふと気になって鉄格子を揺すったり扉を強引にこじ開けようとするが、それらしい力が手に入っている訳でもなく落胆し床に座り込む。どうやらこの身体に何か変化が起こるまではどうしようもないらしい。ふと落ち着いてみると、妙な不安感が自分の中で渦巻いていた。今まで共生状態になるということのみに意識が集中していたが、その後に自分を襲う激痛に関してはなんの考えもなかったからだ。激痛と言ってもたかが知れているだろう。そう信じたい心がどうしても自分の中から離れないまま、二日目も流れるように過ぎていった。
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