4.エボルガス
4話ですよろしくお願いしますします。
「なんでこんな風に簡単に南京錠がぶっ壊せるのか。その理由ってはこの部屋に充満している特殊なガスに起因するんだ」
「特殊なガス?」
懲罰房の中、俺は流子からお勉強を受けていた。先程見せられた南京錠の破壊には、この場所に充満するガスの力が働いているらしい。そう言われ、なにか臭うのではと先程から空気を嗅いでいると彼女は説明を続ける。
「まぁ実際はガスじゃない特殊な瘴気……これもまぁ適切な表現じゃないんだがわかりやすいように言うと、所謂『ウイルス』が入った空気だ。あたしらはこいつを『エボルガス』って呼んでる」
ますます意味がわからなくなった。その『エボルガス』というウイルスが一体南京錠の破壊とどう関係するのだろうか。
「ここに充満しているウイルスは感染しようが特に人体の健康にはなんの影響ももたらさないんだが、今回手前にとって重要なのはそいつに身体を貸し与える、つまり『共生状態』に陥ることだ」
「共生状態になるとどうなるんだ?」
「全身の細胞が拷問にも等しい激痛を伴いながら変質し、人としての機能を超える。つまり超強くなるってことだな」
あまりにも突飛な話だがどうやらこの部屋に充満している空気には進化を促すウイルスが混ざっているらしい。進化に対して激痛という名の拷問を伴うから「懲罰房」か。それに彼女がそのウイルスの力によって強くなったというのなら、もしかすれば彼女の言う通りに半年で俺も南京錠を破壊できるかもしれない。だが俺にはどうしても気になることがあった。
「仮にそうだとして、何故そんなウイルスがここに充満しているんだ?」
「…………………………………」
途端に流子は押し黙り、目に悪そうな光り方をする髪を弄りながら視線を右往左往させる。しばらく視線をさまよわせていると、俺の視線に気付いたようで異様に慌て出した。
「ま、まぁあれだ!牢屋に危険なウイルスって組み合わせはイケてるからってことだよ!」
「つまり知らないってことでいいのか?」
「…………おう」
何もわからなかったがとにかくこの場に出処不明のウイルスが充満しているということはわかった。この場で半年過ごしてウイルスと共生することが、今の俺の目標ということらしい。
「でも、そこまでしないと殺し屋としてやっていけないものなのか?俺は一体これから何と戦わされるんだ?」
平和を守ることとこの激痛に耐えてまで力を手に入れることがどう関係するのかと俺が質問すると、彼女は神妙な顔を浮かべながら返した。
「何も言わずにっつったろ?そいつを話すのは後だ」
やけに冷たく当られたような気がした。とにかく今は半年過ごすことだけ考えていればいいということだろう。
「わかった、今は何も聞かない」
「そうしてくれると助かる」
そう言うと流子は牢屋から出て、入口に南京錠をかけた。
「まぁとにかく手前の覚悟を見るにはもってこいの試験って訳だ」
「なるほど」
南京錠をかけ終わると流子はもう一度俺の目を見る。真っ直ぐ向けられた瞳は先程椅子に縛りつけられていた時のものとは異なる脅しの無い激励の目だった。
「共生はこの空間で過ごしてれば大体2日程で完了してそっからは毎日激痛だ、じんわりと外から内へと侵されて行くからせいぜい気を確かにな」
「わかった」
「まぁとにかく気張りな。手前の覚悟にゃ期待してるぜ」
そう言うと彼女は階段を登っていった。残された俺は一人牢屋に座り込む。共生が完全に完了するまではできることは無いだろう。鉄格子を掴むとひんやりと冷たく、水滴で手が濡れた。何年も使われていなかったように見えたが案外掃除は行き届いているようだ。立ち上がって出口に取り付けられた南京錠を見る。
「半年なんて待ってられるか……すぐにでも破壊して元の世界に帰ってやる」
階段を見上げ、一人そう呟いた。
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