1.酷な人生
前回の作品を消してしまい申し訳ないです。今作は続けられるように頑張ります。
浅倉隼人にとって深夜徘徊はただ唯一の趣味だった。学校から帰る足でそのまま終電の発車時間になるまで街を散策する。イヤホンをつけ、音楽プレーヤーを取りだしあてどもなく街を歩けば、まるで大都市がミュージックビデオの舞台のように感じられ、なんとも言えない高揚感が不健康にライトアップされた深夜の大都市という舞台に染み込んでいく。深夜0時を回っても街はまだ眠気の片鱗すら見せない。キラキラと妖しく光るネオンの看板にゴミにまみれた路地裏、忙しなく通りすぎる人々になにか強大な力を感じたまま人の波に飲まれ、家へと足を進める。改札を抜け電車に乗り、向かいの会社員が俯いて眠っているのを目の端にとどめながらただ揺られる。いつもは起きていられるのに、この日は次第に自らのまぶたも落ち、気が付く間もなく夢の中へと意識が沈んでいった。
「✕✕✕✕✕✕✕✕!?」
耳元で何か人の声が聞こえる。どうやらかなり長い間寝てしまったらしい。駅員か他の乗客か誰かが終点で起こしに来てくれたのだろうかと俯いたままうっすらと目を開けると石で舗装された地面に数人の足が見えた。まだ寝ぼけているんだろうか、それか目がまだ光に慣れていないからだろう。終点からだと家に帰るのはほぼ不可能だろうし、今夜はどこかホテルにでも泊まろうかなどと考えながら上を向いて目を開けると、目の前に電車の吊り広告やつり革は無く、呆れるぐらいの晴天が広がっていた。突然のことに驚愕と動揺で事態を呑み込めないまま辺りを見回すと、そこには写真でしか見たことないようなレンガ造りの建築物が立ち並んでいた。その大通りの脇にへたりこんでいた自分を、数人の人間が取り囲んでいる。日本人らしい特徴などまるで感じない彫りの深い顔立ち、洋服も街で見かけるものとはまるで違う民族衣装みたいなものに身を包んでいた。ファッションに興味はないが少なくとも今目の前で着られている服が流行の最先端でないことは分かる。
「ここは…………どこだ?」
俺がそう呟くのとどこからともなく男が慌てながら走ってきたのはほぼ同時だった。男は息も絶え絶えになりながら口を開く。相変わらず何を言っているのか全くわからなかったが、男が息を切らしながら話し終わると数人が何やら騒がしくなった。するとさっきまで俺を取り囲んでいた集団はぞろぞろとどこかへ歩いていってしまった。目でその後を追うと、大通りの奥の方で何やら人が集まり始めているのが見えた。いつまでもへたりこむ訳にもいかず立ち上がると、手をついた壁にはられたポスターが目に入る。そこには何故か俺のよく知る文字が書かれていた。瞬間齧り付くようにポスターを凝視する。どうにか得られる情報がないかと隅々まで目を凝らすが、何とか読めるのは大々的に書かれた文字だけだった。
「勇者様御一行凱旋………」
よく分からないが勇者様御一行が凱旋するらしい。得られた情報に落胆していると、遠くに集まっていた集団から歓声が一つ、また一つ上がり始めた。何はともあれ近くに寄ってみると集団の波が取り囲んでいるのは二頭の馬が引く馬車のようだった。荷台部分が高く造られているようで四人ほどの男女が集団に向けて手を振っている。手を振る集団の中では視界が遮られてしまうが、腕の間から荷台を覗くと色とりどりの服装に身を包んだ男女が見えた。赤と黒の派手な装飾の服に身を包んだ少女に猫のような耳の生えた水色と黄色の髪の少女が楽しげに手を振っている中、ふと見ると鎧に身を包んだ男がまるで日本人のように見えた。瞬間俺は人の波を掻き分け前へと全力で進み始めた。彼が自分の思っていた通りに日本人ならなにかこの場所について知っているかもしれない。全く確証はないが現状自分は彼にあって詳しい話を聞くしか無かった。このまるでファンタジーの世界のような異常さと歓声に圧倒されながらも前へ前へと必死に手を伸ばす。四人が荷台部分から身を乗り出すと集団は大きな歓声を上げ始め、馬車が動き出すと共に集団もゆっくりと動きだす。動きは次第に大きくなり、歓声もそれに比例して段々と大きくなる。勇者とその一行が何を成し得てここに凱旋をしているのかは全く分からないが、とにかく今の自分にできることは必死に手を伸ばすことだけだった。
「ッ!!?」
瞬間、集団の歓声は最高潮に達した。耳が痛くなるほどの歓声で足元がおぼつかなくなると、そのまま人の波に押し出され路地裏へと突き飛ばされてしまった。盛大に尻もちをつき顔を上げると、人の波は俺を置いてさらに流れていく。何とか彼らに話を聞かなければならないと再び大通りに出るため足を踏み出した瞬間、眩い光が轟音と共に目の前を横切った。目が眩み、数歩退くとベッタリとしたなにかの破片が大量に押し寄せ、足が更に路地裏へと押し込まれる。足元を掬われ流される前にとにかく手を伸ばすと、壁面の段差のようなものを掴むことができ、なんとか足元を流れるヘドロのような物体が止まるのを待つことができた。時間にして数十秒程度の出来事だっただろうか。生温いヘドロのようなものから足を抜き、ゆっくりと明るい大通りの方へと歩いていく。ヘドロの中には固形物が混じっているようで足元が覚束無い。段々と明るくなる視界に目が慣れず、足元にあった大きな段差のようなものに躓き、手をつく間もなく大きく転ぶ。顔面に付着した鉄臭い液体を拭い目を開くと、手が真っ赤に染っていた。
「えっ………」
次第にはっきりとしだす視界は、凄惨な現実をゆっくりと脳に刻んだ。壁面に塗りたくられたように飛び散っていたのは赤黒い人の血。
「ひっ……」
思わず微かな悲鳴を漏らす。身体は徐々に震えだし、恐怖が思考を侵略し始める。ハッとして振り返るとさっき自分が躓いたのは勇者が着ていた鎧だった。耐えられるわけもないのに近づいて中をのぞき込む。所々黒く焦げた鎧の中には、あの光に焼かれた異臭をあたりに撒き散らす変形した肉片が惨たらしく詰まっていた。
「ヴッ……」
涙目になりながらうずくまり嘔吐する。吐瀉物が血と混じっていく様をまじまじと見つめ、胃の中が空になるまで吐き続けていた。不意に視界の隅に布が目に入る。赤と黒の装飾が派手な服だが、きっとその持ち主はもう居ないのだろう。ちぎれ飛んだ耳も水色と黄色のものが頭の切れ端と共に散らばっていた。存在しないはずの胃の中の物がまた逆流する感触。恐怖心と動揺で視界が歪み、血反吐と吐瀉物にまみれた地面に横たわり蹲ってどうすることもできずただ泣いた。しばらくそうしていると、背後から血溜まりを踏み歩く音が耳に入ってきた。泣き疲れてほとんど残っていなかった力をふりしぼり上体を起こす。視界が映し出したのは髪の長い少女のシルエットだった。
「こりゃあおどろいた。悪運強くもあれを避けるとはな。」
少女がなにか呟いていたようだがまるで耳に入らなかった。疲れで焦点の合わない瞳がかすかに映し出した少女のシルエットはふっと糸が切れたように白くぼやけ始め、記憶はそこで途絶えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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