2.逃げ場のない部屋の中で
ちょっと遅れましたが2話目です
意識が戻り目を開くと、目の前には麻布の面が広がっていた。あまりにも唐突なことに疲労困憊しているせいだろうか、今更頭から麻袋を被せられていても今の自分はとても驚いたりできなかった。するといきなり麻袋が取られ、視界が様々なものを映し始める。どうやら自分は、木製の歪な椅子の背もたれに両腕を括り付けられているようで、むき出しの豆電球が頭の上で不気味な音を立てて揺れていた。薄暗い部屋の奥には数人分の人影が見えるが、少なくとも自分を助けに来たという訳では無さそうだ。頭上で揺れる電球の明かりでその顔つきが明らかになると、俄然仲良くできそうな気はしなかった。暗がりから現れたのはガタイのいい数人の男と、その男達に囲まれた一人の少女だった。歳の近く見える目の前の少女を含め、全員が何やら漫画に出てくる戦闘服みたいな特殊なスーツに身を包んで、無表情に俺を見下ろしていた。さっきまでいた西洋かぶれの空間とはあまりにもかけ離れた服装に戸惑っていると少女はゆっくりと俺の方へと歩き出し、数度頬を叩いた後に目を覗き込む。少女の力とは思えない程の強力なビンタを食らい、頬が焼けるように痛い。
「おう、起きたかい」
涙目でか細く呻き声を漏らす俺を他所に、少女ら随分と他人事のように話す。地面に擦るほど伸びた白い長髪に赤い瞳、少なくとも目の前にいるのが常人でないことは明らかだった。
「………あんたは?」
「あたしか?残念だが今は話せないな」
「ここはどこなんだ……」
「あぁ、そういやぁいきなり気ぃ失うもんだからなぁんにも言わずに連れてきちまったなぁ……」
申し訳なさそうなニュアンスは一切感じられないように呟くと、少女はまた他人事のように淡々と語りだした。
「ここはぁ……つっても特に名前はねぇし……まぁ、わかりやすいように言えば『アジト』みたいなもんだ」
「なんのアジトだ?」
「あたしらの組織のだ」
「組織ってなんだ?」
「おっ?食いついてくるねぇ〜だがそいつも今は話せないな」
得られた情報に何一つ有益なものはなかったが、要は俺は何らかの組織に拉致されてそのアジトへ連れていかれたということだろうか。
「話が全く見えてこない」
「初対面同士の会話ってのはそういうもんだよ」
「………ふざけてるのか」
少女の要領を得ない返答を聞いていると次第に苛立ちが募ってくる。
「さぁ?けどあたしらは最近娯楽に飢えてるからねぇ、もしかするとそういうこともあるかもしれないよ」
「真面目に話せ」
「お願いできる立場かい?」
「ふざけるな!」
思わず身を乗り出そうとするも、縛られたままの非力な自分では、ボロボロの椅子一つ軋ませることしかできなかった。目の前の少女はその一部始終を何も言わずに見つめてくる。俺は諦めたように項垂れ、か細く呟いた。
「なんで俺なんだ……」
すると目の前の少女はどこか慈愛に満ちた顔を浮かべながら俯いている俺の顔を覗き込む。
「残念だが手前がこの世界に来た理由なんてねぇよ。たまにあるんだ、手前みたいに間違えてこっちに来ちまうやつがな」
それはあまりにも理不尽がすぎる。今頃俺は自宅か当日予約のホテルの寝室で寝転がってネットサーフィンでも行っているはずだった。うなだれたままの俺を他所に少女はお手上げといった素振りで嘯く。
「まぁせいぜい生き残っちまった自分を呪うことだねぇ!」
確かに今の状況を考えればあの時あの光に焼かれて死んでいた方が良かったのかもしれない。現に今の俺はこのまま生きていく未来に絶望しか感じられなかった。そんな俺に少女は話を続ける。
「でもまぁ……手前にはまだチャンスがある」
思わず顔を上げると眼前の少女の瞳はこれ以上ないほど輝いていた。その瞳に真っ直ぐ捉えられるとまるで蛇に睨まれた蛙の如く身震いしそうになる。良い提案出ないことは明確だった。
「手前、あたしらの組に入らねぇか?」
突然周りにいた男達がざわめきはじめる。その中の一人が少女に対し声を上げる。水色の髪に同色の瞳、頬に大きな切り傷を持った長身の男だった。
「正気ですか?俺にはとても彼が懲罰房の試験に耐えられるとは思いませんが」
すると少女は声を上げた男を怒鳴りつけた。
「やかましい!ウチに人手が足りてねぇのはてめぇらもよく知ってることだろうが!それに………」
少女はもう一度俺を見つめる。
「決めるのはこいつであってあたしじゃねぇ」
全ての決定権はお前が握っていると、少女はニヤりと不気味な表情を浮かべながら言った。俺は彼女にもう一度問う。
「今、ここで何も理解できないまま決断しろって言うのか?」
「あぁ、そうだ」
「……ふざけるな!」
再び徐々に溜まっていた苛立ちは、彼女のあまりにも何も考えない物言いを聞いて遂に爆発した。
「そんなことができるわけないだろ!」
できるわけがない。そう言い訳混じりに吐き捨てると、少女は先程までの表情を一変させ、底知れない冷たさを内包した瞳が俺を捉えた。
「まぁ〜だそんな浅ぇとこで迷ってんのか?」
すると突然少女は俺の襟元を掴み、椅子に縛ったまま持ち上げる。何が起こっているのか全く理解できないが、少女が明らかに異常な力を持っていること、改めて自分の生死は相手に握られていることが理解できた。
「手前に残された道は二つ!」
少女の声色に怒気が混じりだす。
「このまま何もせずにこのクソみたいな世界で野垂れ死ぬか!あたしらに利用されて死ぬのと同じぐらいの思いしながら生きるか!それだけだ!」
凄まじい剣幕ののち少女が襟元から手を離し、椅子に縛られたまま受け身も取れずに身体を地面に打ち付ける。少女は椅子に片足を乗せて俺を見下ろした。
「迷ってんならこれだけひとつ言っといてやる」
突き刺さるように鋭い瞳で見つめながら少女は続ける。
「手前の人生すら手前自身で即決できねぇような甘ぇ奴ならさっさとくたばるのがお似合いだ」
冷たい、底知れない冷たさが喉の奥を凍らせたかのように俺の言葉を詰まらせる。このまま死んでしまうことが正しさなのか、生き残って一体何があるのか、俺が間違っているのか。逃げたい、今すぐ全ての決断から逃げ出してしまいたいという想いだけが募り、思考は次第に混沌としてくる。
「また逃げるのか」不意にそんな声が脳裏に響く。他でもない自分の声、今までの俺の人生を一番近くで見てきた者の言葉が、胸に突き刺さった。逃げ続けた俺の人生、今ここで生きることまで逃げてしまったら俺の人生には一体なんの意味があるのだろうか。なぜ身体は、心はこんなにも生きたいと願うのに、頭がそれを諦めるのか。気が付けば俺は口を開いていた。
「……俺は帰れるのか?」
「そいつぁわからんが……まぁ可能性がねぇ訳じゃあねぇな」
今の自分には可能性があるという言葉だけで十分だった。
「なら……やる」
俺は少女の鋭い瞳を真っ直ぐに見つめる。
「俺は俺の人生を取り戻すために、お前に利用されてやる!」
その言葉を聞き、少女はまたニヤりと不敵に笑った。
「おう、手前のその覚悟買ってやらぁ!」
刹那、縛られていたはずの紐が切れ、体に自由が取り戻される。椅子から立ち上がると少女は俺の肩をがっしりと掴み、顔を近づけ耳打ちする。
「……逃げんじゃねぇぞ」
その言葉に俺は毅然と返す。
「目に物見せてやる」
こうして俺は、この意味不明な世界を生き抜くために自分の人生と向き合うことを決めた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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