世界の壁を壊す者
こちらの作品ではお久しぶりです。
今回はグロリオケと結ばれたシンシアの話です。
設定は本編とほぼ変わりないです。
彼女ほど、神に近しい人間はいないのではないか。
青年はそう、思った。
ヴァイオレットが同盟側に着くと聞いて、グロリオケは驚いた。元担任であるアイリスから、彼女は王国貴族の血筋であると聞いていたからだ。
「先輩には、恩がありますから」
そう言っていたが、どこまで本当なのかもわからない。
疑り深いグロリオケは、ヴァイオレットを観察していた。しかし、特にこれといった目立つことはしていない。せいぜい、夜中に聖堂で何かを祈っているところぐらいだろうか。
「あんたは、神頼みなんてしないものだと思ってたんだが」
ある夜、グロリオケが声をかけると、「あら、ようやく声をかけてきたんですね」とヴァイオレットは笑った。どうやら気付いていたらしい。
「そうですね、大司教が教えている神には頼みませんよ」
「どういうことだ?」
グロリオケが首を傾げると、
「おっと、ここでこれ以上話すのはフェアじゃない。まぁ、いずれ教えてあげますよ」
そう言って、ヴァイオレットは去っていく。グロリオケはその後ろ姿を見送るしか出来なかった。
ある日、書庫で本を読んでいるヴァイオレットを見かけ、声をかける。
「義賊様はやっぱり勉強熱心だねぇ」
「グロリオケさんも、たまには勉強したらどうです?」
軽口を叩くと、彼女に正論を返された。ふと内容を見ると、
「なぁ、それ……」
「あぁ、大司教室からこっそり拝見しました。グロリオケさんも探していたのでしょう?」
いやいやいや、この子は何を言っているのだろうか。しかし、事実でもある。
その内容は、ディオース大陸の歴史やネメシスとは何かというものだった。一緒に読もうとすると、
「君達、それはなんだ?」
ディアーがやってきて、その本を半ば強引に奪った。
「そうやって、あんた達は真実を隠し続けているのか?」
しかし低い声に、ディアーだけでなくグロリオケも背中を震わせた。
そう、ヴァイオレットが冷たい視線でディアー見ていたのだ。
「何を言っている?」
ディアーは冷や汗を流しながら、彼女を見ていた。何十分か経って、不意にヴァイオレットがため息をついた。
「……どうやら、本当に知らないみたいね」
「は……?」
何を言っているのか分からないと言いたげに見つめるが、彼女は何も答えはしなかった。
「その本を勝手に拝借したことは謝るわ。ただ、大司教にも注意しておきなさい。「嘘を語るな」って」
ヴァイオレットはそれだけ言って、その場を去っていった。
グロリオケはすぐ、彼女のあとを追いかけた。
「なぁ、ヴァイオレット!」
「どうしました?」
夜だったこともあり、周囲には誰もいない。グロリオケは覚悟を決めて、ヴァイオレットに尋ねた。
「あんた、何を知っている?」
それに、彼女は不敵の笑みを浮かべる。
「いいわ、あなたには特別に教えてあげる。この世界はね――」
ヴァイオレットは、最後まで同盟軍として戦い、グロリオケ達の前から去っていった。
「……今度は、世界を繋げるために……」
その言葉が、やけに耳に残った。
「シンシア!」
グロリオケが目の前を歩く青いマントを羽織った少女を呼ぶ。彼女は振り返り、「どうしました?」と微笑みかけた。
この二人は学級を超えて付き合っていると周囲で話題になっていた。
そうなったのには理由があった。それはグロリオケが、同盟についた時のことを思い出したからだ。
その日、グロリオケは夢を見た。それは戦争の夢ではあったが、前回の周のものではなかった。
ヴァイオレットと呼ばれている義賊が、同盟軍でともに戦っている。最初は有名な義賊の名前を偽っているのかとも思ったが、実力は本物だった。
「……まぁ、王国貴族出身の私のことなんて、信用出来ないでしょう。どうしても疑うのならば、殺しても構わないので」
それだけ言って、彼女が聖堂に向かったことを思い出す。
追いかけると、ヴァイオレットは祈っていた。
「……お願いします、わが魂のお父様、お母様。私はどうなってもいい、どうか、みんなを守ってください。
――エース様、レンカ様」
初めて聞いた、この大陸の神とは思えない名前。彼女は確かにそう、言っていた。すると、目の前に白髪の女性と黒髪の男性が現れた。
「大丈夫、わが娘。ボク達はあなたと一緒にいる」
「あぁ、だからお前の道を信じて進め。オレ達はお前を守っているから」
あれが、彼女が信仰する神……。
その時初めて、グロリオケは神頼みしてもいいのかもしれないと思った。そして、自分が抱くこの気持ちも。
そこで、目が覚める。まだ夜中だったが、グロリオケはそのまま、シンシアの部屋に直行した。
バンッ!と激しく扉を開ける。
「キャッ⁉」
机に向かっていたシンシアは悲鳴を上げた。そりゃあ別の学級を級長が夜中にいきなり突撃してきたら驚くだろう。
「ぐ、グロリオケさん……?」
驚いた……と呟くシンシアに構わず、グロリオケはズイズイと詰め寄る。
「シンシア、あんたが好きだ」
「は、え?い、いきなりなんですか?頭壊れました?」
顔を真っ赤にしながら、シンシアは辛らつな言葉を吐く。
「壊れてないさ」
「いやいや壊れてますから。じゃなかったらただの変人ですよ、こんな夜中にいきなり女性の部屋に来るなんて」
寝込みを襲いに来たのかと思ったじゃないですか、と今度は睨みつける。
「おー、怖いな。でも、あんたが好きなのは本当だぜ。
同盟のために自らの国を捨ててくれた、あんたのことが好きなんだ」
その言葉に、シンシアは息をのんだ。そして、
「……思い出したんですね」
寂しげな表情を浮かべた。
同盟国についた時は、秘密が分かる道だと言っても過言ではない。
「なぁ、俺と一緒に今度こそ世界を変えないか?」
グロリオケの言葉にキョトンとした後、
「……そうね。あなたが望んだ世界を、一緒に見るのも悪くないわね」
シンシアは小さく、笑った。
そうして、二人は付き合い始めたというわけだ。最初はキレていた兄と姉だったが、まぁ誰か知らない人と付き合うよりはと諦めたようだ。
「シンシアを泣かせたら殺す……」
「シンシアを不幸にしたら切り刻むわ……」
……ただし、かなり不穏なことを言われているが。
「何する?」
「うーん……書庫で調べものですかね?」
「たまには遊ぼうぜ?」
……シンシアが勉強熱心なのは美徳だが、たまには遊びたい。
「この後、何か作ってあげますから」
しかしこの言葉を言われてしまっては、グロリオケも負けてしまうのだった。
そうして、書庫で本を読み始める。この時間に、書庫にいるのは基本的にシンシアとグロリオケだけだ。
「グロリオケさん、これ……」
「おう、この大陸の知られざる秘密だな……」
よくこうやって話しているので、周囲からどんな話をしているのかと首を傾げられている。世界を支配しようとしているのではないかとか、そんな感じの噂まで流れている始末だ。
「この薬、こうやって作っているんですね……」
「結構難しいんだな……」
実際はこんな会話をしている。何しろ二人とも策士家だ、得られる知識は多いにこしたことはない。
グロリオケがシンシアの横顔を見ていると、それに気づいた彼女は小さく微笑みかけた。
――無防備だな……。
そう思いながら、グロリオケも笑いかけた。
舞踏会の日、グロリオケは数分前までは会場にいたハズのシンシアを探した。
「あ、グロリオケさん」
「あんたなぁ……堅っ苦しいところは嫌いだってのは知ってるけどよ、一応貴族の中の貴族なんだからな」
シンシアは中庭のベンチに座っていた。彼女は「えー」と頬を膨らませた。まぁ、あそこまで大騒ぎだったら、彼女は嫌がるだろうと思っていた。
「ほら、いったん戻るぞ」
「なんで?ヤダ」
子供のように(実際子供だが)駄々をこねるシンシアの腕をつかんで、グロリオケは会場に戻る。そして、
「ほら、一緒に踊ろうぜ!」
そう言って、シンシアの手を取って中央に出た。
「ちょ、私、踊るなんて一言も……っ!」
「いいだろ、たまには。あんたも貴族なんだから、踊ってみろよ」
次期盟主と王国の貴族令嬢が中心で踊り出したのを見て、周囲から感動の声が漏れた。
「美しい……」
「案外お似合いよね、あの二人」
「真面目な彼女と不良な級長があんなに様になるなんて……」
それを聞いていたシンシアは、小さな声でグロリオケに尋ねる。
「……グロリオケさんって、ダンスちゃんと出来てないですよね?」
「バレたか」
本当に様になっているだけで、結構適当にやっている。
「俺からしたら、あんたが踊れることが意外なんだが」
「ご令嬢様達のお相手をしていたもので、義賊様は」
ため息をつくと、グロリオケが面白くなさげな表情を浮かべる。
「へぇ……男とも踊ったのか?」
「まさか。男装しているので」
「ふぅん……あとで俺の部屋に来てくれよ」
そう言われ、シンシアは首を傾げながら頷いた。
舞踏会が終わり、グロリオケの部屋に来るといきなりベッドに押し倒された。
「……え?」
「あぁ、そっち方面は詳しくないんだったな」
嫉妬している、ということにさすがのシンシアも気付く。でも、なんで?
「女でも、あんたと踊ったのが許せないな」
ニコリと、グロリオケは笑う。それだけで、シンシアは動けなくなってしまった。
そうして、戦争が始まってしまう。二人はそれぞれの国に戻り、トリストと戦う。その間も文通で近況を報告しあっていた。
「シンシア、嬉しそうだな」
「兄様」
ユーカリが手紙を読んでいる妹に笑いかけた。
「あいつがマメだな。まぁ、それだけお前が好きということか」
手紙を覗き込み、そう言う兄にシンシアは頬を染めた。
五年後、約束のために修道院に向かうとグロリオケが顔を輝かせてシンシアに駆け寄った。
「顔を合わせるのは久しぶりだな、シンシア」
「そうですね、元気でした?」
二人の世界に入り込んでしまっている彼らに、アネモネは「こら、シーア。話し合いをしないといけないわよ」と後ろから抱きしめてきた。そして、グロリオケに「シンシアは渡さない……」と無言の圧力をかける。
(怖いなぁ……この姉貴様は……)
グロリオケが苦笑いを浮かべると、ユーカリが「アネモネは本当にシンシアが好きだな」と笑った。……そんな彼の手には槍。
(この兄貴様もこえぇな……)
本当にこの軍師様はきょうだいに愛されている。
そのあと、みんなで作戦を立て始める。そうやって、トリストと戦っていった。
――一度死んで、蘇るなど、なんて奇跡だろうか。
しかしシンシアとアイリスは、そうやって女神から人間に戻った。トリストとの戦争が終わり、全員が領地に戻った。
シンシアとグロリオケも一度自分達の領地に戻り、一年間は領地内で民の生活を整えた。そのあとはそれぞれ別の人に爵位を譲り、修道院で合流した。
「シンシア、久しぶりだな。美人になったんじゃないか?」
「グロリオケさんこそ、かっこよくなりましたね」
二人で笑い、そのまま旅に出た。
戦争で荒れた場所を復興するために転々としながら、ディオース中を歩いて回る。
「なぁ、ある程度復興出来たらさ、ヘオース王国に行こうぜ」
グロリオケの提案に、シンシアは「あ、いいですね。そっちに移住するのも、いいかも」と笑った。
シンシアが二十五の時、二人はヘオース王国に移住した。そこで食堂を営み、子供にも恵まれた。
時々お忍びでディオースの方に戻ってくれば、ユーカリやアネモネを中心に出迎えてくれた。
「シンシア、グロリオケ、久しぶりだな」
「兄様、お久しぶりです。……ほら、ご挨拶なさい」
シンシアが子供達にそう言うと、息子と娘が「こ、こんにちは」と頭を下げた。ユーカリは笑って「こんにちは」と言った。
「さすがシンシアの子供だな、礼儀正しい」
「俺の子供でもあんだけど」
「あの、薬を作ったんです」
息子の方が禍々しい液体の入った瓶を渡してくる。「……兄様、ちょっとヤバイやつだから飲むのはやめておいた方がいいですよ」とシンシアが苦笑いを浮かべていた。この妹が言うぐらいだから、相当やばいのだろう。ユーカリはそれを受け取ってポケットに入れた。
それからさらに数年後、食堂を息子達に譲り、二人はまたディオース大陸に戻った。そこで、二人は余生を過ごしたという。
フレット地方で、青年達が集まっていた。
「悪いな、遅くなっちまった」
「別にいいわよ。あなた達は遠くから戻ってきたわけだし」
「今度は、俺達が同じ過ちを繰り返させないように守ろう」
――そこにいたのは、かつて英雄と呼ばれた人達だった。
ディオース大陸で戦争が起こりそうになった時、かつての英雄に似た人達が現れて止めるという。




