エルフとウルフとシショネコ
ここは、幻想生物が住まう異世界の森。
そして僕は、物語のナビゲーターを務める三毛猫。
舞台は、シラカバの林の近くに建つ小さな図書館。
僕は、ここで看板猫として館長のお許しのもとに飼われている。
僕をなでると良いことがあるといううわさがあり、ここの職員や利用者からは「シショネコ」と呼ばれている。
本題は、若者ふたりの小さな恋物語。
でも、その前にこの図書館についての説明から。
図書館が立地しているのは、妖精族の一種「エルフ族」の村と獣人族の一種「ウルフ族」の村とのちょうど中間地点で、どちらの領土でもない。
現在の館長はエルフ族だけど、前館長はウルフ族で、交互に役職を務める決まりになっている。
詳細は記さないが、その昔に起こった愚かな種族紛争の反省から、友好のために建てられたという歴史がある。
*
さて。
オカタイ説明はこれくらいにして、そろそろ主役について語ろうかな。
かぎ針編みのブランケットが掛かった館長のお膝の上からジャンプして、ちょっと移動するよ。
余談だけど、一応、館長には不審者が侵入しないよう受付を見張っておくお役目があるんだ。
でも、館長は歳のせいか今みたいにうたた寝してることが多いから、たまに僕が肉球パンチで起こしてあげてるけどね。
受付の奥は、閲覧スペース。
中央には、推定樹齢百年以上の巨木をスライスして天板にした円卓が据え付けられている。
円卓の周囲には、針葉樹の丸太で作った簡易スツールが適当な間隔を空けて並べられている。
腰を落ち着けて本を読みたくなったら、スツールに座って熟読することができる。
ここで早速、ひとり見つけたよ。
眼鏡を掛けて熱心に詩集を読んでいる少女が、今回のヒロイン。
オオカミのような耳と尻尾をしていることから分かるように、彼女はウルフ族。
受付で必要な借出券によれば、名前はクラマで、歳は成人したばかりの十八。
ここで働く司書の中に気になる青年がいるんだけど、引っ込み思案でアプローチ出来ずにいる。
両想いなんだけど、その事実には気付いていない模様。
「どうしたの、シショネコちゃん。構って欲しいの?」
ニャーン。僕には相手の言葉が分かるが、獣人族には僕の言葉が鳴き声にしか聞こえないから不便極まりない。
なでてくれるのは、まんざらでもないけれど。
「ひょっとして、尻尾が気になるの?」
ナーゴ、ナーゴ。もし話し相手が妖精族なら、首を横に振らなくても否定しているとわかるのに。
獣人の方がケモノに近いはずなのに、おかしいよね。
「違うのね。あっ、行っちゃった」
閲覧スペースの奥は、蔵書スペース。
この世界の紙は、ギルドの職人さんたちが手作業ですいた物しかない。
文字や図絵を印刷する技術も未発達で、複製には版を掘るか手作業で書き写す方法が採られている。
幸い識字率は高くて読書家は多いんだけど、需要に見合うだけの蔵書数を供給できてないってのが、館長の目下の悩みの種。
まっ、君たちがいる世界からは、ざっと三百年くらい前の時代の水準と同じになると思ってくれたら問題ないよ。
壁際をぐるっとコの字に囲んでいる本棚は背が高いから、はしごや踏み台が用意されている。
上から見た方が早く探せるだろうから、ちょっと登ってみよう。
踏み台、はしごの順で本棚の上に乗ると、コの字の内側に背の低い本棚が並行しているのがよくわかる。
本棚と本棚とは、それぞれH字になるように中間にハリを渡し、地鳴り等で転倒しないように工夫されている。
横棒を一画書き過ぎた王の字の真ん中に、僕が探している青年の頭頂部が見えている。
コの字へジャンプしてからハリ伝いに歩いて行くと、今回のヒーローと目が合った。
とがった耳としなやかな身体から分かるように、彼はエルフ族の青年。
名前はイズモで、ここで働く司書の中では最も若い十九歳。
賢くて仕事熱心なのだが、他者の心情を読み取る能力がやや欠如しているのが玉にキズ。
クラマに気があるんだけど、あと一歩のところで勇気を出せないでいる。
「どうした、シショネコ。探し物か?」
『探してたのは、君だよ』
「俺に何の用事でも? 館長の頼みって訳じゃなさそうだけど」
『若いのにワーカホリック気味だから、ちょっとは休んだらどうかと思ってさ』
「余計なお世話だ。――こらっ、リストを返せ!」
僕は、大福帳のように縦長にとじられた蔵書リストを肉球キックで蹴落とした。
そして、イズモが屈むより先にひもをくわえて走り出した。
向かう先は、当然、クラマの席。
空いているスツールを踏み台に、ホップステップで円卓の上に飛び乗ると、彼女が読んでる詩集の上にリストを落とした。
こうすれば、イズモとクラマは否が応でも会話をせねばなるまい。
「すみません、クラマさん。読書の邪魔をしてしまって」
「あっ、いえ。わたしの名前、覚えてるんですね」
「いや、まぁ、しょっちゅう利用されるんで、自然と顔と名前が一致したというか」
どちらも何か話さねばと思っているが、言葉の接ぎ穂が見つからないようだ。
焦っている理由は、僕にはわかっている。
夕方から村境の河川敷で行われる、エルフ族とウルフ族の親睦を深めるカーニバルが原因だ。
趣向を凝らした催しが開かれるが、中でも関心が高いのはダンスタイムで、毎年、誰が誰と踊るのかと注目されている。
参加しないのも面白くないが、ひとりで参加しても恥をかかされるだけなので、この時期になると二つの村の若者は皆、ペア探しに神経をすり減らしている。
「今夜は、晴れるでしょうか」
「さぁ、昨夜の月は、かさを被ってませんでしたけど。今朝のかまどの煙も、棚引かずに真っ直ぐ登ってたような」
「じゃあ、晴れますね」
誰が天気の話をしろと言った。
クラマが今夜の話を振ったのは、ダンスの相手が決まってるか確かめたかったからだよ。
脈なしと思われて諦めたら、どうするんだか。
ええい、ここはイズモに入れ知恵をするしかなさそうだ。
僕は、取り返した蔵書リストのひもの端を指に巻き付けては解き、巻き付けては解きを繰り返しているイズモの肩の上に飛び乗った。
そして、振り落とされないよう首にしがみつきつつ、とがった耳に向かってささやいた。
『他に利用者の居ない絶好の機会に、何を無駄話してるんだ』
「そうは言っても、もし、もうお相手が決まってたとしたら、誘うだけ無駄だろう?」
『聞いてみなきゃ分かんないだろう。第一、お祭りの準備で盛り上がってる時に、わざわざ図書館まで足を運んでくるんだ。充分脈ありだよ。服装だって、いつもよりめかし込んでるじゃないか』
「いやいや、状況証拠だけで判断するのは、早計な気も」
『やめるのか? ヘリクツばっかりのヘタレだな。いくら理論武装しても、女ひとり口説くことはできまい。弱虫やーい』
はやし立てたことに怒りを覚えたのか、イズモは僕の首根っこをつかみ、肩の上から強引に引き剝がして床に放り投げた。
その間に、クラマは居心地が悪くなったのか、すぐ横のスツールに置いていたハンドバッグを持って立ち上がった。
「あのっ、わたし、用事を思い出したので、これで失礼します」
「待って、クラマさん!」
イズモは、駆け去ろうとしたクラマの前に立ち塞がった。
そして、唇を震わせながら、やや上ずった声で言った。
「あのさ。もし、今夜のダンスのペアが決まってなかったらなんだけど。えーっと、……俺と一緒に踊ってくれませんか?」
「……はい」
やれやれ。
恋敵も居ないくせに何故かまとまらない想いが、ようやく一つに結ばれたみたいだ。
それにしても、お互いの気持ちが通じ合った瞬間のふたりの表情ときたら、どれほど珍しい宝石にも敵わないほどキラキラと輝いていた。
貴重といわれる出雲石も鞍馬石も、なんにかはせむ。
若いって素晴らしいなと思っていたら、いつの間にか受付の館長も目を覚ましていた。
「あらあら、イヤだわ。あたしったら、いつの間に眠っちゃったのかしら。――イズモくん、蔵書点検は捗ってますか?」
「あと半分くらいです、館長」
「そう、結構進んだのね。それじゃあ、続きは今度になさい。もうあがって良いわ」
「了解です!」
この後、手早く帰り支度を済ませたイズモは、図書館前で待っていたクラマと共にカーニバル会場へと向かった。
*
この時のふたりがカーニバルでダンスをうまく踊れたかどうかは、僕の知るところではない。
だけど、この数年後、ふたりの間にエルフ族の少女とウルフ族の少年が産まれたといえば、相当良いひと時を過ごしたのだろう推測できるはずだ。
月並みな言葉になってしまうけれど、悲恋に終わらないためには平和が一番というのが今回の結論。
このことは、きっと君たちの世界でも通用することだよ。
仲良きことは美しきかな。




